第72話 己が謎

「……え?」


 随分と素っ頓狂な声を出してしまった。まあ、無理もない……普通の人違いならまだしも、よりにもよって魔帝と間違えられてしまっては、流石のオレも見事なキョトン顔になるってなもんだ。さて……どうしてこうなった?


『ボス……随分と表情豊かになられましたね。人間としての生活が、そのようにさせたのでしょうか? オーラも落ち着いていますし、お蔭で探すのに苦労しました』


 勝手に勘違いしたまま話を進めるユニコーン……その所為で周囲の者たちが顔を見合わせ――


「ねえ……魔帝って、どういうこと……?」

「あれって確か、不死身の番犬だよな……?」

「そういえば前に魔帝を退けたって……」

「そもそもの話、魔帝を退けるなんて無理よ。でも自分自身なら、それが可能……」

「つっても卑怯な男って噂もあるしな……」


 ――口々に今までの噂を語っては徐々にザワつき始める。


「旦那……これは一体……?」

「………………」


 横に居るレイは声色に乱れる心情を映し出し、氷人は対称的に無言のまま冷静さを保っていた。


 まあ、思い当たる節がない訳じゃない。何故かオレは魔帝と似たようなオーラを持ち合わせてる。だからって魔帝と間違えられては、こっちとしても堪ったもんじゃない。それに以前、魔帝が実際に降臨したのを、この目でハッキリと見た。そして体感したはずだ。あの絶対的なオーラを……だが、否定しきれないのも事実。何故ならオレは……自分のことを何も知らないのだから。


『どうかなさいましたか? 先程からオーラが乱れていますよ?』


 言い返せずに口籠っていたオレは、ユニコーンからの視線に耐え切れず、避けるようにカタリベの方へ視線を移す。


「安心しろ……お前はお前だ。魔帝なんかじゃない。それに魔帝相手に国宝人の勧誘をするわけがないだろう? 冷静に考えれば分かるはずだ」


 その言葉にオレだけでなく、噂話をしていた周囲の者たちや、レイも安堵の表情を浮かべる。


「そ、そうだぞ馬っころ。オレを魔帝と間違えるなんてお前……人違いも甚だしいわ!」

『え? ですが、このオーラは確かにボスの物のはず……』

「違う違う! そもそもオレ、魔人じゃねえし! そんくらい見たら分かんだろ?」


 ユニコーンは無言のまま、怪訝な眼差しを此方に向ける。


「っつー訳で、オレはお前の探し人なんかじゃねえ。オレはただ、魔物にリベンジしに来ただけなんだからな!」

『……リベンジとは、どういう意味でしょう?』

「オレはお前んところの魔物に一回、ブチ殺されたことあるんだよ。だから、そのリベンジさ」


 まるで否定するかのように首を横に振るユニコーン。その表情は幾分か笑っているようにも見えた。


『ありえませんね。貴方を前にして戦う選択を取る魔物など居りません。ただでさえ眼前に立つと震えが止まらないというのに……』


 そう語るユニコーンの脚は、疑いようもない程に、カタカタと小刻みに揺れていた。


 そういえば最初に出会った魔物も、武者震いとか言って震えていたような……? 実はあの時のは武者震いじゃなく、魔帝と似たようなオーラだから、ビビってたってことか? だが、そうなると一つ疑問が生じる。


「でもオレは実際にブチ殺されてんだぞ? こう……首をスパッとな」

『となると、亡くなる前と亡くなった後で、があったということになりますね。全知のカタリベならば、それが分かるのでは?』


 やはり魔帝の宿敵だからだろうか……カタリベに対して向ける視線は若干鋭く、声色も幾分か低くなっているように感じた。


「……さあな」


 こいつは何でオレのこととなると何にも分からんのだ? 相変わらず意味深にはぐらかしやがる。それとも本当に何も知らんだけなのか? もしくは何かを隠してるとか……?


