第59話 卑怯な男VS妖の旅鴉(舌戦)
「ハァ……何でこんなことに……」
叱られて落ち込んでいた氷人は、愚痴をこぼしつつ床に撒き散らされた血を、不服そうにモップで拭き取っていた。
「仕方ねえだろ? お前がいきなり攻撃してきて、オレの体を真っ二つにしなけりゃ、こんな面倒なことにはならなかったんだ。少しは反省しなさいよね!」
叱られることに慣れていたオレは全力で氷人へと責任転嫁を試みつつ、大きく削られたような跡が残った壁を稲妻を迸らせながら修復していた。
「いや……先に手を出そうとしたのそっちじゃ……」
「はい? 僕はただジャンプをしただけですが……え? 攻撃したのは、そちらが先ですよね? 勝手に僕の所為にするの、やめてもらってもいいですか?」
「いや、どう考えてもそっちが先だろ⁉ こっちは殺気を感じたから、迎撃したのであって……」
「え? 殺気って何ですか? それって目に見える物なんですか? 見えるんだったら証明してもらってもいいですか? できませんよね? じゃあ、あなたの所為だと思いまーす」
限界に達した氷人は顔を真っ赤にしながら「うがあああっ‼」と掴みかかり、オレも対抗するように「殴ったら負け~、殴ったら負け~」と挑発する態度でいると、レイが間に入って「喧嘩はやめてくださいよ、二人とも!」と無理やり引き離す。
「もう……いい加減にしないと、またリリーさんに怒られちゃいますよ?」
「へっ、ババアが怖くて喧嘩ができっか! それに喧嘩したいって言ってきたのはコイツの方だろうが⁉」
説教気味のレイに施されたオレは尚も氷人に対して喧嘩腰をやめず、指をさしながら挑発すると向こうもそれに応じるように反論し始める。
「こっちは殺し合いがしたいんであって、口喧嘩がしたいんじゃないんだよ‼」
「殺し合いがしたいだって? おいおい、さっきの見てなかったのか? オレは真っ二つになっても死なない不死身なんだぜ? つまりお前はオレに一生、勝てないってことだ! 最初っから――いや、転生した時からとっくに負けが決まってんだよ! 分かったら、さっさと帰りな負け犬ちゃんよぉ⁉」
又もや限界に達した氷人は真っ赤な顔で「うがあああっ‼」と掴みかかり、オレも対抗するように「殴ってみぃ? 殴ってみぃ?」と再度挑発していると、レイが間に入って「だからやめなさいって、二人とも!」と無理やり引き離す。
「もう……何で旦那は一言われたら、十言い返しちゃうんですか? だから話が進まないんですよ」
「うっさいわ! オレは殺し合いだろうが口喧嘩だろうが手を抜くつもりはねえ!」
「やめましょうよ、旦那。せっかく私も掃除を手伝ってあげてるんですから、リリーさんが帰ってくる前に済ませちゃいましょうよ。ね?」
うむ、冷静に考えれば確かに……今ババアは買い物に出かけているし、レイも掃除を手伝ってくれている。今のうちに片付けちまった方が、面倒ごとにならずに済むか……あ、ちなみにローのおっさんは、掃除を手伝いたくなくて、そそくさと帰っていった。逃げ足の速い奴だ……
「よし、なら一旦休戦にしよう。お前もそれでいいな?」
「あ、あぁ……あの人を怒らせると怖い……」
さっきからキャラがブレブレだなぁ、コイツ……
◆
「なあ? ちょっと聞きてえことあんだけど、ひょっとしてお前が転生した時に得た力って……『血を操る能力』か?」
オレは壁に残った傷跡を撫でつつ、徐々に修復させながら氷人へと尋ねる。
「ほう……何故そう思う?」
氷人は粗方拭き取った血染めの床を、今度は水拭きしながらオレへと返答する。
「さっき血がどうとかって言ってたし、回し蹴り食らいそうになった瞬間、赤い刃みてえなのが見えたからな。もしかしたら、そうなのかと思ってよ」
