第75話 彼方からの敬愛

 思わずビクつきながら声の主へ視線を移すと、ババアが腕を組みつつ仁王立ちで睨みを利かせていた。


「ババア……」

「リリーさんっ……! 何故ここに……?」


 皇もババアの機嫌の悪さを感知し、思わず黄金のオーラを解除する。


「何でじゃないないだろ、このバカちんがッ‼ アンタの弁えないオーラが、アタシのとこまで飛んできてんだッ‼ 鬱陶しいったら、ありゃしないよ……」


 説教を織り交ぜたババアの愚痴は、流石の偽皇帝にも効いたようで、偉そうに踏ん反り返る皇を委縮させた。


 その隙に乗じるようにオレは皇へとニヤケ面を浮かべる。


「へっ……ざまあみろ、皇。実はババアが来るのもオレの計画のうちだったのさ。まんまと騙されたな」

「嘘つけ……今、考えただろ」

「いやいや、そうでもないぜ? ここからババアの宿屋は結構近い。アンタのオーラがデカくなればなるほど、ババアんとこまで届くってな筋書きだ。まさにオレの計画通り」

「だから嘘つくんじゃねえよ……! お前、完全に負け認めてただろうが……!」


 皇は歯軋りしつつオレの頭を鷲掴みすると――


「お黙りッ‼ アタシの前で下らない喧嘩するんじゃないよッ‼」


 ――又もや耳を劈くようなババアの怒号が飛んでくる。


「何だよ……昨日は喧嘩しろとか言ってたじゃねえか……」


 オレは視線を逸らしては、愚痴気味に唇を尖らせる。


「喧嘩ってのは実力が拮抗してる者同士でやるもんなんだよ。アンタのそれは、ただ蹂躙されてるだけ。皇相手に勝てるわけないだろ、このバカちんがッ‼」


 蹂躙って……そこまで言うことないだろ。オレだって勝てないなりに何とか頑張ったってのに……結構、傷つくぞ。


「それにダン。アンタにはスペランツァの偵察を頼んだはずだよ? それが何で喧嘩することになってんだい……」

「あぁ……それには深い事情があってだな――」


 オレは今までの経緯をババアに説明してやった。特にノーパンへの熱い想いから順を追って語ってやろうとしたが、速攻でぶん殴られてしまったので掻い摘んで説明させていただいた。当然、オレの正体についても……


「――とまあ、こんな感じで御座います。ハイ……」

「ほ~ん……アンタ、人間じゃなかったのかい。まあ、そりゃそうだろうねぇ」

「あれ? あんまり驚いてない感じ? 結構、サプライズな告白だったんだけど……」

「そりゃあ、アンタ……頭や身体が真っ二つになっても死なない奴を、人間だと思う方が無理ってなもんだろう?」


 確かに……そう考えると、今まで人間だと思い込んでた方が、逆に可笑しかった気もしてくるな。だが、そうなると腑に落ちない点が幾つか出てくるが……


 沸々と湧き出る謎に懐疑的に眉を寄せていると――


「喧嘩は終わったようだな。なら、ダンよ……そろそろ国宝人になるかどうかの返事をもらいたいのだが?」


 ――断ち切るようにカタリベが緩やかに近づいて来る。


「馬鹿言うな。小僧は我が国の所有物だ。他国へ行くことは、この俺が許さん」


 オレが答えるよりも先に皇が睨みを利かせながら対抗すると――


「うん。僕もその意見には賛成だけど、欲を言うならマリオネッタに来てほしいかな」


 ――田所のおっさんが後ろ手を組みながら、にこやかに両者の間に割って入る……って、何でおっさんが此処に居んだよっ⁈ 神出鬼没にもほどがあんだろ⁈


 オレは頭をポリポリ掻きながら唸りつつ、助言を求めるようにババアへと視線を送る。


「フン、随分とモテモテじゃないか。ま、アンタの好きにしなよ。穀潰しが居なくなれば、アタシも清々するからねぇ」


 気のせいか……いや、きっと気のせいだろう。ババアが寂し気に視線を落とし、哀愁のこもる表情をしたなんてのは。しかし、こんな表情を見たのも初めてのことではない……気がする。度々、横目で見ていたような……? だからもし気のせいだったとしても、オレはその表情に本気の想いを感じてしまい、自然と――


