第73話 不死身の番犬VS偽皇帝(開戦)

「は? 何でアンタと闘わなきゃいけねえんだよ?」


 いきなり皇から宣戦布告を受けたダンは、発せられる異様な雰囲気に思わず身構えてしまう。


「理由は三つ。一つ目は、せっかく出向いてきたのに何もせずに帰るのが癪だから。二つ目は、帝国や魔人連合に我が国の財産を、おいそれと渡す訳にはいかないから。三つめは……まあ、個人的な理由だ」

「何だ、そりゃ? っていうか、ここってアンタの国なのか? 初耳だぜ」

「当たり前だ、俺は皇帝だからな。小僧はこの国の大事な戦力……他国に差し出すなど俺が許さん」


(皇帝っつっても『偽』が付くけどな。まあ、他の連中が認めてるからそうなんだろうけど……っていうか、よくよく考えたら、これも勧誘に聞こえてきたな)


「で、どうする? 闘うなら教えてやるぞ? 知りたいだろ? 自分のこと……」


 考え込むダンをやたらと闘いへ誘おうとする皇。しかし、ダンの気持ちは既に決まっていた。


「闘うだけでいいのか? 他に条件は?」

「ない。どうせ俺には勝てないんだ。強いて言うなら一瞬で堕ちなければそれでいい」

「随分、強気じゃねえか? まあ、オレもそっちの方が手っ取り早い。痛い目見ても知らねえぜ?」


 身体全体から自信が滲み出る皇は、腕を組みながら広場の中央へ足を運び、ダンも若干挑発に乗る形で後に続いて行く。


「他の奴らは下がってろ。闘いの邪魔だ」


 その言動と態度はまさに皇帝の如し。気圧された周囲の連中は、そそくさと外周に避け始める。


「相手は皇帝……旦那は大丈夫でしょうか……?」

「いくらダンとは言え、皇相手ではな……」


 心配げに見つめるレイと気が気でない様子のカタリベに対し――


「皇帝が此処まで血を高ぶらせるとは……何かあったのか……?」

『まあ、あの方なら問題ないでしょう。何せ、ボスと同じオーラを持っているんですから』


 ――皇の異様な臭気に疑問を抱く氷人とダンを信じて疑わないユニコーン。


 更に周囲を取り巻く他の者たちは、間近で見られるダンと皇の闘いを、息を吞みつつその行く末を見守る。


「ふぅ……ようやくだな。さあ、掛かってこい……小僧ォッ‼」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――


《第六十一代転生者 兼 通称 不死身の番犬 ダン・カーディナレ》


               VS


《第二十一代転生者 兼 賞金首俗称 偽皇帝 皇辺獄》


 ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼


 荒々しく響き渡る声と共に皇から放たれたオーラは、SPDから派遣されてきた者たちを無理やり跪かせる。それはまるで頭の天辺を掴んで押さえつけられてるような感覚で、カタリベ以外のダンたちは何とか耐えつつも若干体勢が崩れ始める。


「ぐッ……⁈ 身体がっ……重いッ……⁈ これがっ……アンタの力かッ……⁈」

「『皇帝のオーラ』だ。俺の前では誰もが跪く……まあ、もあるがな」


 皇の視線の先にはカタリベが涼し気に佇んでおり、その態度から察するにオーラには全く屈しておらず、むしろ偉そうに踏ん反り返っているようにも見えた。


(例外っ……か……)


