第79話 不死身の番犬VS呪灰の魔女(巡)

 放たれた真っ赤な閃光にブロンダは咄嗟に目を閉じた――


 身体中には痛みが走り、息苦しさに意識が遠のく。だがそれは、先程から纏わりつく真っ赤な呪縛の所為であり、死とも違う感覚にブロンダはすぐに気付くと……恐る恐るその瞳を開ける。


「何してんだ……お前……?」


 目の前には大きな手があり、その握られた拳からは、真っ赤な血が滴り落ちていた。恐らく先程の一撃を、その拳に納めたのだろう……そう思ったブロンダは自分を助ける為、間に割って入った男を見上げる。


 傷だらけの腕、大きな背中、怒気を含んだ眼光。立ち塞がるその男こそ、不死身の番犬……ダン・カーディナレだった。


「何でアンタが……ここに……?」

「よお、痴女三姉妹。相変わらずエロい格好してんな?」


 先程の真面目な面持ちとは打って変わり、振り返ったその顔は笑みに包まれ、まるで別人のような感覚にとらわれる。


「誰が痴女よ……! それに三姉妹でもないわ……!」

「おお、意外と元気そうだな。で? この女、何者なんだ?」


 ダンは再び前へ向き直り、眼光を鋭く変貌させると、ベファーナを睨みつける。


「このオーラ……ダーリンで間違いない。ずっと探しておった……会いたかったぞ……妾の愛しき人」


 ベファーナは赤く染めた頬を両手で包み、潤んだ瞳で一歩一歩ダンへ近づこうとする。


「あ? 誰だ、お前」

「誰って……妾はベファーナ。覚えておらぬのか?」

 

 ダンの素っ気無い対応に、ベファーナは立ち止まり、嬉しげだった口角が落ち込む。


「覚えてねえな。まあ、身動きの取れねえ女を殺そうとする奴なんざ、記憶にとどめておくつもりもねえがな」

「それは……仕方なかったのだ。いくらダーリンの居場所を尋ねても、他の人間どもが口を開かなくてのぉ。故に少しだけ、おいたを……」

「言い訳なんか聞きたくねえ。取りあえず、こいつを解放しろ」


 ベファーナは何故か嬉しそうに、「はい、ダーリン!」と顔を綻ばせ、素直にブロンダの呪縛を解く。


 解放されたブロンダは息を整えると、即座に立ち上がってダンの横に並ぶ。その横顔は涼しげであったがブロンダが視線を下に移すと、ダンの痛々しい右手からは未だ血が止め処なく溢れていた。


「アンタって不死身なんでしょ⁈ 何で治さないのよ……」


 ダンはブロンダのその問いに対し、標的から視線をずらさず開口する。


「お前、殺されそうになってもオレのこと言わなかったんだろ? だったらオレも……自分のことは言わねえ」

「は……? 何を言って……」

「ここでオレが再生させちまったら、自分が探し人だって言ってるようなもんだ。それじゃあ、お前の決意が無駄になっちまう。だから治さねえ」

「ア……アンタ、バカなのッ⁈ もうとっくにバレてんじゃない‼ アイツは魔界の姫で、何でか知らないけどアンタを狙ってる……だから変な維持張ってないで直ぐに――」

「ダメだ。治さない」


 ダンの真っ直ぐな意思に一瞬見惚れ、思うように言葉が出ないでいると――


「……大丈夫……ダンなら」

「え……? ちょっ、ちょっと……何なのよ、この子……」


 ――下からカレンがブロンダの手を掴み、危険が及ばぬよう後方へと連れて行く。


 それを横目で確認したダンは、ブロンダたちの盾となるように、ベファーナの前へ立ち塞がる。


「良いのか、ダーリン? あの人間の言う通り、その手を治さなくて? いくらダーリンでも妾の呪法を喰らったままでは些か辛かろう?」

「ハッ……治す? 何のことだ? それにオレはテメエのダーリンじゃねえ。勝手に勘違いされて暴れられちゃあ、こっちも迷惑だ」

「勘違いではない。何故なら妾はダーリンと同じ……不死なのだから。間違えるはずがなかろう」


 ベファーナは己が手を見つめながら、艶のある瞳でダンへと視線を移す。


「妾の身体は例え炭の如く黒焦げに燃えても、その命は決して燃え尽きることのない、言わば灰のような存在……故に魔力で活性化させ、いくらでも再生できるのだ。それは、まさに永遠。そんな退屈な日々を一緒に過ごせるのはダーリン……其方だけなのだ」

「そんなこと聞いてねえよ。オレは違うって言ってんだ。分かったらさっさと消えな」


 溜息交じりに肩を落とすベファーナは、指で髪をクルクル回す仕草を取る。


「強情だのぉ……まあ、そういうところも嫌いではないが。しかし、困った……ダーリンは帰れと言うが、妾も引くわけにもいかぬ。ここはもう魔女らしく、雌雄を決するしか……」

「オレは戦わねえぞ。女は殴らねえ……よっぽどのクズじゃなければな」

「フフフ……妾を女の子扱いしてくれるのか? 嬉しいのぉ……なら、こうしよう」


 ベファーナは恍惚の表情を浮かべながら近寄り、人差し指で撫でるようにダンの額に触れる。


「ダーリンの記憶を巡らせてもらう。覚えておらぬと言うなら是が非でも見つけ出し、妾のことを待たせたツケを払わせてやろうぞ」

「ほう……魔界の姫ってのは、そんなこともできんのか。だが、そう簡単にいくかな? なんせオレの記憶は自分でも思い出せねえくらい頑固一徹だからよぉ?」

「フッ……それは楽しみだ。妾の主張が正しいのか、それともダーリンの主張が正しいのか……いざ、勝負といこうかの?」


 先程と同様の真っ赤な文字がベファーナの身体から溢れ出し、蛇の如く宙を蠢いては腕に纏わりつくように巻かれていき、そのままダンの記憶を抉じ開けるかの如く頭の中を侵していく。


「上等だ。すぐにでも追い出してやる……かかってきなッ‼」

「行くぞ……妾の愛しき人よッ‼」


《第六十一代転生者 兼 通称 不死身の番犬 ダン・カーディナレ》


               VS


《アッソルート魔人連合 二代目総帥代行 兼 呪灰の魔女 ネロ・ベファーナ》



 巡る記憶は忌まわしき過去、そして無間地獄。浅はかな想いでその扉……開くべからず。

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