第77話 すれ違う一方的な愛
「うむ……入れたはいいものの、場所を聞くのを忘れてしもうたな」
ベファーナはふと思い至ったかのように、辺りを見渡しながら優雅な足取りを止める。道行く人々はベファーナの憂いを帯びた面持ちに、男女の枠を超越して視線が釘付けになってしまう。
「皇の坊やに啖呵を切った手前、戻って聞くわけにもいかぬし……ダーリンのオーラも近くに行かねば察知するのが難しい。これでは探すのに苦労するのぉ。どうしたものか……おや?」
しかし、そんな憧憬の眼差しなど意に返さず、視線を彷徨わせていると――
「もしや……ベファーナ様ですか?」
――正面から現れたのはヘマでだった。
宿屋スペランツァのウェイトレスで、『東の三宝石』と呼ばれるうちの一人であり、そして、魔人と人間のハーフでもある。左腕には買い物袋が引っ提げられており、どうやらその帰りの途中のようだった。
「おぉ、ヘマか。我が国を追放された後、この国に来ていたのだな。元気にしておったか?」
「はい。その節はお世話になりました。ハーフだからと迫害を受けていた私を、ベファーナ様が追放処分にして頂き、何とか生きていくことができています。感謝の言葉もございません」
ヘマはダンに見せた時と同様の、綺麗なお辞儀で敬意を表す。
「よせよせ……それより、ヘマよ。妾のダーリンが何処におるか知らぬか? オーラが感知できなくて困っていてのぉ」
「ひょっとして、ダン様のことですか? 昔から変わりませんね……それでしたらア・プレストという宿屋に行かれてみては? そこに身を寄せていると聞きますし、私も近くの宿屋で働いていますので、良ければご案内いたしますが?」
「ほう、そうか。なら、頼むとしようかの。世話になるなぁ、ヘマよ」
ベファーナとヘマ……魔女二人が歩く姿は一際目を引き、周囲の視線を浴びるように受けつつ、ダンの住むア・プレストへと足を運び始めた。
◆
「で? どこ行くんだよ? 誘うってことは何かしらプランがあるってことだよな?」
あれからオレたちは宿屋を飛び出し、何の因果か又もや自然と手を繋ぎつつ、ノープランで外へと繰り出していたのだが……
「…………………」
「え……?」
「…………………」
「おーい……」
どうやら何も考えずに誘ったらしい。こいつなりにオレを元気づけようと、考えるよりも先に行動したんだろうが……もう少し計画を練ってから誘ってほしいもんだね。行き当たりばったりで上手くいくには、相当なセンスと運命力が絡むからな。
「……よく考えたら私……部屋に居るから外のこと知らない」
「そんなんで、よく誘ったな。オレだって来たばっかだから、この辺りのことあんま知らねえんだぞ? どうすんだよ……」
麦わら帽子をかぶった小っこいカレンからは、恐らくオレの苦い顔を見えていないだろうな。
「……そうだ……遊園地へ行こう」
「いや、そんな気軽に言うなや。結構、遠いんだぞあそこ。あとお前、自分が行きたいだけだろ? せめてオレを元気づけるようなプレゼンしろよな」
「……だって……他のとこ知らないし」
こちらからもカレンの顔は窺えないが、恐らく声の感じからして、先程のように頬を膨らませていることだろう。
「ハァ……っていうかオレ、金持ってねーんだけど。そこんところ大丈夫なんか?」
「……それは心配いらない……リリーから毎月、お小遣い貰ってるから」
え? 何それ? オレ、一回も貰ったことないんだけど? 何だこの待遇の差は? 何でオレに小遣い寄こさねえんだよ、あのクソババア⁈ これは後で断固、抗議せねば!
「あれ……旦那……誰ですか……その子……?」
ババアへの抗議文を脳内で構築していると、目のハイライトが消えたレイが正面から現れた。この道筋から察するにア・プレストに行こうとしてたんだろうが……こいつ、他に行くとこねえのか?
「おお、何だレイか。こいつはな――」
「まさか……誘拐してきたですか……?」
後退りするレイは、あからさまに引き攣った顔で、随分な眼差しをオレにぶつけてくる。
「違えよ、バカっ! 人聞きの悪いこと言うんじゃねよ! こいつはな――」
「でも旦那……可愛い子に目がないじゃないですか……? だから、遂に小さい子にまで手を……」
レイは自分の身を守るかのように、己が身体を両手で包み込む。
「バカっ! お前、ほんとバカっ! 可愛い子は好きだけど、ロリコンじゃねえから‼ いいか? こいつはな――」
「え……? ってことは……旦那の……お子さん……?」
自分の紡ぐ途切れ途切れの言葉によって、放心したように肩を落としていくレイ。
「ちがーう! 聞こうか、人の話⁈ こいつは、ただの――」
「あぁ……氷人さんとの子? 結婚するって言ってましたもんね……」
度重なる勘違いにレイは、徐々にニヒルな笑みへと変わる。
「違うって、だから! っていうか結婚するっつっても、そんなすぐ子供できる訳ねえだろ‼ 少し考えたら分かんだろうが⁈」
「ハハッ……気を使わなくていいですよ……結婚したら魔界の鳥が運んでくるって言いますもんね……」
「古の考え方すぎるわっ⁈ お前の性教育、何処で止まってんだよ‼ あと魔界の鳥って、ちょっと怖すぎんだろ⁈」
「あーあ、なんか馬鹿みたい……私一人で盛り上がって……」
まるで悲劇のヒロイン張りに、自嘲気味で空を見上げるレイ。
「あのさ……勝手に自分の世界に入らないでくれる? ちゃんと聞いてよ、人の話……」
「はぁ……頑張れ私……! 前に進むんだろ? しっかりしなきゃ……!」
レイは自分の頬を両手でパチンと叩く……まるで活を入れるかのように。
「ねえ……やめてくんない? その朝ドラの主人公みたいな感じ……」
「旦那……あなたは私にとって大切な相棒でした。でもどうやら、これでお別れのようです。私も自分の幸せ、掴み取りますから……それじゃ!」
レイは無理やり作り笑いを浮かべるも、その瞳は徐々に涙ぐんでいき、終いには目元を隠すように走り去っていった。
「あーあ。行っちゃったよ……」
「……追いかけなくて……いいの?」
そんなレイのアホな走り姿に心打たれたのか、齢二歳の少女は気を使って同情の視線をオレに向ける。
「まあ、別にいいんじゃね? アイツ、いつもツッコんでばっかだからな。たまにはボケさせてやろう」
しばらく憐みの視線で立ち竦むオレたちは、レイの嗚咽が掻き消えるまで見送り――
「じゃあ、そろそろオレたちも行くか」
「……行くとこ……決まった?」
「ああ、SPDだ。あそこなら飯も食えるし、いろんな奴が集まるから、何かしら面白え情報が聞けんだろ」
「……そう……じゃあ、行こう?」
――その後は自然とまた手を繋ぎ、SPDへと足を運ぶことにした。
まさか、このやり取りが最後になるとも知らずに……
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