第62話 卑怯な男VS妖の旅鴉(激戦)

(フッ……なるほど。斬り落とした左腕に覆い被さったのは、爆弾の生成を見破られない為か……強かな奴め)


 黒煙の向こうに居るであろうダンに視線を送りつつ、感嘆の意を示していた矢先、煙の中から大量の触手が氷人の方へと雪崩れ込んでくる。


(そうだろうな……! これで終わりじゃないはずだッ!)


 再び高速移動で飛び退いた氷人は、高鳴る鼓動に自然と笑みが零れていた。


(久方ぶりに相まみえた歯応えのある敵。人間になって初めての『心躍る』という感覚。それによって生まれる愉悦な感情が我が気分が高揚させる。これが生きているということか……!)


 しかし、その気持ちとは裏腹に、無数の触手は街道の両サイドを覆うばかりで、中央に逃げ込む氷人には一切襲ってこない。


(誘導されている……まだ何かあるな?)


 氷人の読み通り――黒煙の中から黒鋼のガントレットが煙を噴き出し、ロケットパンチの如き推進力で氷人へと飛んでいく。


(両サイドを塞いで逃げ場を無くしたのは、この為か……しかし――)


 冷静な氷人は高速で飛来するガントレットを、何食わぬ顔をしつつ後方宙返りで華麗に避ける。


(フッ……この程度で小生を捉え切るなど――)


 氷人に僅かな傲りが垣間見えた瞬間――後方に飛んで行ったガントレットが急転回しながら拳を開き、手の平にある円状の光学兵器が光の粒子を圧縮し始め、噴射による力でノックバックに耐えつつ、全開まで溜め込まれた力をビームのように一気に解き放つ。


(くっ、此処まで用意してるとはッ……! 一旦、後方に下がるか? いや、黒煙の向こう側にはダンが待ち構えている。振動はまだ左足しか溜まり切っていない……ここで使う訳には――) 


 振り向きざまに思考を張り巡らせるが、中央の道を覆い尽くす程の粒子砲に、堪らず氷人は跳躍による回避行動をとり、力を放出しきったガントレットは、役目を果たしたかのように崩れ去っていく。しかし、安堵したのも束の間――先程まで日が差していた筈のこの空間に、不可思議にも覆うような影が落とされる。


 異様な気配を感じた氷人が直ぐさま振り向くと――


「――ッ⁉」


 ――銀色の装甲を身に纏った巨大な機械兵の上半身が、今にも腕を振り下ろさんとする態勢で待ち構えていた。


「なっ、何だこれはッ……⁈」


 その威圧感のある巨大な姿に驚きを隠せない氷人と――


「あれは……あの時の機械兵……」


 ――かつて自分を救った機械兵を何処か感慨深げに見上げるレイ。


(くっ、避けきれないッ……!)


 氷人は左足に溜め込んだ振動の力を、反射的に鋭利な血の刃として解き放ち、振り下ろしていた巨大な腕を切断した。機械兵はその巨体からは想像できない程の呆気なさで崩れ去っていくが、その光景を見たところで氷人の気は一切緩むことはなかった。


(こんな易々と終わる訳がない。恐らくこれはブラフ。奴ならやり兼ねん……となれば両足の振動を使い切った今が攻め時なはず。そうだろ?――ダン!)


 氷人は空中で黒煙の方へと身構えるが……ダンは一向に現れず、気配すら感じない。


(……おかしい。何故、来ない……? まだ何か――)


 警戒を緩めずに地上に降り立とうとした瞬間――地面が稲妻を迸らせながら真っ二つに割れ、巨大な落とし穴が突如として出現する。


(――ッ⁈ これかっ……狙いはッ⁉)


 氷人が成す術なく墜落していくタイミングに乗じ、予め生成しておいたカタパルトでダンが一気に急接近する――その背中には千手観音宛らの無数の腕が備えられており、標的へと狙いを定めるように天を覆い尽くすその光景は、まるで氷人の運命を断ち切るかの如き暗雲を立ち込ませる。