「あの一瞬でそこまで見切るとは流石だな。グリーズ家を陥落させた男の噂は伊達じゃないようだ。しかし、その推理は半分アタリで半分ハズレだ」
「……その心は?」
「血を操る能力なのは確かだが、転生して得た能力ではない……ということだ」
レイは床に散らばった破片を箒で集めながら、氷人が語る新たなワードに質問を投げかける。
「じゃあ、先程までは自前の能力を使っていたという訳ですか……となると、もう一つ能力を隠し持ってるということになりますね?」
「その推理は不正解だ。何故なら能力は一つしかないし、隠してもいないからだ」
「え? それってどういう……」
ちょうど水拭きが終わった氷人はモップをソファーに立て掛けると、ポケットに手を入れるお馴染みのスタイルに戻しながら言葉を紡ぎ始める。
「小生が転生した際に得た物、それは……この『身体』だからだ」
「身体ってことは……もしかして『人外枠』で転生してきたんですか⁈」
漸く壁の修繕が終わったオレは、レイの驚きざまと言葉の真意に、口を挟まずにはいられなかった。
「おいおい、何だよ人外枠って? 言葉通りに受け取ると、人間じゃねえってことになるが……」
「まさに言葉の通りですよ、旦那。聞いた話によれば転生者の中には時折、人間以外のモノがやって来るらしいんですが……まさか、本当に居たとは……」
オレとレイは見つめ合う視線を同時に、氷人へと緩やかに移行していく。
「左様。小生は人間ではない。元は
「人間じゃないどころか妖刀だって⁈ 元々、刀だったモンが転生って……そんなのありか⁈」
「小生も驚いたさ……まさか人間として生を受けることになるとは思ってもみなかったからな。しかし、そのお陰でこうして見事な身体と、端正な顔を手に入れることができた。キャラメイクに時間をかけた甲斐があったというものだ!」
「お前っ、キャラメイクとか言うなよ‼ 世界観壊れるじゃねえか‼ 名前もそのまんまだし、さっきからキャラもブレブレになってんだよ‼」
誇らしげに言う氷人の端正な顔立ちが、余計腹立たしさを掻き立てて、オレは思わずツッコミを入れてしまう。
「仕方ないだろう? 小生は言うなれば、生まれたばかりの赤ん坊……しかし、その口調は古風で雅なものであり、妖刀から人間へと生まれ変わった転生者だ! ここまでキャラ付けすれば誰とも被るまい?」
あまりにも氷人のキャラが急変するもんで、オレは頭をポリポリ掻きながら呆れつつ指摘する。
「いや~もう、うちにはそういうのいるし。ちょっと前まで赤ん坊だったくせに、年齢にそぐわぬ容姿と口調で、咀嚼力が人間離れしてる転生者がよ?」
「えぇ……マジかよ……? そんな奴いんの?」
「おい、古風な口調はどこ行った⁉ そういうとこ言ってんだよ、オレは‼ 大体な……」
「――アンタら……掃除は終わったのかい?」
その一声に一瞬で宿屋の空気がピリつく。
恐る恐る声のする方へ視線を移すと、ババアがカウンター奥の扉の前で、腕を組んで仁王立ちしていた。どうやら裏口から帰ってきていたらしい。
「「はい! 終わりました!」」
オレと氷人は同時に返事をしつつ直ぐさまババアの方へと身体を向け、まるで上官に対して敬意を払うかのように直立不動の姿勢でお出迎えをする。
「そうかい。ちゃんとサボらずにやったんだろうねぇ?」
「「はい! ちゃんと、やりました!」」
「よし……なら外行って喧嘩してきな」
「「え……?」」
「男が一度拳を構えた以上、決着をつけないなんて、このアタシが許さないよ? 分かったらさっさと――行ってきなッ‼」
「「はっ……はいっ!」」
又もや怒鳴られたオレと氷人は我先にと逃げるかの如く、肩で押し退け合いながら一目散に外へと出て行った。
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