第参話 虚無の世界
何処までも続く漆黒……そんな中でオレは一人ポツンと視線を巡らせ、渋い顔で禍々しい道のりを辿っていた。
辺りには永劫の虚無空間が広がり、目印もない所為か方向感覚が狂い始める。果たしてこれはちゃんと進んでいるのかどうか……それすらも定かでなかった。
兎にも角にも、どうやら世界を滅ぼした我が儘魔帝ちゃんは、この訳の分からん空間に潜んでいるとの話だ。
この空間で頼りになるのは魔帝が発するオーラのみ。オレにオーラを読み取る力はないが、相手はあの魔帝だ……その絶大さは素人でも優に肌で感じ取れるほど。まるで探してほしいと言わんばかりにな。
それ故かオレの足取りは若干重く、強張った面持ちで歩を進めていく。
――これから兄ちゃんには……魔帝ラスト・ボスと交渉してもらう――
そんなブラザーとの最後の会話を思い返しながら。
◆
「交渉だって?」
ブラザーは「ああ」と頷き、肩をポンポン叩くと、回していた腕を外した。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「……え? 終わり?」
「ああ。交渉してきてくれ」
もうこっちの仕事は終わったと言わんばかりに、腕を組みながら端的な言葉で済ますブラザー。
「いや……もう少し作戦とかないの? 相手は世界を滅ぼす魔帝なんだけど……」
「ない。何とかしてきてくれ」
何でそんな投げやりなんだよ……勝手に蘇らせたくせに適当過ぎじゃね?
「えっとさ……交渉するにしても、何をどう交渉したらいいんだよ? 流石にそんくらい教えてもらえねえと手の打ちようが……」
「うむ。俺らレガーレは専ら兄ちゃんへと『繋ぐ』のが仕事でね。次元の再構築までは請け負ってないのさ。だから、全次元を修復する為には滅ぼした本人に何とかしてもらうしかない。意味、分かるよね?」
「ハァ……つまり、アレか? 魔帝自身に治せって頼み込めと? ついでに交渉内容も自分で考えてくれって……そう言いたいのか?」
ブラザーは満足気に頷くと――
「そういうこと。もう俺らにできることはない。兄ちゃんの持てる全てで……魔帝を墜としてくれ」
――笑顔でオレを魔帝が潜む異空間へと飛ばした。
◆
そんな訳で異空間に飛ばされたオレは、絶賛ノープランで魔帝の下へと足を運んでいた。
「さて、どうしたもんかな……」
自分を落ち着かせる為か、そんな独り言を呟きつつ、後頭部をポリポリ掻く。
全次元を滅ぼしたとされる魔帝……初代転生者のカタリベが、やっとこさ相討つ程の奴に、果たして交渉の余地はあるのだろうか?
そもそも可愛い女の子ならまだしも、魔帝を墜とさなきゃならんとは……どうにも、やる気が出んな。それに交渉ってことは、相手の言い分も聞かなきゃいけない。全次元に匹敵する交渉材料など、当然持ち合わせてはいないが……それでも唯一の取っ掛かりがオレにはある。それさえ上手く使えれば……
そんな役に立つかも分からない、微々たる策が纏まったところで、ようやくお披露目の時間のようだ。
『誰だ……お前は……?』
魔帝ラスト・ボス……かつて邂逅したことはあるが、その時は身体を乗っ取った状態だった。つまり、本体を目の当たりにするのは、今回が初めてということになる。
黒ずんだ紫色の鎧で全身を包み、何層にも施されているプレートは、主を守護するかの如き鋭利な形状をしていた。
禍々しい黒紫のオーラをマントのように羽織り、御大層な椅子に踏ん反り返っては頬杖をつく。傍らにはかつて見たことのある、オーソドックスな大剣が一振り……しかし、あの時と変わらず、相反する禍々しさをその刀身に宿していた。
『それにこのオーラ……俺とよく似ている……』
そう。これがオレの持ち合わせている唯一の取っ掛かり……魔帝とオーラが似ているということだ。この共通点を上手く利用し、逆転を狙うしか策がない。さて、どこまでいけるか……
