第70話 NO PANTY DAY

 旦那は両手を口の前で組みながら、精一杯知的な態度を装いつつ、カタリベ様の次の言葉を待っていた。今更、遅いと思うけど……


「『NO PANTY DAYノーパンデー』とはその名の通り、この宿屋内のウェイトレスがノーパンになるということ。しかし、それはあくまでも一人であり、日によってランダムに選出される。それが誰なのかは知る由もない。だからこそ、男たちはノーパンを求め、日夜この宿屋へと集うのさ。『ノーパン姿を拝めた者は未来永劫、子々孫々に至るまで幸せになれる』。そんな言い伝えを信じて……」


 想像以上にくだらない理由だった。っていうか、あれだな……私の中ではカタリベ様って、清廉潔白なイメージだったんだけど、普通にノーパンとか言うんだなぁ。やっぱりカタリベ様も男の人なんですね?


 私がジト目で睨みつけるも、カタリベ様は視線を合わさない。しかし、若干顔は引きつらせていた。


 すると旦那は知的な態度を崩さず、何時ぞや見せた推理力を発揮し始める。才能の無駄遣いだ……


「なるほどな。この宿屋は風俗街において唯一、いやらしいことができない場所。それ故に値段もリーズナブルだが、ウェイトレスの子たちはどれも粒揃い。だからといって、それだけでやっていける程、この風俗業界は甘くない」


 いや、あんたが風俗業界の何を知ってんだよ。


「だからこそノーパンが必要だった。だが、言ってしまえばノーパンなんて、いやらしさの象徴とも言える行為。正直、興奮する。しかし見えなければいやらしくないという、相反する作用を持ち合わせているのもまた事実。どっちにしろ、興奮する」


 この人は真顔で何を冷静に分析してんの? っていうか、興奮しすぎでしょ。


「『いやらしいか、いやらしくないか』……その絶妙なラインを攻める。そんな戦略があったからこそ、この宿屋は長きに渡って愛され、今なお男たちを虜にしている。スペランツァとは実に理に適った、聡明な宿屋だと……あんたはそう言いたいわけだな?」


 いや、絶対そんな深い理由ないって。『ん~、取りあえずノーパンにしてみよう!』とか、そんな感じの思い付きでやっただけでしょ。


「……そうだ」


 そうなんかい。カタリベ様……もしかして引き返せないからって悪ノリしてません? なーんか少し幻滅しちゃったなぁ。やっぱりカタリベ様も変態なんですね?


 尚もジト目で私が睨め付けるも、カタリベ様は一切視線を合わさない。しかし、若干落ち込んでいるようにも見えた。


 すると旦那は知的な態度を崩さず、目を伏せながら物思いに耽る。


「確かに大した情報だ。だが、問題はそこじゃあない。この後に待ち構えているであろう最重要案件……それが争点になるはず。それはつまり――誰がノーパンなのかということだ! このままカタリベが話してくれるだろうか? 否! 意味深のスペシャリストが、この機を逃す訳がない。必ずはぐらかしてくるはずだ。何か策を講じねば……」


 旦那……全部、声に出ちゃってる。それ普通、心の中で考えることでしょ。カタリベ様に心を読まれないっていう、よく分からないアドバンテージがあるのに、何で自ら全部台無しにしてるんだろう? そして何故、頭脳戦っぽくしてるんだろう? バカで変態の癖に身の丈に合わないことすんな。


「こうなると此方も手持ちのカードを切るしかない。元来、男を惑わすのは女の役目……だとするならば、ここはひとつ、レイを差し出してみるか? いや、レイの性別は未だ判明していない。この状態で差し出すのはリスクが高すぎる。それに上手くいったとしても、絶望的におっぱいが足りない。カタリベを魅了できるかどうか……」


