第58話 月下氷人
「って……誰だ、こいつは?」
男が登場して見るからに気を落とすダンは、不躾な態度で入口の人物を見据える。
「え、何で此処に……?」
「こりゃまた、珍しい客人で……」
対するレイとローはダンと違って、訳知り顔な口ぶりで語り――
「客って感じでもなさそうだが……アンタら何か知ってんのかい?」
――リリーは即座に異様な雰囲気を感じ取り、視線はそのままで二人に問いかけるが、答えを聞くよりも先に真っ赤な瞳の男が開口する。
「此処にグリーズ家を陥落させた男が居ると聞いたが……どの者だ?」
その問いに他の三人が一斉にダンを見ると、真っ赤な瞳の男が釣られるように視線を移す。
「貴公か? ダン・カーディナレというのは……」
「そうだけど、何? ひょっとして噂を聞き付けたファンか? う~ん……だが生憎オレの心の窓口は、女の子以外は門前払いなんだ。悪いね」
「それは残念だ……だが一度創った以上、早々に換える訳にもいかん。このまま通させてもらおう」
意味深な口ぶり……大抵こういう人物は厄介な相手であると認識していたダンは、眉をひそめながら男の眼前へと立ち塞がるように近づく。
「お前、何者だ?」
「これは失礼……小生の名は
《第六十一代転生者
「同期だと? ってことは……」
「ええ。この人は旦那の前に此方の世界に来た……二人目の転生者ですよ」
毎度お馴染みのようにレイが解説をすると、ローもそれに続くかの如く補足を入れ始める。
「しかも、やたら強いって帝国でも有名なんだよね~。そこらかしこを渡り歩いては、不吉な作り話ばっか噂されててさ。それで付けられた通り名が……『
「作り話なら、そんなに大したことないんじゃ……」
「と、言いたいところなんだけど……噂を作ってるのは大抵、出会ったことない奴らなんだよね。つまり裏を返せば、出会った奴らは軒並み死んでるということ。故に未だ解明には至ってないという訳さ」
それを聞いたダンは警戒を強めるように、悠然と佇む氷人へと視線を戻す。
「で? そんな噂の奴が、一体オレに何の用だ?」
「実は小生……グリーズ家で用心棒をしていたのだが、ちょっと留守にしている間に貴公が潰してしまったそうじゃないか? それ故、此処まで会いに来たという訳だ」
「用心棒ね……確かにそんなこと言ってたような気もするな。ってことは何か? 主人をやられた仕返しにでも来たってのか? そりゃあ、随分お利口さんなことで」
氷人は俯きざまに嘲笑うような表情を見せると、真っ赤な瞳をギラつかせながらダンを睨み見上げる。
「まさか……奴にそんな価値はない。小生がグリーズ家で用心棒をしていたのは強者と死合う為……ただそれだけだ」
「ほう……だが、さっきも言ったように門前払いさせてもらうぜ。ファンでもねえなら尚更だ。無駄な喧嘩をするつもりはねえ」
伏し目がちに鼻から溜息をついた氷人は、「そうか……」と淡々とした態度で言葉を続ける。
「二階の奥の部屋から不思議な香りがするが……その者を巻き込んでしまってもいいのかな?」
その台詞を聞いた瞬間、不思議とダンの頭には、一気に血が上り詰める。
「テメエ……アイツを知ってんのか……⁉」
「いや、知らない。ただ、不思議な香りがすると言っただけだが……その反応から察するに巻き込みたくないようだな」
氷人は満足気に微笑むと、ダンへと更に言葉を続ける。
「さあ、どうする? 少しは戦う気になったんじゃないか?」
「ハッ……案外、卑怯な手ぇ使うじゃねえか。気が合いそうだな?」
「それは承諾と受け取って良いのかな?」
「ああ……たった今、テメエは気に入らない奴リストに加わった。オレの流儀は目の前の気に入らない奴を殴ることなんでね。その喧嘩、乗ってやるよ!」