「どうやらオレを知らないようだな。四十年前の魔帝ってのは本当らしい」
『その口振り……未来人か? 何者だ?』
「オレの名はダン・カーディナレ。未来のアンタの……お気に入りだ」
その台詞を聞いた途端、魔帝は頬杖をやめ、多少オーラを落ち着かせる。
『ほう……興味深い。話を聞こうか』
「話すも何もオレだってよく知らねえんだ。ただ、未来のアンタは偉くオレを気に入ってるようでね。世界の為に必要だと言っていた」
『世界の為か……理解できなくはない。この俺と似ている奴なんて、初めて見たからな。もう少し早く出会っていれば、俺の気も変わってたかもな』
正直、もっと怒り狂ってるのかと思ってた。それ故に意外と会話できてることに少々戸惑ってしまう。だが、希望が見えてきた。これなら上手くいくかもしれん。
「そう思うんなら、次元の再構築を頼みたい。魔帝たるアンタなら、元に戻すことだってできるだろ? その為に俺は来たんだ」
魔帝は何か迷っているかのように、宙を見上げながら黙り込んでしまう。
どうやらオレ以外に何か引っかかる要素があるらしい。それを解消しないことには先に進めなさそうだな。
「なあ、アンタが次元を崩壊させた理由を聞いてもいいか?」
『理由……? そうだな……強いて言えば、奴が戻ってこないことに痺れを切らしたから……かな』
「奴……? 誰のことだ?」
魔帝の顔は兜によって隠れていたが、その姿は何処か寂しさ気に見えた。
『科学宝具の創造者にして人類の救世主――アリエル・ドレッドノートだ』
アリエル・ドレッドノート……かつて魔帝と六年もの間、たった一人で戦い続けた人類の救世主。でも、確か――
「ドレッドノートとは盟約を結んだはずだが……どんな内容か聞いても?」
『奴は言った……必ず強くなって戻ってくると。そして、もう一度この俺と闘うことを誓ってくれた。だから、それを条件に人類を見逃したんだ。しかし、三十年余り待った結果がこれだ。俺は待つことができなかった……限界だったんだ』
その口振りはまるで自分を卑下するかのようで……ドレッドノートにどれだけ信頼を寄せていたのかが窺えた。魔帝という名とは、かけ離れた発言だな。随分と印象が変わる……もう少し踏み込んでみるか。
「限界とは、どういう意味だ?」
『フン……そこまで話すつもりはない。思い出したくもないからな』
どうやら魔帝も何か抱えているらしい。だが、これ以上はやめておいた方がよさそうだな。機嫌を損ねる前に話を変えよう。
「じゃあ、ドレッドノートは何処へ行ったんだ? 探そうとはしなかったのか?」
『奴は七宝具の一つ、『不滅の鎧』を強化する為、別次元を渡り歩いていた。まあ、俺と張り合うには他世界の力を結集する必要があったんだろう。だから、邪魔するわけにはいかなかった』
本当に魔帝なのか、こいつは? 律儀に待ってるなんて、忠犬じゃあるまいし……まるで誰かに構ってほしい子供みたいだ。
「でもよ……そういう時の為にカタリベが居るんじゃないのか? アイツはアンタと相討つ程に強いんだし、望みを叶えてくれそうなもんだけどな」
『アイツはダメだ。自分のことしか考えてない、ただの死にたがり……俺のことなど見えていない』
うぅ……耳が痛い。さっきまでオレも、そのカテゴリーに居たらしいからなぁ。こうなることを予見して、ブラザーはオレを這い上がらせたのか。今のままじゃ、到底魔帝なんぞ墜とせないぞ……ってな。
『ハァ……俺ばかり聞かれても面白くない。そろそろ、お前のことを知りたいところだな。攻守交替といこうか?』
さて……ついに来たか。オレの持ち合わせてる情報で、どれだけ興味を引けるか……ここからが本番だ。
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