 ほんと死ねば、この人。失礼にも程があるでしょ。何なの? 女性をおっぱいでしか表現できない呪いにでもかかってるの? いい加減、他のアプローチの仕方、学びなさいよ。


「となると、氷人を差し出すか? 確かに氷人の圧倒的おっぱいなら、レイと違って相当な期待が持てる。魅了も容易いだろう。しかし、氷人とは将来を誓い合った仲……あのおっぱいが何れオレの手中に落ちるのは確定事項だ。それなのに見す見す、差し出すというのか? 否! 触らずして差し出すなど言語道断ッ! 奴のおっぱいに最初に触れるのは、このオレでなくてはならないッ! くそっ! やはり手持ちのカードでは一手足らない……どうする?」


 もう私はツッコまない。だって疲れたもん。今日、ツッコみっぱなしだったし……もう好き勝手にやってればいい。


 あまりの旦那のボケっぷりに私が辟易していると、ミサさんが黒縁メガネを上げながら不敵に微笑みだす。


「あの不埒な男は恐らくカタリベ様を魅了しようと、両隣りの女性を差し出してくるはず……でも、そう上手くはいかない。何故ならミサという最高のパートナーがいるんですもの。フフッ……あなたがどれだけ作戦を練ろうと、カタリベ様を惑わすことなんてできやしない。いい加減、諦めることね……哀れな坊や」


 いや、好き勝手やれとは思ったけど、何でこの人まで口に出してんの? ノリ良すぎるでしょ。


 鋭角から差し込むミサさんのボケに対し、カタリベ様は腕を組みつつ真剣な眼差しを見せる。


「さて、ダンが取るべき選択肢は二つ……惨めに逃げ帰るか、国宝人を受け入れるか。もはや手持ちのカードでは、私と交渉できないことなど、お前だって分かっているはずだ。終わりなんだよ、ダン……私が『NO PANTY DAYノーパンデー』を口にした時点で、この勝負は既に決していたのさ。さあ、我が軍門に降れ」


 カタリベ様まで乗っちゃってるし……何なの、このアホみたいな空間? 何で急に皆、IQ下がってんだよ。


 氷人さんは幾分か頬を染めながらソワソワすると、口の前で握り拳を作りつつこほんと咳払いをする。


「ええっと……小生の魅力的な乳房で……こほん。できる限り、その……魅了していく感じで……こほん。つまり小生の取るべき選択肢が、ええっと……」

「いや、特に無いなら参加しなくていいからッ‼ それに恥ずかしがるくらいなら、最初っからやらなきゃいいでしょッ⁉ っていうか、何⁈ 何で皆、示し合わせたかの如く、ボケ倒してるの⁈ もういい加減、疲れたわッ‼」


 ツッコむまいと思っていた私の堅牢な口は、度重なるボケの濁流に決壊を余儀なくされ、そんな姿に旦那は不満気に此方を見てくる。


「お? やっとツッコんだか、レイ。でもお前、ちょっと引っ張りすぎだぞ? お前が止めないと話が先に進まないんだし、ある程度のところでツッコまないとダメじゃないか。次からはそこんところ、もう少し気を付けろよな?」

「何で私がダメ出しされなきゃいけないの⁈ ほんとムカつくんですけど、この人ッ⁉」


 見かねたカタリベ様は止めるように、テーブルをコンコンと叩く。


「そんなことよりダン。結局お前、どうするんだ? ノーパンの真相を知りたいなら国宝人になるしかないぞ?」


 『そんなことより』って言ったよ、この人……私の中のカタリベ様への好感度が急激に下落していくのを感じる。


「う~ん……どうすっかな~……」


 旦那が腕を組みながら難色を示していると、突如――ヴウウウウウウッッ‼ とサイレンが街中に響き渡る。


〈緊急警報発令! 緊急警報発令! パターンIを食堂街北西部で確認。付近のSPD所属者は直ちに現場に急行してください! それ以外の人民はプランCに従い、直ちに避難してください! 繰り返します! パターンIを食堂街北西部で確認。SPD所属者は直ちに現場に急行してください! それ以外の人民はプランCに従い、直ちに避難してください!〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る