「あ! そういえば氷人よぉ? お前、オレの血がじゃねえとか言ってたよな? お前、何か知ってんじゃ……」


 先程から黙りこくる氷人は、先生にあてられた生徒の如く、バツが悪そうな面持ちに変わる。


「ダンよ……貴公は今、小生の友人だ。昨日は口走りそうになったが、今は何というか……とても言い辛い」

「ちょっと~……お前まで、そっち側行かないでくれる? それはもう『何かある』って言ってるのと同じなんだぞ? めっちゃ気になるじゃん……」


 落ち込むオレにユニコーンは寄り添うように距離を詰める。


『やはり貴方の居場所は此処ではありませんね。我らが魔人連合に来られては? 例えボスでなかろうとも、であるのは、間違いないはずですから』

「何でお前まで勧誘してくるんだよ⁈ 余計、こんがらがるわっ! ねえ、レイくぅ~ん? 皆がイジメるんだぁ~……何とかしてよぉ~?」


 先程から話についてこれてない者同士、分かり合えると踏んだオレは、レイの真っ平らな胸に頭を寄せる。


「ちょ、ちょっと~……抱きつかないでくださいよ、旦那~……」


 呆れつつも頭を撫でてくるレイには、まるで抵抗感というものを感じず、それどころか庇うように頭を抱き寄せる。


「皆さん! 旦那はデリケートなお人なんです! 少しは気を使ってもらえませんかね⁉ 可哀想じゃないですか⁉」

「レイ……私たちも悪いとは思うが、君も少し過保護すぎるぞ。甘やかしすぎじゃないか?」


 もはやカタリベの指摘などレイは聞いておらず、頭を一心に撫でるその姿は宛ら聖母のようだった。しかし、こいつ……メッチャいい匂いすんな。頭の感触はゴリゴリするけど。


 そんな甘えん坊プレイの最中、小気味良い革靴の音と共に、周囲の連中がどよめき立つ。


「何やら騒々しいと思ったら、どういう集まりだ……これは?」


 颯爽と登場するは毛皮のロングコートを翻す、顎髭を生やしたダンディズム溢れる男……偽皇帝の皇だった。


「皇……? 何でアンタが此処に?」

「よお、小僧……久しぶりだな。俺は魔物に手こずってるって聞いたから、わざわざ出張ってきたんだが……こりゃ、どういう状況だ?」

「どうもこうもねえって! こいつらがよぉ――」


 オレはレイから離れると今までの経緯を事細かに皇へ説明してやった。特にノーパンへの熱い想いはしかっりと語り、何度か帰ろうとする皇をとっ捕まえては、三十分ほどかけてみっちり叩き込んでやった。


「――と、まあ……そういうことなんだけどよぉ。大体、分かったか?」

「ああ、分かった。お前が馬鹿だということがな。いくらなんでも説明が下手糞すぎるぞ。ノーパンの話も全部要らんし……相変わらずな奴だ」


 溜息交じりに呆れる皇は、随分疲れ切った面持ちだ。


「つまり要約すると国宝人と魔人連合から勧誘され、己の正体を意味深にはぐらかされて憤慨してると……そういうことか?」

「まあ、端的に言うとそうだな」

「十秒足らずで終わったぞ……まあ、いい。なら教えてやろうか?」


 その皇の一言によってカタリベは、切れ長の目をより鋭くして、「皇……!」と低い声色と共に睨みつける。


「いいじゃねえか。どうせ何れ分かることだ。早いか遅いかの違い……それにこの程度で崩れるようなやわな男じゃない。少しは信用してやれよ?」


 カタリベも少しは思うところがあったのか、皇の言葉に苦い顔で押し黙るしかなかった。


「皇よぉ……その口ぶりじゃあ、アンタも何か知ってんのか?」

「詳しくは知らんが確実に一つだけ言えることがある。それを教えてやってもいいが……条件がある」

「条件?」


 皇は「ああ……」と頷いて見せると――


「この俺と……闘え!」


 ――顔に喜びを漲らせながら宣戦布告をしてきた。

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