第肆話 繋がる世界

 状況を整理しよう。


 魔帝が全次元を滅ぼした理由……それは人類の救世主である、アリエル・ドレッドノートを待つことに限界を感じたからだ。


 最初は自分と張り合う程の強者と闘いたいだけかと思ったが、同等の力を持つカタリベに対しては余り興味を示していなかった。


 逆にドレッドノートに関しては随分と信頼を寄せている様子だ。死にたがりのカタリベは嫌っていたが、ドレッドノートは違う……そこから察するに、どうも魔帝は心意気を重要視しているように思える。


 そう考えると少し前にマッドナーの助手であるクロエが言っていた『人類の抗う姿』という読みとも繋がってくる。要するに魔帝は闘うこと自体に重きを置いていない……説得の余地があるということだ。問題はどうやって、その勝機を掴み取るかだが……


 正念場ということもあり、世界の命運を背負った重圧からか、額には冷たい汗が滲み出てくる。


『そんなに畏まることはない。別に取って食おうという訳ではないのだから』

「と言ってもな……オレの何を聞きたいってんだ? 生憎オレも昔のことは話したくない質なんだが……」

『聞くなんて一言も言ってない。お前の『記録』を見る……そうすれば全て分かる』


 魔帝は指先を此方に向けると、最早トラウマと言って差し支えない、赤い文字を宙に展開し始める。


「やっぱり呪法か……ベファーナと同じやつか?」

『ほう……あの子のことも知っているのか。俄然、興味がわいてきた』

「でも、あんまり期待すんなよ。いい思い出じゃねえし……あいつには悪いことしちまったからな」


 魔帝は展開していた呪法を一時的に止める。どうやら次の言葉を待っているらしい。


 ここから先はもしかすると、マイナスの展開に繋がるかもしれない。だが、オレは言う。これはオレの……信念の問題だからだ。


「死んで詫びるつもりだったが、こうして生き延びれちまった。だから、オレには……死に損ないなりの責任ってもんがあるんだよ」

『責任……?』

「ああ。もう一度戻って、ちゃんと謝らなきゃならねえっていうな。その為にもアンタには、世界を再構築してもらわなきゃ困るんだよ」

『……そうか。お前の想いは確と受け取った。できるだけ善処するとしよう。後の世に価値があればの話だがな』


 礼儀正しさの中に恐ろしさを秘める魔帝は、止めていた呪法を再展開する。


 ……正直、気乗りはしねえが、大方予想通りだ。魔帝ならベファーナの記憶を巡る力を使えても不思議じゃないからな。つまり、これは好機……! これでオレの言っていたことの整合性を取ることができる。


 宙に浮かぶ赤文字が徐々にオレの額へと近づき、吸い込まれるように記憶をこじ開けようとするが――


 パリィイイイイインッ‼


 ――突如、何か砕け散るような音が頭の中に響き渡る。


「ん? 何だ今の音は……」

『うむ……どうやら入り込めないようだ。記録を閲覧することができない』

「閲覧できないだと……?」


 おいおい、何だこの展開は⁈ これじゃあ、オレの言った情報が正しいと証明できないじゃないか! くそっ……他の能力で何とかしてもらうか? いや、オレの知らない力で主導権を握られるわけにもいかない。あくまで対等でなければ、交渉などできやしない。一体、どうすれば……


『プロテクトがかかっているようだ。それも、かなり強力な……』

「プロテクトって……だが、ベファーナは入り込むことができたはずだぞ? 言っとくが、嘘じゃねえ」

『別に疑ってる訳じゃない。寧ろ、より信用度は増したと言える』


 話の読めないオレは「どういうことだ?」と、動揺を悟られぬように魔帝の解説を促す。


『このプロテクトは俺のみを排除するように構築されている。そんなことができるのは、全次元探しても一人しかいない』

「それって、つまり……」

『ああ。未来の俺で間違いない。しかも、特定の時間帯でしか見れないプロテクトのようだ。まあ、恐らく邂逅した時にでも埋め込んでおいたんだろう』


 何故、そんなことを……いや、考えてる暇はない。もう少し情報を聞き出せれば何とか……


「ちなみに特定の時間帯ってのは……」

ぐらいかな』



 ――勝機!



 恐らくこれは未来の魔帝からの置き土産……か、どうかは正直わからん! だが、この機を逃す訳にはいかない! ここはもうアドリブで何とかしてやる!


「なるほど……つまり、この先を閲覧したいなら世界を元に戻すしかないってことだ。どうだ? 気になるだろ? 未来の自分がどうなってるか」

『気にならないと言えば嘘になるが……何故未来の俺は、こんな回りくどいことを……』

「分からないか? タダで見せてもアンタが世界を再構築する保証はない。だからこそ、未来の魔帝は交渉材料をオレに託した。今のアンタと張り合えるようにする為にな」


 魔帝は視線を外すと考え込むように言葉を詰まらせる。


 相手を言い包める為に一番重要なことは正しいかどうかじゃない……相手を黙らせられるかどうかだ。つまり、今が畳みかけるチャンス!


「未来の魔帝は自分の力を装備に託し、世界中にばら撒いた……人間として暮らすためにだ」

『人間……? 何故、この俺が……』

「さあな……新しい生き方でも見つけたんだろ。しかも、大層気に入ってるらしい。なんせ四十年後の次元は……確かに存在してたんだからな」


 魔帝はどうも煮え切らない様子で、再び考え込むように沈黙してしまう。


 あと一手……あと一手あれば、堕ちそうなんだが……やはり魔帝はドレッドノートのことが気掛かりなようだ。盟約を破って世界を滅ぼしたことに対しての罪悪感か……もしくは世界を再構築したとて、ドレッドノートが戻ってくる保証がないからなのか……どちらにせよ、ドレッドノートの件を解消しなければ、魔帝は重い腰を上げないとみて間違いない。くっ……何かないのか⁈ ドレッドノートに関する情報はっ……!


 思考を張り巡らせていたその時……予てから頭の片隅に引っ掛かっていた蕾が――花開く。





――さて、どこから話そうかしら。そうね……今からおよそ八十年ほど前、魔帝ラスト・ボス率いる魔人連合が人類に戦争を仕掛けてきたころ、それらに対抗するために生み出された兵器……それが科学宝具だった。そしてその創造者が天才にしてこの世の救世主『アリエル・ドレッドノート』よ――

――アリエル……ドレッドノート……?――


――その名を聞いた瞬間、オレは妙な違和感を覚えた。ん?……なんだ、この感覚は……? 何処かで聞いたような……?――





 そうだ! オレの頭の片隅には何故かドレッドノートの名が刻まれていた! ここに何かヒントがあるはず! 思い出せ……!





――ほう……見る目あるなアンタ。そこまで言ってくれんなら、オレが金を稼いだ暁には、この店で使わせてもらうよ――

――フフッ、楽しみにしてるわ…………クン――





 これだッ‼ 今までの状況……そして、話の流れから察するに間違いないはず――いや、正しいかどうかなんて後で考えればいい! 


「オレは……」


 言えっ‼ 魔帝に啖呵を切った、あの時のように――


「オレはっ……!」


 ――言っちまえッ‼


「アリエル・ドレッドノートの遺志を継ぐ者だッ‼」


 オレは形振り構わず、魔帝相手に最後の賭けに打って出た。



 The Outer Worlds end

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