第78話 逢魔が時
「ここがア・プレストになります。では私はこれで……」
「おお、おお! 世話になったの、ヘマよ!」
案内してくれたヘマは気を使ってか別れの挨拶を早々に済ませ、それを見送ったベファーナは待ちかねたような綻ぶ顔で扉を開ける。すると……
「おや? 姫様じゃないですか」
「何だ……誰かと思えばローの坊やか。其方が何故ここに?」
カウンター席に座って酒を嗜むはオールド・ロー。いつも、ちょっかいを掛けに来るローも、今日は寂しく一人酒のようだ。
「ここは俺のお気に入りの宿屋でしてね。姫様は例の探し人の件で?」
「ああ、妾のダーリンが此処に居ると聞いての。で? 何処におる?」
高ぶる気持ちを押えられず、ベファーナはローへと詰め寄る。
「ダーリン? 姫様の探し人って、やっぱりダン君のことでしたか」
「そう! 妾のダーリンはダン・カーディナレというらしくての。ついさっき昔の知り合いに聞いて、ようやく名を知ることができたのだが……その口振りからして、其方も察しておったのか?」
「ええ、まあ……そっか……俺の目に狂いはなかったか……」
ローは微笑を浮かべながら呟くと、嬉しそうに酒を口へと一気に運んだ。
「そんなことより! 妾のダーリンは何処におるのだ? 人っ子一人見当たらんようだが……」
「見ての通り、今日は俺一人ですよ。っていうか、姫様ならオーラで居ないことぐらい察せるでしょうに。愛は盲目ってやつですかね」
「なんだ、なんだ……此処にも居らんのか? どうしたら会えるのだ? もう歩くのは嫌だぞ~……」
ベファーナは力が抜けたように座ると、ひどく沈んだ顔でカウンターに突っ伏した。
「それならSPDへ行かれては? 俺もさっきまで居たんですが、あそこなら色んな奴が集まりますし、姫様の欲する情報も手に入るかと。まあ最悪、魔界の姫だって名乗って力をチラつかせりゃ、緊急警報で無理やり呼び出すこともできるでしょうしね」
「ほう、相変わらず頭が回るの~……なら丁度良いわ。ローよ、其方の頭を貸せ。その記憶から、SPDとやらへ跳ぶ」
「記憶って……まさか『呪法』で跳ぶんですか? 嫌ですよ~……絶対、デメリットあるでしょ? 気乗りしないなぁ……」
ローはあからさまに嫌そうな顔で身構える。
「当たり前だろう? 『呪法』なんだから……まあ、安心せい。其方の身体なら、ほぼ問題なかろう。もうその命も……四十年前から止まったままなのだから」
怪しげな笑みを浮かべるベファーナは人差し指でローの額に触れると、まるで蛇の如く真っ赤な文字が宙を蠢いては頭の中へと吸い込まれていく。
「懐かしいですね。あの時も結構キツかったですが……やっぱり何度やってもっ……慣れないな……これ……」
苦悶の表情を浮かべるローとは対称的に、淡々と呪いの作業を進めるベファーナ。しかし、その腕は呪いの反動からか徐々に炭のように変貌し、崩れるかと思えば無数の孔が開いていき、燃えるように赤く染まりつつ活性化していく。
「では、また会おう……過去で」
「俺に会ったら言っといてください……クレームは受け付けないって……」
ベファーナは笑顔で応えつつ、ローの記憶の中へと跳躍した。
◆
時刻は少し戻って、冒険者ギルドSPD――
朝から数多の冒険者が集まり、朝食をとる者から任務の受注まで、幅広く人間が行き交う中、こちらでも一人で酒を嗜むロー。
そろそろいつものルーティンであるア・プレストへ梯子酒でもしようかと考えていた直後、額から真っ赤な文字が濁流の如く溢れ出しつつ急激な痛みと共に魔界の姫は降臨する。
「いっでえええ⁉ 何だッ……急に……?」
「やあ、ローの坊や。今し方ぶりだな」
額を押えるローに笑顔で振り返るベファーナは、同時並行でボロボロになっていた身体を修復させた。
「姫様……? 今し方って……まさか、呪法で跳んできたんですか?」
