第61話 卑怯な男VS妖の旅鴉(血戦)

 昼下がりの衣料品問屋街。真っ直ぐ横に伸びた一本道の街道には、所狭しと建物が並び立っており、食堂街より人通りが少なくなったとはいえ、此処もまた活気溢れる場所として、人の往来がそれなりにある状態だった。


 しかし、そんなことなど気にも留めない氷人は――


 キシイイイイイイイインッッ‼‼‼


 ――と、耳を劈くような金切り音と共に右足をくうへと蹴り上げ、肉眼では捉えきれない程の血の刃を人込みを縫うようにダンへと飛ばす。


 それをすんでの所で避けると先程まで滞在していた服屋の壁や窓ガラスが斬り刻まれ、そのけたたましい破裂音によって周囲に居る者たちは悲鳴を上げながら一斉に逃げ惑う。


「おい、テメエッ‼ 周りの奴ら巻き込んでんじゃねえッ‼」

「心配するな。他の者たちに興味はない。今の標的はダン……貴公だけなんだから」


 慌てるダンに対し、毅然とした態度の氷人。それを手を出すまいと見守るレイ。辺りは一気に静寂に包まれ、二人の視線が殺気で繋がり、緊迫した時間が訪れる。


 暫くするとダンが「おい、レイ。ちょっと銃貸せ」と視線を外さずに手を差し出し、レイはいきなりの提案に「……え?」と思わず聞き返してしまう。


「いいから、貸せ」

「わ、わかりました……」


 いつもとは違う真面目な横顔に、レイはホルスターに入れていた銃を、ダンに向かって素直に投げ渡す。ダンはそれを受け取った瞬間、容赦なく引き金を引き、間髪入れずに発砲していく。


「フッ、無駄だ……」


 しかし、氷人は地面を振動させつつ、残像が残る程の高速移動で、六発の弾丸を全て避けきった。


(さすがは元、妖刀……銃弾程度は見切れるってわけかい)


 氷人の動きを見て理解したダンは、持っていた銃をレイへと投げ返す。


「え? もういいんですか?」

「ああ。今ので大体、分かった」


 その言葉を聞いた氷人は、真っ赤な瞳を見開き、快然たる笑みを見せる。


「ほう……聞かせてもらえるかな?」

「分かったのはテメエが銃弾を避けた時、足全体が振動していたということ。恐らくその振動を利用して、あれだけの高速移動を可能にしたんだろう。そして今までの攻撃も同様に、蓄積した血の刃を振動させ、まるで鎌鼬のように飛ばした……いわゆる高周波振動の原理ってやつだ。だが、それによって絶大な切れ味を獲得し、尚且つ見切る目も持っていた筈のテメエが、何故わざわざ銃弾を避けなければならなかったのか? それはテメエがやってた技が例えると、居合切りのようなものだったからだ。居合切りってのは納刀しないと次の抜刀が許されない。つまり、振動させきるのに幾分か時間が必要で連続使用ができない。故に避けるしかなかった……違うか?」


 クールな面持ちとは裏腹に「ハッハハハハッ‼」と、氷人は盛大な高笑いを披露する。


「ご名答。よく見ているな……、正解だ」

「半分……? どういう意味だ?」

「それを知ることができるかは……今後の貴公次第だッ‼」


 言葉が終わるよりも先に氷人は左足で血の刃を放ち、ダンはそれを左前方に飛び避けながら側方受け身をとり、前後真っ直ぐ伸びた街道に二人は向かい合う。


「どうした? 避けているだけでは勝てないぞ?」

「いや、そうでもねえ。テメエはさっき蓄積した血を操ると言ってた。ってことは、その血が無くなれば今までの技は使えないということ。無駄打ちさせてりゃあ、いずれオレの勝ちへと繋がるさ」


