第60話 卑怯な男VS妖の旅鴉(開戦)

「うぅ……怖かったぁ。手汗も凄いし、心臓もバクバクする。これが生きてるってことなのか?」


 脱兎の如く逃げ果せた氷人は、己が手の平を見つめた後、胸元を掴みながら空を仰ぐ。


「そんなことで生を実感するなよ。ったく……調子狂うぜ……」


 ド天然なボケをかます氷人にツッコんでいると、何故かレイも宿屋から出てきてオレたちに合流する。


「あれ? レイ……何でお前まで?」

「『ちゃんと二人がサボらずに決着つけるか見届けてこい!』って、リリーさんに頼まれちゃいましてね」

「あのババア、立会人まで寄こしやがって……なあ、別に喧嘩なんかする必要ねえだろ? 黙ってりゃあ、バレねえし。その間、飯でも食いに行かね?」


 己の生について沈潜していた氷人は、それを聞くや否やオレの方へと視線を移す。


「いや、死合いはしかっり執り行う。よくよく考えれば不死身相手に永遠に斬り続けられるという実に妖刀冥利に尽きる話だ。これを逃す手はない! さあ、そうと決まれば小生と死合いを――」


 手を差し伸べながら悦に浸る氷人に対し、オレは「ちょっと待った」と手の平を正面に構えて制止する。


「……何故、待つ必要がある?」

「だって見てみろよ、これ……お前がさっき斬りつけた所為で服がボロボロになってんだろ?」


 オレは見せびらかすように両手を広げると、一張羅には多数の斬られた跡が残っていた。


「このまま戦うんじゃ、カッコがつかねえ。っつー訳で、一旦オレは服買ってくるから、お前は此処で待っててくれ。喧嘩はその後だ」

「貴公の能力で直せばよかろう?」

「オレの能力はピーキーでね。真っ二つになった身体をくっつけるので精一杯なのさ」

「なるほど……そういうことなら行ってこい。なるべく早く戻ってくるのだぞ?」

「おう! じゃあ、行くぞレイ!」


 親指で後方を指し示しながら踵を返すと、レイが「え? あっ、はい!」と慌てるように後へと続き、オレたちは足早にこの場を立ち去った。





 氷人からある程度距離を離したオレたちは、人が賑わう食堂街を悠然と闊歩していた。


「で? 本当の目的は何なんですか、旦那?」


 オレの隣に並び立ち、藪から棒に尋ねるレイは、失礼にも疑いの眼差しである。


「さっきも言った通りさ。服がボロボロだから買いに行くだけ。どっか近くにいい店ないか?」

「私はその真意を聞いてるんですがね? どうせ旦那のことだから、悪だくみしてるんでしょ?」

「言い掛かりはよさんか、レイ君。オレはただババアが言った台詞、『決着をつけないなんて、このアタシが許さないよ』に倣って、素直な氷人ちゃんを宿屋の前に置いてきただけさ」

「は~ん、なるほど。このまま旦那が戻らなければリリーさんの約束を破ったことになり、残ってるあの人が先にボコられるうえに追い払われるって作戦ですか。相変わらず卑怯ですね~」


 レイの察しの良さにオレは自然と口元が緩む。こいつも中々、卑怯さが板についてきたな。


「ま、喧嘩は何も拳の強さだけじゃねえ。頭を使って最小限の力で勝利を収める。これも立派な戦略さ。で、もう一回聞くけど、近くにいい店ないか?」

「あれ? 本当に服買いに行くんですか?」

「おうよ。どうせ直ぐ帰る訳にもいかねえし、服も新しいのに買い変えたいからな。ってな訳で、お前も付き合えよ、レイ?」

「え? それって……」


 レイは徐々に目を見開いていき、恥ずかし気に頬を両手で覆うと、その白い肌を赤く染めながら顔を逸らす。


(若い男女が二人で買い物……これはもしや世に聞く――デート⁈ いや、でも私と旦那は相棒を誓い合った仲……そんな如何わしいことなど、許されるわけがない! 今の関係を壊さない為にも、きっぱり断って――)





「なあ、レイ。こっちの服とかどうだ? 結構いいと思うんだけどよぉ」


(結局、来てしまった。最近、巷で噂の服屋『レガーレ』に……)


