第弐話 這い上がる世界
「オレが……?」
ブラザーは笑みを浮かべたまま立ち上がり、窓の方へ歩いて行くと振り返らずに語る。
「さっき、兄ちゃんは死んだって言ったけど……それは過去の話だ」
「は? それって、どういう……」
「実は兄ちゃんの身体は、もう殆ど再構築済みなんだ。だから厳密には死んでない。奇跡の復活って訳さ」
オレが複雑な心境ゆえに又もや沈黙していると、ブラザーは「あれ? 嬉しくないの?」と振り返る。
「いや……オレは過去の自分を殺したはずだ。その時から不死身だったとは到底思えないが……」
「違う違う。兄ちゃんが復活できたのは……その服のおかげさ」
ブラザーは腕を組みながら、窓を背に壁へと寄りかかり、オレの着ている服を指差す。
「服って……」
オレは指差す方へ視線を落とし、ブラザーから貰った服を掴む。
「その服は俺らレガーレが創造した特別製でね。着用者の次元を手繰り寄せ、『繋ぐ』役目がある」
「……分かり易く言ってくれ」
「兄ちゃんは過去の自分を殺したろ? その所為で本来、転生する筈だった未来を失ってしまった。つまり、俺らは会ってないってことになっちまう。でも、その服のおかげで魔帝による次元崩壊を免れつつ、着用していた時の兄ちゃんの情報を、一時的に残留させることに成功した。そして、そのデータをもとに身体を復元させ、こうして再構築に至ったという訳さ。分かったか?」
「いや、よく分からんが……この服にそんな能力があったとはな」
「だから言ったろ? 最先端だって」
最先端って、そういう意味かい。心の中でそんなツッコミをしつつ、オレは再構築された自分の身体を見つめる。するとすぐに、ある違和感に気付く。
「あれ……傷がない……」
氷人との一戦で無数に刻まれたはずの傷……それらが綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
「あぁ……あの傷かい? 兄ちゃんにはもう必要ないだろうと思ってな。こっちで治しておいたよ」
「治しておいたって……一応、オレなりの信念があって残してたつもりなんだがな」
「信念? 違うだろうよ、兄ちゃん。兄ちゃんのやってるそれは……ただの死にたがりだ」
オレは虚を衝かれたように黙り込む……何故だか言い返す言葉も出ない程に。
「兄ちゃんはさぁ……毎回毎回、危険を顧みずに敵へ立ち向かってたよね? 処刑されそうな時や魔物と対峙した時……銃を突き付けられた時や魔帝に啖呵を切る時も……まあ、その後も色々さ? 勇敢と言えば聞こえはいいけど、今思えば死に場所を探してるようにも見える」
跋が悪いかの如く、オレは視線を合わせられなかった。正直、そんなことを考えたことは一度もない。だが、前世の惨状を見た今となっては……本能的に思っていた可能性はある。
そんな心境の中でも、ブラザーは更に言葉を続ける。
「最初は単純に不死身の身体を得たからかと思った。だが、兄ちゃんは本来なら治せるはずの傷を残した。あれはいわゆる自傷行為の一種ともとれる。その時に気付くべきだった……信念だなんだと頑張って取り繕うとしてたが、如何せん心の方が追い付いてないんだと。その結果、今回の一件に繋がっちまったって訳だ」
分かった風な態度が妙に腹立たしかったオレは、イラついた自分を落ち着かせる為に暫し沈黙し、深く息を吐くとブラザーを睨みつける。
「……確かにそうかもな。だが、勘違いすんなよ? 例えそうだとしてもオレが死を望んだのは、テメエのしでかしたケジメをつけたかったからだ。その信念だけは嘘じゃねえ」
「そうかい。そりゃあ、立派な信念だこと。だからと言って、このまま終わらせる訳にはいかないんだよ。何故なら兄ちゃんも勘違いしてるからさ」
その引っ掛かる言い回しに「勘違い……?」と、オレは吊り上がった目尻を落とす。