(上手いっ! 落とし穴によって滞空時間を伸ばした! 地上に居なければ高速移動は使えないはず……これで――)


 二人の戦闘を見下ろしていたレイは自然と手に汗握り――


「終わりだあああああッッ‼‼‼」


 ――幕引きの雄叫びを上げたダンは無数の腕を伸ばし、標的を見定めると一気にその力を解き放つ‼


「ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ――‼‼‼‼」


 数多の拳を次から次へと射出していくダンのその姿には一切の容赦がなかった。最早ダンにとって氷人は強者であり、手加減できるような相手ではない。手を抜けば此方が殺られる。例え不死の身であっても……そういう認識だった。故に躊躇なく、絶え間ない連撃を打ち込み続けて行く……此処で仕留める為に。


 すると、その想いを感じ取ったのか、氷人もダンを強者と認め……遂に――『抜刀』する。


「――絶」


 突如、真っ赤な閃光が無数の線を描くと、豪雨の如く降り注いだ数多の腕は、刹那に消え去り――


「ぐはあああああッッ⁈」


 ――対するダンの肉体には永劫にも感じる程の斬撃が刻み込まれていく。


 辺り一面には致死量を超える程の鮮血が撒き散らされ、その不死の身体は軽々と後方へ吹き飛ばされていった。


「――旦那ッ⁉」


 流石に見ていられないと思ったレイは、ダンの下へ瞬間移動しようとするが「――来んなッ……‼ まだ終わってねえッ……‼」と苦悶に満ちた声で制止される。


「そうだ……まだ終わってない……」


 落とし穴の底から跳躍して戻ってきた氷人は『左手』を抜刀しており、真っ赤に染まったその左腕には今迄と桁違いな振動を展開させていた。


(クソッ……痛ぇ……これでもダメなのかよ……再生も追いつかねえし……それにあの左手……あれがさっき言ってた『半分』の正体……)


 傷だらけの肉体を再生する力が途切れてしまったダンは、痛みに耐えながら倒れていた身体に鞭を打ちつつ何とか膝をつく。


「さあ、第二回戦と行こうか……ダン・カーディナレ」

「ちょ、ちょっと待てッ……!」


 苦し気な表情で見上げるダンは、手の平を氷人に向けて制止させた。


「何だ? 不死の身で命乞いは笑えんぞ?」

「いや、そうじゃねえ。テメエは確かに強い……だが、こっちも不死なもんでね。このままじゃあ、いつまで経っても勝負がつかねえだろ? だからもう……まどろっこしいのは、やめにしねえか?」

「フッ、小生はどちらでも構わないが……どうするというのだ?」


 ダンは膝をつく態勢はそのままに、頭上に両手を広げて待機する。


「テメエも元『妖刀』なら……分かるだろ?」

「まさか……『真剣白刃取り』か……?」

「フッ……オレを斬り裂ければテメエの勝ち。受け止めればオレの勝ち。どうだ……乗るか?」


 楽し気に目を見開いた氷人は、肩を揺らしながら笑うと、ダンの下へと歩いて行く。


「……よかろう。その勝負……受けて立つ!」


 氷人は左手を頭上に構えると強烈な耳鳴り音と共に、その腕を真っ赤に染め上げながら高速で振動させる。


(旦那……一体何を考えて……?)


 心配そうにレイが見守る中、先程の激しい戦闘から一転し、場の空気は冷たい殺気に包まれる。


 まるで達人同士のせめぎ合い……その空気を一気に打ち破るかのように、氷人は左手を高速で振り下ろす――‼


 するとダンは全く反応できず、打ち込まれた手刀によって――バキイイイイイイイインッッ‼‼‼ と破壊音が鳴り響き、頭部が砕け散った――かに思えたが……


「――ッ⁈ そんな……馬鹿なッ⁉」


 氷人の驚きよう……それも無理からぬことだった。何故ならダンの頭部は斬り裂かれるどころか傷一つ付いておらず、対する氷人の左手は……悴む程の奇怪な冷気を感じていたからだ。

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