「お? あんちゃん、中々いいセンスしてるNE! その服はうちの店で最先端のヤツSA!」

「ん? アンタ店員か?」


(外観や内装は特に他の建物と相違ないし、並べられている服も種類は豊富だが、特段変わったものも見受けられない。しかし、ここには他と違うものが一つある。それは……)


「俺はここの店長SA! あまりにも似合ってるんで、声かけちまったYO!」

「え~、そう? いや、そういうアンタだってラスタカラーのシャツと青のデニムがシャレてて、口周りに生えた髭とサングラスがワイルドさを醸し出してるうえに、極めつけはその見事な茶髪のドレッドヘアーだ! さすが店長なだけあってイカしてるぜ!」


(ここが恋愛スポットだということだ!)


「HAHAHA! そこまで褒めてくれるとは嬉しいNE! 気に入ったぜあんちゃん! その服は俺の奢りDA! 持ってKE!」

「え、マジで⁉ いいのかよ?」


(この服屋の店名は『レガーレ』……意味は『繋ぐ』という意味らしい。それ故、男女の間を繋ぐ恋愛成就のスポットとして有名なのだ!)


「当然だRO? この店は人と人とを『繋ぐ』場所……あんちゃんと俺はもうブラザーSA!」

「へっ、そうか……サンキューなブラザー! 早速、着替えさせてもらうぜ!」


(つまり、ここなら旦那との距離を縮められるかも……よし! そうと決まれば私が旦那をコーディネートして――)


「どうだ、レイ! 似合ってるだろ?」

「え?」


(振り返るとそこには……グレーを基調とした赤と紺の柄が入った涼し気なシャツに、黒のレザーパンツとショートブーツを履いた旦那が居た。っていうか、これじゃまるで――)


「ただのチンピラじゃないですかっ⁉」

「誰がチンピラじゃ⁉ せっかく貰った服にケチつけんな!」

「え? 貰ったんですか、それ?」

「なんだ、やっぱり聞いてなかったのか。これはマイブラザーからの贈り物さ」


 オレたちが視線を移すとマイブラザーは、煌めく笑顔とサムズアップで返してくる。


「えぇ……いつの間に……」

「っつー訳で、新ユニフォームも決まったことだし、次は飯でも食いに行こうぜ!」


 心機一転で歩き出すオレに「あ、はい……」と何故か肩を落とすレイ。そんなことなど気にも留めず、服屋から出ようと扉を開けると――


「……待っていたぞ、ダン。どうやら服は買えたようだな」

 

 ――外へ出たオレたちの眼前には嘲笑を浮かべる存在が佇み、意気揚々だった足取りは驚愕と焦燥によって自然と制止する。


「え? なんであの人が……」

「………………」


 相変わらずのスタイルで登場するは、宿屋の前で置いてきたはずの氷人。それに対し、作戦を見抜かれたオレは思わず言葉を失っていた。


「やっぱり、お前に卑怯戦法は通用しねえようだな?」

「当然。小生は予てから貴公を探していたのだ。『卑怯な男』の通り名も耳に入っている」

「へっ……そうかい……」


 氷人と相対したオレの額からは汗が滴り落ち、それを手で拭っては焦燥感と共に見つめる。


 何でこんな奴相手に……いや、宿屋で出会ったあの時から、オレは何となく感じてたはず。氷人に対し『殺気なんて目に見えない』だのなんだの挑発してた癖に、本当はオレにも見えてたじゃねえか……氷人から溢れ出る真っ赤な殺意が。だから、ここまで逃げてきたってのに……


「大丈夫ですか、旦那? もしあれなら私の瞬間移動で……」

「いや……いい……」


 だが、どうやら覚悟を決めないといけないらしい。何故ならコイツからは本気の意思ってやつを感じるからだ。本気の奴には本気で応える。それがオレの流儀なら……もう戦うしかない!


「さあ、そろそろ始めようか……ダン・カーディナレッ‼」


《第六十一代転生者 兼 通称 卑怯な男 ダン・カーディナレ》


              VS


《第六十一代転生者 兼 通称 妖の旅鴉 月下氷人》


 この世界に来て初めての転生者同士との闘い……その戦いの火蓋が切られる。

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