第71話 我らがボス
警報と共にアナウンスが発せられるや否や――
「おいおい、何だよ。人が気持ちよく飲んでんのに……」
「食堂街北西部ってーと、この近くじゃねえか?」
「かぁー! めんどくせー! 俺らも避難対象かよ⁉」
――宿屋内には口々に愚痴が飛び交っていた。
そんな騒然とする客たちに対し、オレとカタリベは尚も冷静に、お互いの視線を外さずにいた。
「で、どうする? 国宝人になるのか? それとも、ならないのか?」
沈黙を破るかのように開口するカタリベと――
「いや、カタリベ様……今、それどころじゃなくないですか? パターンIでプランCだと魔物が侵入してることになるんですが……」
――今度は間を置かずにツッコミを浴びせるレイ。
しかし、カタリベはそんなことなど気にも留めず、熟考するオレに更なる揺らぎを与える為か、「ダン……アレを見てみろ」と奥の席を指差す。
振り返ると小太りの男が頭を抱えながら座っており、その姿は目元以外を黒いレインコートで包み込むという、まるで自分の正体を隠しているかの如き出で立ちだった。
「このフォーメーションなら間違いないはずなのに……どうして僕の計算が狂うッ⁉ 今回はあの子がノーパンじゃないのかッ⁈」
その男はああでもないこうでもないと、電子ボード片手に小言を口にしていた。
「お前も、あの男のようになるぞ? 常連の客でさえ、あの有り様……まさにノーパンの真相は神のみぞ知る。知りたければ受け入れるしかないが?」
「そう……だよな……よし、分かった。じゃあ、なるわ」
一瞬の沈黙の後……
「え? 本当になるのか? 国宝人だぞ、国宝人? 国家と同盟を結ぶんだぞ? ちゃんと考えたのか、お前?」
カタリベが若干心配げに問いかけるので、オレはもう一度腕を組みながらよく考える。
「うん、考えた。なる」
「ちょっ、旦那……嘘ですよね? ツッコんでほしいだけですよね? はーい、私がツッコみましたよー。だから、そんな冗談はやめて――」
「いや、なるぞ。国宝人に」
そんなオレの真っ直ぐな回答にレイは大噴火の前兆の如く沈黙し、頬をピクピク引きつらせると徐々にその面持ちを憤怒に染める。
「はぁ⁈ 意味わかって言ってます⁈ 国家戦力になるんですよ⁈ ノーパンごときで同盟結ぶなんてっ……正気ですかッ⁈」
「ノーパンごときとは失礼な。国宝人とノーパンは最早、切っても切り離せない、密接な関係にあるんだ。軽はずみな言動は慎みたまえ」
「何ですか、その口調は⁈ もう国宝人気分ですか⁈ そして、そんな下らない理由なら、すぐに切り離さんかいッ‼」
ツッコミのヒートアップが止まらないレイに対し、周囲の客たちも呼応するように盛り上がりを見せる。ほんとノリいいな、こいつら。
「まあ、そう目くじら立てるな。理由は、それだけじゃない。オレの推測通りなら国宝人になれば、ミサちゃんみたいなエロい秘書がつく。そうだろ……カタリベ?」
「おいッ‼ 何で下らない理由、もう一個被せた⁈ ちゃんと頭使って話してます⁈」
カタリベは「うむ」と頷いて見せると……
「ミサほどエロいかどうかは分からんが、それなりの秘書がつくことは間違いない」
「カタリベ様、ミサはそこまでエロくありません。訂正することを進言します」
何食わぬ顔のミサと共にレイのツッコミをスルーする構えを取り――
「ねえ⁈ 聞いてる、人の話っ⁉ 結局、私がツッコんでも変わんないじゃん‼ あんたらっ‼」
「あの……エロさなら小生も、いい線いってると思うが……」
――氷人も恥ずかし気に手を挙げながら介入してくる。
「あんたは無理やり会話に参加すんな‼ 何なの⁈ 寂しがり屋なの⁈ もういい加減にして‼」
堪忍袋の緒が切れたであろうレイは机をバンッと叩き、燃え盛る怒りをその身に宿すかの如き形相で立ち上がる。
「いい大人たちがいつまでノーパン談議に花を咲かせてるんですか⁉ もう魔物がそこまで来てるんですよ⁈ このまま呑気に胡坐をかいていたら、助けられる命も助けられなくなります‼ だからこそ、力を持っている私たちのような者が、街を守る為に戦うべきじゃないんですか⁉」