「いや、やっぱやめとくわ。オレは自由に生きるのが性分なんでね。ババアんとこが一番オレらしく居れるだろうし、何より……オレが居ないとババア、寂しそうだしな」


 正直ぶん殴られるのを覚悟していたが、対するババアは「フン、馬鹿が……」と妙な反応。あれ……本当に寂しかったのか?


「そうか。なら、この話は忘れてくれ。私はもう帰らせてもらう」


 勧誘してきた割には随分と素っ気無いリアクションのまま踵を返すカタリベ。


「アッハッハ! 君らしい答えだね。そういうことなら僕も帰るよ。またね」


 手を振りながら去って行く田所のおっさん。おっさんに関しては、未だに何で来たのか、さっぱり分からんな。


「小僧……今回は引き分けにしておいてやる。続きはまた今度だ」

「え? 最後に殴ったのオレだったよな? じゃあ、オレの勝ちじゃね?」

「いや、お前も負けを認めただろうが……」

「でもアンタも今、身を引いたよな? ってことは、総合的に考えると、やっぱりオレの勝ちじゃ……」


 皇は頬を引きつらせながら「勝手にしろ…!」と舌打ちを交え、毛皮のコートを翻しつつババアの横を通り過ぎようとすると――


「皇……アンタ、?」

「フッ……根に持つ? 俺は皇帝ですよ、リリーさん。そんな小さい男じゃねえ」


 ――小声で何かを交わしたのち、足早に去って行った。


「ハァ……ダン。取りあえず、伸びてる奴らを起こしな。このままにしとく訳には、いかないからねぇ」


 ババアに促されて気を失っていたレイと氷人を叩き起こすと、その後どうなったのかを起きるや否や矢継ぎ早に尋ねられた。なのでオレは「一〇〇対〇で勝った」と伝えると、あからさまに疑惑の視線をぶつけられた。なんて失礼な奴らだ。


 ついでに起こしていたユニコーンにも、せっかくだからとこの事実を伝えると、こちらはすんなりと信じてくれた。こいつは中々、見どころがある。いい奴だ。


 その後、再び魔人連合へ来るようにと勧誘されかけたが、既に気持ちは固まっていたので断りを入れると――


『そういうことでしたら私も戻ります。姫様に報告しなければいけませんので……』


 ――こちらの意見を尊重するように頭を下げ、自分の国へと帰っていた。


 それを皮切りにSPDの連中も、ふらつく足取りで帰還し始め、今日のところはこれでお開きと、レイや氷人も続く形で各々解散していった。


 それらを見送った後、オレとババアも帰路に就く。その際に今日の仕事の成果をババアに報告し、「うちもノーパンデーをしよう!」と提案したところ、今度はしっかりと重めのを何発か頂いたき、本日の仕事はこれにて終了と相成ったのだった。





 食堂街路地裏――


 人気がないこの場所で皇は突然立ち止まると、周囲に人が居ないことを念入りに確認し始める。


「誰も……居ないな……?」


 自分に言い聞かせるように放った言葉は、先程までの堂々とした姿の皇をふらつかせ、糸が切れたように壁へともたれかからせる。


 その直後、苦悶の表情を浮かべ、口元から血を流すと、唐突に何かを吐き出す。


 ――身体の方も本調子で動かないしな――


 自分の吐き出した血塗れの奥歯。それを見つめながら皇は、ダンの言葉を思い返す。


「いってえ……これで本調子じゃないだと……? ふざけた力してやがる……」


 皇は壁からずり落ちるように地面へと腰を下ろす。しかし、不可思議にも口角は反するように上がっていく……


「やっぱ流石だよ……


 まるで期待通りといった満足気な笑みを零しながら。

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