「ああ……ちなみにクレームは受け付けないそうだ。恨むなら未来の自分を恨むんだな」
「恨むも何も……姫様に逆らうなんて選択肢……未来永劫、俺には無いんでね……」
ローはそう答えると意識を失い、ベファーナは満足そうに微笑むと、前を向き直るや否や細く美しい手を挙げ、天井に真っ赤な文字の羅列を投影する。
異様な光に照らされた周囲の連中は、天井を見上げては即座に立ち上がり、徐々に魔界の姫の存在を認識し始める。
「おい……あれって……」
「この赤文字は……呪法……よね?」
「ってことはっ……魔人か⁈」
ベファーナは崩れつつある手を修復すると挙げていた手を振り下ろし、恐れ慄く人間たちを指差しながら高らかに己が存在を誇示する。
「妾の名はネロ・ベファーナ……魔界の姫である。ダン・カーディナレを探しておる故、知っている者は前に出よ」
沈黙のまま顔を見合わせるSPDの面々……そんな中、腕を組みながら尊大な態度で前へ出る三人組が居た。
「ちょっと、アンタ! いきなり出てきて何様のつもりよ⁉」
「ブロンダさん……さっき魔界の姫って言ってましたよね? どう考えても姫様だと思うのですが……」
「そうよ! そうよ!」
肌を大胆に露出させたボンテージ姿で登場したのは、SPDで痴女三姉妹としてお馴染みのビレッドとピンキー、そしてその二人を引き連れるリーダーのブロンダであった。
「ほう……勇気ある人間よ。前へ出るということは、知っておるということだな? ならば教えよ……妾のダーリンの居場所を」
「ダーリン? ハッ……アンタ、趣味悪いんじゃない? あんな変態男に御執心なんて――ッ⁈」
その無粋な言葉はベファーナの怒りによって強制的に遮られ、赤い文字がブロンダを身体を這うように締め付けては無理やり跪かせる。
「ブロンダさん……⁈」
「――――ッ⁈」
ブロンダのその姿にビレッドとピンキーも心配気に膝をつく。
「人間よ……それ以上はやめておけ。今日は朝からダーリンに会えず、先程から虫の居所が悪いのだ。あまり粗相をするでないぞ?」
冷たい声色で見下すベファーナを、尚も尊大な態度で睨みつけるブロンダ。
「フッ……アンタこそ……ここを何処だと思ってんのよ……? 名のある冒険者が集う……SPDよ……! 余計な真似したら……即刻、討伐対象にされるわ……!」
ビレッドやピンキー……他の冒険者たちも一斉に臨戦態勢へと移行し、装備している科学宝具を展開しようとするが――
「あれ……? 展開できない……」
「そうよ……そうよ……?」
――一向に起動できず、まるで輝きを見せない。
「無駄だ人間たちよ。科学宝具の対処法など、当に心得ておるわ。天に映し出されたこの文字はな……其方たちの精神に影響を及ぼし、科学宝具の展開を阻害する呪法なのだ」
自慢気に己が呪法を解説するベファーナを見て、窓口に居た受付嬢が緊急警報を発令しようとするが――
「ダメよッ‼ アイツを呼んじゃッ……‼」
――苦悶の表情でブロンダが制止させる。
「もはや其方たちに成す術などないというのに……何故、止める?」
「アタシ……アイツのこと一回、見捨てちゃったことあるのよね。それなのにアイツは……アタシが絡まれてるとき、何も言わず助けてくれた。だから言わない……それでなくても、この街の仲間を簡単に売ったりなんかしないわ!」
ブロンダの信念に呼応するように、SPDの連中は怯えながらも、各々武器を構えて再び戦闘へ備える。
「そうか……さすがは人間。そちらがその気なら……一人ぐらい殺めても問題はないな?」
冷笑を浮かべつつブロンダを指差すベファーナ。その指先には真っ赤な文字が集約され、鋭利な爪状の弾丸が生成されていく。
「では、さらばだ人間。その潔い心意気のまま……死んでゆけ」
ベファーナは敬意を表すと共に、容赦なく死灰の弾丸を射出した。
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