第2話 仇討ちの魔剣

「聞いたか、ペッシェんとこの話」


 秋のエドモントン市は、花のにおいが春よりも強かった。

 ノーエ地区ではイエローオリーブが花を咲かせている。この日はよい小春日和で、川に面したカフェの客は汗を拭きながら茶を飲んでいたりする。


「双子だって? 縁起がわりいたあ言うが、お貴族様でもあるめえに」

「そらそうだが、ほら、あいつ婿だろうよ。実の親もいねえで」

「ああ、気まずいな、そりゃ」

「そら俺だって双子が不吉なんざ気にしねえよ。子が二人なら喜びも二倍ってもんだ」

「ペッシェは真面目だからなぁ。義理の親の手前もあらあな」

「男と女だってよ」

「そりゃ、選ぶまでもねえな。しかし、たまんねえな」

「ああ、たまらねえわ、子を流すなんざ」

「なんか俺たちにできねえもんかね」

「なんかってお前……」


 エドモントン市は運河の発達した町で国王のおわす首都として知られる。

 近年は大臣の方針のおかげで経済がよくまわり、農業を主とする地方は飢えたものの商人の多い首都の人口はどんどん増えている。これほどの都市となると約束もなく人と狙って会うことなどほぼ不可能であり、まさに人との出会いは一期一会であった。


久闊きゅうかつです」


 同じカフェのテラス席で、男と女が向き合っている。


「まさかこう都合よく会えるとは思いませんでした」

「……はい」

「仕入れはマーヤ領でしたか。いかがですか、あちらは」

「……はい」

「どうかされましたか」


 女の方は花浅葱色の旅装に革の黒羽織、白い布で顔を覆っている。


「……いえ、これはウッドロウ様の問題ではなく、私のわがままなのです」

「なにか怒っておられる」

「私は、私の顔を見た相手と二度は会わないと決めているのです」

「それは……失礼した」

「ウッドロウ様はなかなか悪運が強くていらっしゃる」


 その女、アラディアは目を細めた。

 アラディアは配置薬、いわゆる置き薬を扱う薬種商である。国中のお店や屋敷など契約をしているところへ行き、薬を売って生活をしていた。この日、アラディアは半年ぶりにエドモントン市を訪れ得意先を回った後、カフェで一服したのである。


「悪運、か」


 そのカフェで、まさか春にあったウッドロウと再会するとは思わない。


「だとすれば、もうそろそろ本願を叶えたいところです」

「まだぷらぷらとしているのですか」

「いや、それは大丈夫。マヌエル伯爵に取り立ててもらった」

「大臣に? またずいぶんと運がよろしい」

「はい。重い立場ながら気さくな方で、ずいぶんと私の手を面白がってくれまして」

「手?」


 アラディアはウッドロウの手を見たが、ごつごつとしている以外に特徴はない。この男は優男風であるが、岩のような手の具合から見るに毎日相当剣を振っている。


「ああいや、手というのは……」


 ふいに、近くの席から大きな声が響いた。


「やあやあ、ここで会ったはウドンゲの花、咲き待ちたる今日ただいま!」


 目を向けると、町人が向き合って厳めしい声を出している。


「父母の仇、いざ尋常に、勝負いたせ!」

「片腹痛い。返り討ちにしてくれる」

「いざいざいざ!」


 が、よく見ると厳めしいのは声だけで剣などなくパイプで殺陣をやりだした。

 ウッドロウは不快そうに眉を寄せる。


「なんでしょう、あれは」

「さあ、劇の稽古かなにかのように見えますが」

「迷惑だ。少し行ってまいります」


 止めようとしたところで茶が運ばれてきたので、アラディアは席からウッドロウと町人のやり取りを眺めた。喧嘩っ早いエドモントン市の町人たちだがウッドロウの腰に剣があるのを見つけるとへりくだって話し出したようである。

 しばらくすると話がまとまったらしく、ウッドロウが戻ってくる。


「お待たせしました」


 興奮しているのか、少しウッドロウの頬が赤い。


「どうなりました」

「ええ、ちょっとした劇をすることになりました」


 アラディアは二度頷き、布を上げて茶をすすり、温かい息を吐いた。


「どうなりました?」

「ですから、劇を」


 もう一度茶をすする。


「劇を、どなたが」

「僕が」

「あなたが、劇を……すみませんが、何をしに行かれたのでしたか」

「これにはわけがありまして、つまり」


 椅子に座りなおしてウッドロウは手ぶりで説明をしようとする。


「彼らの友人宅に双子が生まれたようでして」

「……不吉ですね」

「それで……ええ、その……僕が劇に参加することになりました」

「あなたが劇に」

「はい、そういうことです」


 ティーカップを持ち上げようとして、アラディアはやめた。


「そういうことですか」

「つまり、そういうことです」

「なるほど」

「わかりましたか」

「わかりません」

「つまり、彼らの友人宅に双子が生まれまして」

「わかりました。全てお聞きするので一から十までお話ください」

「いえ、かいつまんで話せば済むことですよ」

「一から十までお話ください。一から十までです。一と十ではありません」

「そうですか? まあ聞けばすぐにわかると思いますが」

「いいですから、お話ください」


 ウッドロウが一から説明を始めた。

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