ダンと氷人の視線が鍔迫り合いの如くぶつかると、それを見たリリーが一触即発の二人を遮るように釘を刺す。
「ちょいと、お待ち! 喧嘩をするのは結構だけど外でやりなよ? 大掃除をしたばっかで汚されたら、堪ったもんじゃないからねぇ」
「分かってるっつーの。そんなん言われんでも外行くさ」
「それと当然のことだが負けは許さないよ? バシッとキメて、いい男になりな!」
「だから分かってるっつーの! お前はオレのお母んか⁉ ったく……」
そのやり取りを見てほくそ笑む氷人と、若干恥ずかし気な表情になるダン。
「よーし! じゃあ、気を取り直して早速喧嘩しようか、氷人ちゃんよぉ? 表出ろや」
「フッ、望むところだ」
氷人は踵を返すように宿屋の扉に手をかけると、後方に居たダンが卑劣な笑みを浮かべ始める。それを見たレイは『あぁ……また、この人は良からぬことを企んで……』と心の中で呆れていた矢先……
「余所見してんじゃねええええッ‼」
ダンは叫びながら勢いをつけて跳躍し、何時ぞや繰り出したドロップキックの態勢へ移ろうとするが――
キシイイイイイイイインッッ‼‼‼
――それを見切っていた氷人は左足で回し蹴りをし、耳を劈くような金切り音が鳴り響くと共に、ダンの胴体を……
「ぐああああああああッッッ⁉」
……真っ二つにした。
放たれた刃の波動は胴体を貫通し、後方の壁まで飛来すると、斬りつけたかのような傷跡が刻まれる。ダンの下半身はバク転するかのように後方へと吹き飛ばされ、上半身は大量の血を撒き散らしながら宙を舞い落ちる。
「いっでええええええッ……!」
裂かれた切り口からは真っ赤な鮮血が噴き出し、それを見た氷人は床に滴る血に触れることで、頭の中に渦巻く疑問を確信へと昇華させる。
「やはりそうか。お前の血……純粋な物ではないな? どうりで反応しない訳だ……」
「どういう……意味だっ……?」
意味深な口ぶりの氷人が「それは……」と開口しようとした瞬間――
「此処で喧嘩すんなって――言っただろうがあああああッッ‼‼‼」
――バゴオオオオオオンンッッ‼‼‼
「あいったああああああああああッッ⁉」
リリーは怒号と共に魔方陣を展開させ、そこを通すように空瓶を投げつけると、氷人の
「うわぁ……痛そう……」
「ご愁傷さまだね~、こりゃあ……」
一部始終を見ていたレイとローは、痛そうに頭を抱えている氷人に、苦笑しながら同情の言葉を贈る。
「いったぁ……何がっ……起こったんだ……?」
「アタシは言ったよねぇ⁉ 此処で喧嘩すんなってッ⁉」
怒気を滲ませた声色で問い詰めつつ、射るような眼差しで睨むリリーに対し――
「いや、あの~……なんていうか、その~……自分は正当防衛的な感じで、ハイ……やらせてもらったっていうか……」
――先程の強者感を薄れさせるかのようなテンパり具合を見せる氷人。
「ハハハっ……ざまあみろ……うちのババアを怒らせたら……怖いんだぞ……? ハハっ……これも全て……計画通りだ……」
真っ二つになったままの上半身で強がるダンに対し、心の中で『ウソつけ』とツッコミをしつつ呆れ顔を見せるレイ。
「アンタにも言ってんだよ、ダン‼ ったく……先に手ぇ出しやがって、この卑怯モンのすっとこどっこいッ‼」
「いや……今オレ……真っ二つになってんだけど……そっちの心配してくれない……?」
「お黙りッ‼ 問答無用ッ‼ アンタら二人で、さっさと片付けしなッ‼」
まるでリリーは玩具を散らかした子供を、叱るような母親っぷりを見せ――
「「……は……はい……」」
――その気迫に圧倒された二人は、しょんぼりしつつ、お片付けをすることになった。
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