 ダンは押し付ける重圧を跳ね除け、少しずつ身体を押し上げていく。


「フッ、それでいい。今のは、ほんの挨拶代わり……次からが本番だ。行くぞ……?」


 皇が言葉を終えた直後――


 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼‼‼


 ――と、先程よりも数段強力なオーラが、皇の身体から怒涛の如く放たれる。


「「「「――ッ⁈」」」」


 最早そのオーラは耳元で暴風が吹き荒ぶかのような音として認識できるレベルで、SPDから派遣された者たちは耐え切れずに次から次へと意識を失っていく。


「――ッぐ⁈ なんて……オーラだ……ッ⁉」

「――ッゔ⁈ まさか……ここまでとは……ッ⁉」


 ダンと氷人は前傾姿勢になりつつも何とか耐え忍ぶが――


「――ッう⁈ もう……駄目……意識……が……――」

『――ッく⁈ これがっ……皇帝……姫様も……手こずる訳です……――』


 ――レイとユニコーンは蹲るように地に伏せ、圧し掛かるオーラに限界を感じて沈黙する。


「……大丈夫かっ……⁈ レイよ……⁈」


 隣で堕ちてしまったレイを気遣い、氷人が体勢を低くすると――


「――ッ⁈」


 ――油断したのか一気に跪いてしまい、思わずその手を床についてしまう。


(くそっ……目を潰して感覚を研ぎ澄ましたのが……裏目に出たか……⁈ いや……それとも……小生が自ら望んだとでもいうのか……⁈ このオーラから逃れたいが為に……⁈ ぐッ……ありえん……! だが……意識が……)


「大丈夫かい?」


 朦朧とする意識の中、隣から声を掛けられ、氷人は見えぬ目で顔を上げる。


「何者……だ……?」

「僕かい? 僕の名前は田所哲治。通りすがりのサラリーマンさ!」

「なん……だ……それ……?」


 流石の氷人も限界を迎えたのか、幾ばくかの疑問を抱きつつ、緩やかに堕ちていった。


「あらら、堕ちちゃったか。相変わらず凄いオーラだね~、皇君は」

「田所か。何しに来た?」


 後ろ手を組む田所は柔和な笑みのままカタリベの横に並ぶ。


「聞かなくても分かるくせに……君も相変わらずだね~」

「お前は……随分、変わったな。昔の面影が微塵もない」


 田所は言葉を返さず、ただ乾いた笑いを浮かべ、両者の間には暫し沈黙が訪れる。


「前任の女神……ミゼレーレにでも頼まれたか?」

「うん。『彼らは恩人だから、何かあれば助力してやってほしい』って。まあ、本音を言えば彼らを勧誘したいんだろうけど、彼女は気遣い屋さんだから……申し訳なくて言えないんだと思う。だから僕としても、他国に行かれるのは、ちょっと困るんだよね」


 今まで視線を合わせずにいたカタリベは、優しく見守っている田所を横目に見る。


(帝国や魔人連合に偽皇帝、そして女神……各国の連中が、ダンを欲しがっている。さて……お前はどうするんだ、ダン? 私には……お前の行く末が見通せない)


「お? 動いたみたいだよ」


 目を見開く田所に釣られ、カタリベは渦中のダンへと視線を移す。


「ぐッ……! このっ……程度ッ……‼」


 ダンの額からは尋常じゃない程の汗が滴り落ち、重圧によって今にも陥落しそうな体に鞭打つと、歯を食い縛りながら皇へと徐々に詰め寄っていく。


 しかし、一歩ずつ踏み締めていく度にその足場は陥没していき、まるでこの空間だけ何倍もの重力がかかっているかのようだった。


「やるじゃないか、小僧。大抵の奴はこれで堕ちるんだがな」

「へッ……余裕すぎて……欠伸が出るぜ……!」


 平静を装うダンに皇は、満悦な表情で拍手を送る。


「素晴らしい。ここまで耐えた褒美だ。教えてやるよ……小僧のこと」


 今回もはぐらかされると思っていたダンは、不可解な素直さにその場に押留まってしまう。


「知ってるか、小僧。魔人や魔物ってのはオーラを読み取り、敵との力量差を推し量れる力があってな。つまり闘う前からある程度、勝敗が分かってしまうんだよ。だが魔物とは本来、プライドの高い生き物。下等な人間に対して退くようなことは絶対にしない。それが例え自分よりも強者で……魔帝と同じオーラを持っていたとしてもだ」


 要領を得ない話に困惑するダンを余所に、皇は地に伏せるユニコーンへと視線を移す。


「あそこで伸びてる幻獣ユニコーンが、お前に対して敵意を見せないでいる……もうその時点で確定したも同じだ。要するに、お前は――」


 皇は一拍置くと、不敵な笑みで――


じゃないんだよ」


 ――ダンの正体を告げた。

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