第2話 仇討ちの魔剣

 建国史によれば、この国の創設者は双子であったという。

 初めこそ仲は良好だったが、王は並び立たない。建国に至るまでに血で血を洗う争いがあった。そのため双子が生まれたら下の子を流す、あるいは男女であれば女子を流す、というのが古い習わしである。そうしなければ争いが起きるとされ特に貴族に信じられた。


「……まあそういうわけで、ペッシェの野郎を元気付けたくてね」


 カフェのテラス席、並んだ二つの机を四つの椅子が囲んでいる。


「それで、劇ですか」

「あいつもエドモントンの生まれよ、そらオペラなんざは見に行かねえが」


 町人の一人――こちらは大工らしい――はパイプを構えて見せた。


「派手な喧嘩は見ずにいられねえや。仇討ちなんざ、嫌いな男はいねえってもんだ」

「喧嘩に仇討ちですか、私は好んで見たいとは思いませんが」

「わかんねえかな、こうチャンチャンバラバラと切り合うの、面白くないかね」

「子供のことで悩んでいる最中にですか?」

「仇討ちと聞いたら親の葬式の最中だって俺ならもう見に行っちゃうね」


 アラディアは首を横に振る。

 ため息もついた。


「親を殺された男と殺した男、二人が十年ぶりに向かいあう。復讐者は魔犬のように猛って柄に手をかけた。これなるは抜けば玉散る氷の刃、アイスソードと……」

「『エイト・ガルム』のお話しは知っていますが……」

「話せるねえ、あの先生は町の誇りだよ。つまり仇討ちっていうのはああいう気持ちよさと面白さがあるわな。ワルハラでお大尽遊びしたってああも気持ちよくはなかなか」

「このお話し、まだ続きますか?」

「嬢ちゃんにはわからねえだろうが、なあ、騎士様、男ならわかりますわな」


 もう一人の町人――こちらは八百屋――がウッドロウに言う。


「喧嘩はよくわからないが、仇討ちには騎士として感じるところがあります」

「そういや、騎士様の仇持ちってのは本当は大変なんだって?」

「まあ、人によりますが」

「貧乏だと苦労するってぇことかい」

「まず、後継ぎは家から出され仇を討つまで戻ることが許されない。お金があれば旅費、護衛、諜報などなんでもできるが、なければ一人で用意しなくてはならない」

「仇を討てなかったらどうなるわけで」

「二度と家には帰れない。一生流浪のまま老い、運がよければ士官も叶うが大半は……」


 町人二人が同時に「うぇっ」と嫌そうな声を出す。


「そういうの俺らにはわかんねえからな。騎士様、話の筋からお願いしますよ」

「心得た。任せておいてください」

「なにからなにまですいませんね。んじゃ、また明日お願いします」


 町人二人が慌ただしく帰っていくのを見送る。

 ウッドロウが冷めた茶に指をかける。アップルパイはまださっくりとしており、ウッドロウが食べるとその白い騎士服へはらはらと欠片がこぼれていった。


「ずいぶんと仇討ちに詳しいようですね」

「騎士には常識ですよ。明日は我が身です」

「なるほど、それは確かにその通りかもしれません」


 町人がいなくなると、急に穏やかな秋が戻ってきた。イエローオリーブの甘い香りが風に乗り、少し気温が下がったような気さえする。川面がきらきらと日を反射していた。


「アラディアさん、この後も寄るところがありますか」

「いえ、用事が早く済みましたので、少し見て回って宿に帰ろうかと思っております」

「よろしければ、マヌエル伯爵の騎士屋敷に薬を置いてはいただけないか」


 アラディアは茶のなくなったカップの縁をなぞる。


「それは、願ってもないお話です。しかし、なぜ急に」

「ご承知かと思うが、私は器官が弱い。いまでも熱い茶を飲むとせき込むほどだ」

「それで冷めるまで飲まなかったのですか……」

「医者にかかる、薬を買う、いずれも金も手間もかかる。春にいただいた薬はよく効いた」

「しかし、あなた一人の料簡では決められますまい」

「これは前々から伯爵が仰っており、今度あったらあなたに言おうと思っていたのです」


 茶を注ぎにきた店員を、手ぶりでアラディアは断った。


「……そこまで仰るのであれば、参りましょう」


 ウッドロウはまだ冷めた茶を飲んでいる。その指を改めてみると節くれだっており、太い。灰色の瞳は、普段は穏やかなようだがじっと見ると凄みがあった。

 大聖堂の鐘が鳴る。もう、午後も半ばが過ぎたようである。


「お話も、ウッドロウ様が書かれるのですか」


 ウッドロウは茶を飲み干した。


「話とは?」

「劇のお話を、彼らから頼まれていたようでした」

「地元にちょうどよいお話があるのです。ミルダとティトゥスと言います」

「聞いたことのないお話です」


 立ち上がって、ウッドロウは小首をかしげて見せる。


「そうですか? 僕の地元では、よく知られているのですが」


 灰色の目が、鷲のように輝いていた。

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