第74話 不死身の番犬VS偽皇帝(終戦)
「人間……じゃない……?」
皇の告げた言葉にダンは冷や汗を滲ませるも、既に圧し掛かる重圧によって零れ続ける汗が、動揺で生み出された汗を随時上書きしていく。
「そう……それが小僧の知りたかったことだ」
淡々と告げる皇は再び腕を組み、皇帝らしく堂々たる構えを取る。
「じゃあ……オレは……何者なんだよ……?」
「さあな。そこまでは俺も知らん。ただ、人間でないことは確かだ」
(人間じゃねえ……か。まあ……薄々……覚悟はしていた。魔帝と似ている言われた……あの日から。そうなると……やはり……)
重圧と『人間ではない』という事実に、ダンは両膝に手をつきながら、俯きざまな顔を押し上げる。
「オレは……魔人なのか……?」
「いや、それは違う。少しは魔のオーラが混じっていそうだが……かといってハーフでもない。小僧からは人間のオーラそのものが感じられないからな」
(となると……魔帝の息子って線は……ないか。ちょっと期待……してたんだがな……)
ダンは意外と自分に余裕があると認識し、止めていた足を再び皇へと動かし始める。
「ほう……まだ動けるのか。今の話で堕ちると思ったんだがな」
「あたりめえだ……まだ喧嘩は……始まってねえだから……」
一歩……また一歩と、着実に皇へと距離を詰めていくダン。近づけば近づくほど、その重圧は強くなり、顔を背けたくなる。踏み締める足取りは重く、皇への距離が何十倍にも感じ、今にも跪きたくなる想いが、沸々と湧き上がってくる。だが――
「よくここまで来れたな。俺のオーラを浴びて尚、立ち塞がれる奴は、そうはいないぞ?」
――漸く皇の眼前に立ち、射程圏内に捉える。
「へっ……そうか……? 案外……楽勝だったぜ……?」
しかし、ダンの面持ちは、それとは相反して苦渋に満ちている。
「そうか、物足りなかったか。ならこっちも……本気で応えてやらないとな?」
「――なっ⁈」
――――――――――――――――――――――――‼
ダンが疑問を投げかけるよりも先に、先程の怒涛のオーラとは一転する、音も感じない静けさが辺りを漂う。皇から黄金のオーラが解き放たれ、美しく輝く光のうねりが宙に描かれていく。
重圧とは程遠いそのオーラは、他者の意思など関係なく、自然と跪かせるが如き力だった。
「さあ、負けを認めろ。俺は、それさえ聞ければ満足だ」
皇帝の御業にダンも例外なく跪かせられると、先程の軽口が嘘のように沈黙してしまい、皇はそんな姿に気の抜けたような溜息を漏らす。
(完全なる敗北のオーラだな。心の底から滲み出ているのが見て取れる。まあ、こんなもんだろう。少々、期待しすぎていた感はあるが、これで俺の気も少しは晴れッ――)
バゴオオオオオオオンンンッッ‼‼‼
(――なっ……何ッ……⁈)
皇は地の底から這い上がる拳によって宙を舞っていた。その一撃は綺麗に皇の顎を捉え、視界には青く澄んだ空が広がる。そんな景色を暫く見ながら、皇は漸く理解した……自分が殴られたことに。
だが、決して見切れなかったというわけではない。ほんの少しだけ気が抜けて……『油断』があっただけ。しかし、その『油断』を卑怯な男は見逃さなかった。
皇は殴られた衝撃で後方へ飛ばされると、そのノックバックに耐えつつ眼前の曲者――ダン・カーディナレに全神経を集中させる。
「油断してんじゃねえよ、偽皇帝。そうじゃねえと下っ端に寝首掻かれちまうぞ?」
皇は前傾姿勢のまま手の甲で口元を拭い、「何故、動ける?」と当然の疑問を呈す。
「簡単な話さ。アンタ、さっき言ってただろ? 『皇帝のオーラ』で誰もが跪く……だが、『例外』があると。だからオレはシンプルに考えた。要は皇帝のアンタより格上の存在であれば、その力は効かないはずだろうってな」
皇は体勢を整えつつ、口角に微笑を浮かべる。
「まあ、確かにそうだが……その程度の考えで抜けられるほど、甘くしたつもりはないぞ?」
「いや、アンタは甘いよ。オレに人間じゃないって情報を与えちまったからな。アンタはさっき人間を下等な存在と例えた。つまり逆を言えば……オレは今、アンタより上等な存在ってことになる。おまけに魔帝と同じオーラとのお墨付きだ。だから、オレはそれを念頭に置いて、己の精神をコントロールした」
まだ合点がいかない様子の皇は、視線を斜めに伏せながら首を傾げる。
「だが、小僧からは完全なる敗北のオーラが出ていた。反撃の狼煙さえ感じない程にな。それはどう説明する?」
「それも至って単純明快。何故ならオレは……最初から勝つ気なんてなかったからだ。そもそもアンタのオーラを浴びてから、能力の方がうんともすんとも言わない。身体の方も本調子で動かないしな。それにアンタは元皇帝なんだろ? となると、このオーラの力は恐らく前世のものに違いない。つまり転生した際に得た能力を、隠し持っているということになる。あとはまあ……最近負けることを覚えたってのも加味してもいい。こんだけの要素があれば、オレの勝ち筋はほぼ無い。気持ちよく負けてやれるってなもんよ。だが、このまま何もせずに負けるのも、オレのプライドが許さねえ。だから少し演じさせてもらった……一発喰らわせるためにな」
皇は何度か頷いて見せると――
「俺のオーラを読める力を逆に利用した訳か……大したもんだな、小僧。オーラのコントロールや偽装なんて、一日やそこらでできるもんじゃない。更には隙をついて、この俺に一発喰らわせるとは。もう少し早く気付くべきだったよ……お前は俺の流した噂を卑怯で埋め尽くした男だってことをな」
――先程の黄金に輝くオーラを展開し始める。
「――ッ⁉」
耐えられるからと言って決して効かないという訳ではない。再び皇が放つ膨大なオーラに、ダンの身体は意思に反して、前傾姿勢へと移行していく。
「だが、そこまで言い切ったんだ。もう負ける覚悟はできてるってことだよな? 俺もやられっぱなしじゃ、プライドが許さない。皇帝だからじゃないぞ……男だからだ」
徐々に顔が険しくなる皇は、緩やかにダンへと距離を詰め、その黄金に輝く拳を構える。
(ここまでか……チッ、ババアの言った通りだったぜ。この世界には強い奴がゴロゴロ居やがる。だが、今だけだ……次は必ず――)
噛み締めたように悔しさを滲ませるダンは、尚も諦めぬ意思で皇を睨みつけると――
「そこまでだよッ‼」
――突如、聞きなれた怒声が広場に響き渡った。
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