「そうさ。実は兄ちゃんが見た過去……あれは別物でね。詳しいことは言えないけど、兄ちゃんが背負うべきものじゃないのさ」
「……言ってる意味が分からねえが?」
「今は分からなくていい。でも何れ、向き合う日がきっと来る。その時に兄ちゃんらしい答えを出せばいいのさ」
「オレらしい答えって……」
死を望んだ今のオレにはその答えが導き出せず、額に手を当てて呻るように息を漏らすしかなかった。
「難しく考えなくていい。兄ちゃんは今まで通り、持前のポジティブさと破天荒さと卑怯さで、時に楽しく、時に女の子にちょっかいをだしながら、思いのまま生きてりゃいいのさ」
ブラザーはオレの隣まで来るとベッドへと腰かけ、目線を合わせながら優しく問いかけ続ける。
「自分を傷つける必要も、逃げる必要も……追い詰める必要もない。己が生き様の為に、自由に生きていいんだ。だからもう一度、自分の為……全次元の為に這い上がってはくれねえか?」
「這い上がる……か……」
「ああ。兄ちゃんの得意分野だろ? 『不死身の番犬』よ」
『不死身の番犬』……その異名を噛み締めつつ、オレは虚空を見つめる。
神妙な顔をすれば何か考えてる風に見えるだろうか? 虚ろな姿を見せて同情でも引けば諦めてくれるだろうか? そうすれば、もうほっといてくれるんじゃないか……そんな下らないことばかりが頭の中を駆け巡っている。
まあ、要は何も考えてないのと同じってことだ。いや……考えるのが面倒くさいと言った方が正しいか。だって、そうだろ? 過去を追い求めないとは言ったものの、その一端が不服にも垣間見えちまったんだ。だから、オレは死を選んだ。ただ、それだけの話なのに……勝手に起こされたと思ったら、勝手に世界の命運背負わされちまってる。そりゃあ、考えたくもなくなるさ。
だが、考えることをやめたら人間は終わりだ。と言っても、オレは人間じゃねえから関係ないんだが……それでも魂は絶えず訴えかけてくる。このままではいけないと……
「どうだ、兄ちゃん。やってくれるかい?」
別にオレが死ぬだけなら大した問題じゃねえし、世界のことだって滅びようが知ったこっちゃねえ。ただ、オレの周りに居た連中……あいつらを巻き込んでまで、自分勝手に死ぬのは筋が通らねえ……ってことなのかな。
「そこまで思い詰めてたか……こりゃ、重症だな」
つまり何が言いたいかと言うと、最初っから答えは出ちまってるってことだ。だから、考える必要なんてない。本能のままに従う……今まで通りな。ただ、二つ返事でやるのは釈然としないものがある。なんたって、全次元の命運がかかってるんだからな。少しくらい悩んでる風を装ったって、罰は当たらないだろう。
「兄ちゃん……この世界が崩壊に巻き込まれるのも時間の問題だ。全次元を救うためには兄ちゃんが――」
「あ~いいよ、そういう畏まった話は。やればいいんだろ、やれば? もうシリアス展開は御免だしな。どうせこのままじゃ、死んでも死にきれねえし……這い上がってやるよ」
度重なる催促に観念したオレは、口をへの字に曲げつつ、嫌々ながら立ち上がった。
「本当かい……? ハッ……流石だぜ、兄ちゃん! 兄ちゃんなら、そう言ってくれると思ったぜ!」
対するブラザーは陽気な笑みを振りまきつつ、勢い良く立ち上がってはオレの肩を抱き寄せ、ヘッドロック気味に頭をペチペチ叩いてくる。
「ええい、叩くな! それで? オレは、これからどうすりゃいいんだ?」
「ああ、そうだった。これから兄ちゃんには……」
ブラザーは即座に真面目な顔つきに変えると――
「魔帝ラスト・ボスと交渉してもらう」
――予想外の提案を述べてきた。
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