レイの説教は先程まで悪ノリしていた客たちを一斉に静まらせ、そのピリついた雰囲気にさすがの男たちもバツが悪そうに俯き出す。
すると真っ直ぐな想いが通じたのか、漸く一人のジジイが重い腰を上げる。
「しょうがねえ……今日は帰るか。ま、オレがいたら魔物なんて一捻りだろうけどな」
「また言ってるよコイツぁ……おめえは若ぇ頃から、ただの飲んだくれだろうがぁ⁉」
「違ぇねえ! 違ぇねえ!」
スーさん、ゲンさん、トクさん、ジジイ三人衆が席を立って出て行くと、一人……また一人と男たちが続き、宿屋内は一気にもぬけの殻となった。
「よくやったな、レイ。ちゃんと助けられたじゃねえか」
見上げながら微笑んだオレの反応にレイは、「……え?」と虚を衝かれたように固まる。
「あいつら梃子でも動かなそうだったからな。お前のおかげで、やっとこさ帰ってった」
「まさか……その為に私を焚き付けたんですか? 彼らを避難させるために……」
「まあ、オレらはバカやっちまったからな。この宿屋で咎められる奴は、お前しかいなかったのさ」
怒りが一気に沈静化したレイは、苦笑に似た表情を浮かばせる。
「じゃあ、さっきまでのノーパンの話は……全てフェイク?」
「え? あ、う~ん……ま、う~ん……そうかな~……うん」
「いや、そこは本気だったんかい」
レイの突き刺すような見下す視線を回避する為、オレは引きつった笑みで目線を合わせずに立ち上がる。
「まあ、アレだ……結果的にいい感じになったんだから問題ねえだろ? それよりも今は魔物の件が先だ。ちゃちゃっと行こうぜ?」
「そうですね。今はそういうことにしておきましょう……今はね?」
厳しめな視線を浴びていると、氷人もゆるりと立ち上がる。
「小生も同行しよう。魔物とは未だ出会ったことがないのでな」
「へっ、勝手にしろ。で? アンタはどうするんだ、カタリベ?」
カタリベはオレを見上げつつ数瞬考えたのち――
「私も行こう。まだ話は終わっていないからな。ミサ、君は帰りなさい。ここから先は危険だろうからね」
――隣へ視線を移すと、ミサは「承知しました」と素直に頷いて見せる。
「よし、決まりだな。じゃあ、行くとしますか……魔物にリベンジしによぉ?」
「フッ、魔物との死合いか……血沸き肉躍るな」
「じゃあ、行きますよ? お二人とも――」
意気込むオレと氷人の肩にレイが触れると首飾りが怪光し、件の魔物が侵入したであろう食堂街北西部へと一瞬で移動させた。
◆
普段は人で賑わう食堂街も今や緊急警報によってか閑散としており、それどころか戦闘音や人の声すらない異様な静けさが辺りを支配していた。
そんな場所へ瞬間移動で飛ばされてきたオレたちが円状の広場に到着すると、SPDから派遣されてきたであろう三十名ほどの者たちが既に膝をついてた。
しかし、不可思議にもその姿は……
「何かどいつもこいつも怪我とかしてなさそうだな……どうなってんだ?」
「恐らく戦闘の意思を浄化させ、戦わずして無力化したんだろう。あの生物がな……」
そんなオレの疑問に自力で瞬間移動してきたカタリベが解説を入れ、膝をつく者たちが囲む広場の中央へと顎を使って指し示す。
そこには全身真っ黒の体躯で真っ白な切れ長の瞳をした……馬が居た。居たのだが……何より目を引くのが、その頭についている一角。長く鋭くそびえ立つ螺旋状の角は宛らユニコーンの様であり、普通の馬より一回りほど大きい身体が妙な威圧感を放っていた。
するとユニコーンは此方に気付き、緩やかに近寄ってくる……しかし、その瞳は何処か潤んでいるようにも見え――
『漸く見つけました……我らがボス。さあ帰りましょう、我が国に……姫様もお待ちです』
――随分と可愛らしい声と共に深々と頭を下げた。
「え? 何だよ、いきなり……っていうか、ボスって何?」
頭を上げつつ小首を傾げたユニコーンは若干困惑しつつ――
『御冗談を……貴方様は我らアッソルート魔人連合が誇る絶対的存在――魔帝ラスト・ボス様じゃないですか?』
――さらっと重大発言をブチかましやがった。
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