第76話 続・彼方からの敬愛
リベルタ共和国、正門――
分厚く立ち塞がる壁とは対照的に、大手門は常に
そんな堂々たる門の頂点に君臨するは偽皇帝の居城。黄金色に輝く様は、まるで王宮のようで、今日もいつもと変わらず、この国を見守っていた。
故に危険な存在は通す訳にもいかず……
「皇様ぁっ‼ 皇様ぁっ‼ 起きておいでですか、皇様ぁっ‼」
ドタバタと扉を開けた衛兵は、絵に描いたように慌てながら、皇の部屋へと入ってくる。
「朝から、うるせえな……起きてるっつーの。あと、お前……ノックしろよな。いつも言ってんだろ」
皇はスーツ姿でビシッとキメつつ、優雅にソファーへと腰かけていた。
「あ、起きてたんですか? すみません……いつも、ぐーたら寝てるからつい……」
衛兵は余程慌てていたのか、上手く鎧を装着できておらず、それを直しながら軽口を叩く。
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。皇帝に向かって失礼な奴だ……」
「そそっ、それよりもまた来てますよっ‼ 奴がっ‼」
「わかってるよ。俺が気付かない訳ないだろうが……」
言い終わると共に立ち上がった皇は、掛けてあった毛皮のコートを手に取り、肩に羽織りながらバルコニーへと歩いて行く。
「お前らは、いつも通り仕事してろ。奴は俺が対応する」
「そんなこと分かってますよ。俺らじゃ、どうにもならないんですから……皇様も偶には仕事らしい仕事してくださいよね」
「お前アレだな……ほんと失礼な奴だな。もう少し気持ち良く送り出せねえのかよ……ったく……」
皇は眉間にしわを寄せつつバルコニーの手摺に足を掛け、その勢いのまま跳躍すると眼下の門前へと飛び降り、着地するや否や目の前の異様なオーラを醸し出す存在に視線を送る。
「さて……昨日の今日で随分と早いお出ましだな。ベファーナ嬢」
「当たり前だ。うちのユニちゃんが
《アッソルート魔人連合 二代目総帥代行 兼 呪灰の魔女 ネロ・ベファーナ》
魔人連合の次期総帥と名高く、現最強と謳われる魔界の姫。
うねるように横へ伸びた真っ赤な髪とは対称的に、一目で人間ではないと分かる程の白く透き通った肌。シャープな顔立ちに凛々しく吊り上がった目尻と、銀色に輝く瞳は何人も逆らえぬ妖美な力を感じさせる。
漆黒のロングマントを羽織っては足元までたなびかせ、その下にはオフショルダーで燃えるような赤い紋様が刻まれた、ゆったりと袖の広がっている黒いドレスを着飾っていた。
胸元にはざっくりと穴が開いており、そこから大きな胸を覗かせつつ、スリットが入ったスカートからは、蛇柄のタイツを履いた美脚を露わにしていた。
人知を超える程の美貌を兼ね備えたその容姿は、並大抵の人間では即座に魅了されてしまうだろう。しかし、そんな相手を前に皇は毅然とした態度で立ち塞がる……最強の門番として。
「探し人ね……だが、何度来ても同じだ。此処を通す訳にはいかない。門番だからな」
皇はそう言うと昨日展開した黄金のオーラを身に纏う。
「よせよせ、皇の坊や。
「……ダーリンだと?」
「ああ……ユニちゃんの情報通りなら、妾のダーリンで間違いないはず。だから、すぐにでも合わねばならん。其方と同じ……彼方からの愛ゆえに」
妙な言い回しをするベファーナに、困惑の面持ちでオーラを解く皇。
「お前も小僧と……?」
「察したか……そう、これは決定事項なのだ。理解したのなら、妾は通させてもらうぞ」
ベファーナは有無を言わさず皇の横を通り過ぎると、衛兵を横目に優雅に大手門を潜り抜けて、自由の国へと足を踏み入れていった。
「ちょっ、ちょっと‼ 通していいんですか、皇様⁉」
先程の慌ただしい衛兵が更に慌てたように駆け寄り――
「アイツも訳ありみたいだからな……仕方ねえさ。まあ、小僧なら何とかするだろう」
――皇は溜息交じりにベファーナの後姿を見送った。
◆
場所は変わって、宿屋ア・プレスト――
「あれ? 誰も居ねえじゃん……」
せっかく早起きして下の階に降りてみれば、いつもの面子が居ないもぬけの殻であった。ババアを呼んでも返事はないし、イニーちゃんも出てこない。どうやら買い物にでも行っているらしい。
「一人か……」
そんな独り言を零しつつ、いつも通りカウンター席に座る。
この世界に来てからというもの、一人っきりになるってのは、あまり無かった気がする。大抵周りには誰かが居たし、そいつらに身を任せてると、勝手に話が進んでたからなぁ。
オレはテーブルに肘を乗せ、目の前の酒棚を見つめては、頬杖をつきつつ物思いに耽る。
昨日は皇のオーラでそれどころじゃなかったが、改めて一人になると色々考えちまうな……オレが人間でないということを。オレは一体、何者なんだろうか? この件に関しちゃあ、オレの過去とは別口な気がするが……
らしくもない思考は長続きせず、後方の階段から鳴る足音に、意識が持っていかれてしまう。
「………………」
上からトタトタと降りてきたのは、相変わらず不愛想が顔に張り付いている、引きこもり系美少女のカレンだった。カレンは宿屋内だというのに何故か麦わら帽子をかぶっており、特に話しかけてくることもなくオレの隣の席へと腰かけた。
「………………」
「………………」
いや、せめて挨拶くらいはしてくれんもんかね? 話しかけるタイミング見失っちまうだろうが……
若干気まずさを感じたオレは席を立ち、後方にあるソファーに移動して腰を下ろすが――
「………………」
――何故かカレンも無言のまま、対面席へとちょこんと座る。
「………………」
「………………」
何? 何なの? 何が目的なの? 何で一々、付いて来るわけ? 言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいな、カレンちゃんよぉ!
渦巻く疑問を溜息に変えつつ、その視線から逃れるように、ソファーへと横になるが――
「………………」
――カレンも同様に寝そべり、かぶっていた麦わら帽子が頭の先に落ちると、テーブルの脚越しに目線が合う。
流石のオレも無言の圧力に堪らず……
「な、何? 何か……用?」
問いかけられたカレンはゆるりと起き上がり、麦わら帽子をかぶり直しつつ徐に立ち上がる。
「……遊びに……行きたい」
「遊びに……? あ、あぁ……行ってくれば? でも、あんまり遅くなるなよ? ババアに叱られちまうからな」
するとカレンは元から不機嫌そうな顔に、頬を膨らませるというワンポイントを追加して見せる。
「……そうじゃなくて……一緒に……」
そこまで言って恥ずかしくなったのか、カレンは顔を隠すように麦わら帽子を深くかぶる。
「一緒に? 何で?」
「……だって……元気なさそうだから」
元気なさそう? そんな風に見えてたか。自分じゃ分からんもんだな。しかし、遊びに行くねぇ……正直そんな気分でないのも確かだ。だからといってガキに気を使われたまま、ただ寝転がってるのも大人として如何なものだろうか? う~ん……そうなると、答えは……
「じゃあ……どっか行くか?」
「……うん……行こ」
帽子の鍔の下から覗かせるカレンの微笑みに、オレの中にある断るという選択肢は自然と消え失せていた。
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