 ダンの策略など意に介さないかのように氷人は鼻で笑う。


「長期戦に持ち込む気か? だが、それはやめておいたほうがいい。小生は妖刀時代、数多くの者に使用されてきたが、一人以外は全て血の糧としてきた。何故なら……我が力についてこられなかったからだ。そして、たった一人のだけが小生を使いこなし、一騎当千の如く数多の人間を斬ってきた。当然、それらの血も小生の身体には蓄積されている。果たして……それらを全て削り切れるかな?」


(くっ……恐らく嘘は言ってねえ。さっきからオレの問いに隠すどころか、自分からペチャクチャ喋ってやがるし、何より小細工する必要なんてない程に奴は強い。それにさっき言ってた『半分』という口ぶり……つまり、まだ本気じゃねえってことだ。だとすると長期戦は無意味だし、遠距離戦も無駄……なら――)


 ダンは数瞬の思考を済ませると、氷人の高速移動と違わぬ速さで、一気に距離を詰め始める。


(――近距離戦しかねえッ!)


 その身体能力の高さから繰り出されるスピードは、辺りに土煙を起こしながら真っ直ぐ標的へと突き進む。


(凄い……! 旦那も速さなら負けてない! それにさっきの読み通りなら相手は今、両足の高周波振動による血の刃を、使い切ってしまったはず。今なら……!)


 レイが見守る中、ダンの右拳が放たれると氷人は左足でそれを弾く。間髪入れずに氷人が右足で迎撃すると、ダンは下を潜るようにスライディングし、そのままの態勢で回転しながら足払いを繰り出す――が、氷人は一本足で宙を舞って再び右足で迎撃すると、避けきれないと判断したダンは左腕でその一撃を受け止める。


 しかし、その圧し掛かるような蹴撃の威力は、まるで貫通するように立膝をついていたダンの地面を陥没させ――


(ぐッ……⁈ 何つー蹴りの重さだッ⁉ マジで強すぎんだろ、コイツっ⁉)


 ――強烈な耳鳴りと共に衝撃を身体中へと駆け巡らさせる。


「うむ、いい動きだ。戦いはこうでなくてはな……しかし、それもここまで。右足の振動はもう……完了している」

「何ッ⁉」


 ――キシイイイイイイイインッッ‼‼‼


 氷人は振動によって真っ赤に染めた右足を、再び耳を劈くような金切り音と共に振り抜き――


「ぐああああッッ⁉」


 ――ダンの左腕を斬り落とした。


「旦那っ⁉」


 先程から防戦一方のダンに、駆け寄りたくなる気持ちを押え、心配げに呼びかけるレイ。


「いっでええええッ……!」


 血が溢れ出る切り口を押さえながら、斬り落とされた左腕に覆い被さり、激しい痛みに顔を歪めつつ蹲るダン。


「うむ……我ながら、いい斬りっぷりだ」


 そして、瞳を閉じながら一人、宙を見上げて悦に浸る氷人。


 まるで歯が立たないダンと、勝利に酔いしれる氷人。勝敗は決したかに見えたが……


 ――ピッ……――ピッ……


「……何の音だ……?」


 急に電子音のようなものが聞こえ、異様に感じた氷人が視線を巡らせると――


(旦那のあの動き……これは……!)


 ――視界の端でダンの策を理解したレイが、瞬間移動で近くの屋根へと退避した姿が目に入る。


 瞬時に危険を察知した氷人は、規則的な音のする方へ視線を落とす。


 すると蹲っていたダンの口角が卑劣に突き上がり、次の瞬間――その強靭な脚力で一気に飛び退いて見せると……音の正体が判明する。


「これはっ――爆弾ッ⁈」


 考えるよりも先に高速移動で飛び退いた直後、爆弾のカウントがゼロを表示し――バゴオオオオオオンンッッ‼‼‼ と辺り一面に轟然たる地響きが引き起こされる。


 周囲一帯を巻き込む程の爆風は紙一重で避けた氷人に対し、意趣返しかの如き耳鳴りを喰らわせ、別たれた二人の間には視界を奪う程の大きな黒煙が立ち上った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る