第55話 この子と一緒に
オレとカレンはア・プレストに戻るべく、注目する客たちと沈む夕日をバックに、遊園地の出口へと向かって歩いていた。
一連の騒動があったあの後、周囲の客たちがどよめく中、遊園地の警備員やスタッフが、何事かとオレたちに事情聴取を敢行しようとするが、カレンの能力によって記憶改竄されたチンピラの兄貴分が……
――申し訳ありませんでしたぁ! すべて、この僕がやりました! 責任は僕にあります! 他の方たちは関係ありましぇん!――
とまあ……こんな感じの好青年に様変わりし、公衆の面前で見事な土下座っぷりを披露すると、その甲斐もあってかオレたちは即座に開放され、絡まれた親子連れの感謝を受けたのち、今まさに帰路についているといった状況であった。
「しっかし、本当に強えよなぁ……お前の能力。女の子に使えばエロいことしまくれるじゃん」
頭の後ろで手を組みながら、オレはカレンに私感を述べる。
「……何その不純な理由……そっちこそ不死身だし……強い」
対するカレンは、元から悪い目つきをさらに悪くし、横目でオレを睨む。
「オレのは何つーか体が頑丈なだけだし、ピーキーすぎて上手く発動しないときがあるからなぁ……もう少しバシッとストレートな能力の方が……おっ?」
台詞の途中で「ちょっと待っとけ」と告げると、オレは見つけたお土産コーナーの売店に駆け寄り、ある品を買ってカレンの下へ戻っていく。
「ほら、これやるよ」
オレはそう言いながら頭に麦わら帽子をかぶせてやると、カレンは帽子のつばを両手で持ち上げて、不思議そうな面持ちで見上げてくる。
「……何……これ……?」
「遊園地に来た記念にと思ってよ。殆ど遊べなかったんだから、せめて土産くらいは買わねえとな?」
「……そう……でも、何で麦わら帽子……?」
「そりゃあ、お前……白いワンピースには、麦わら帽子って相場が決まってんだろうが。なんか文句あんのか?」
カレンの少し俯きつつ首を横に振る面持ちは、帽子のつばによって殆ど隠れて見えなかったが、「……ありがとう」と発する浮かれた声色と共に、口角が笑顔の形を成していたのだけは窺えた。
「そうかい……じゃあ、帰るか?」
「……うん……帰ろ……ダン?」
初めて名前を呼んだカレンが手を差し出すのに対し、オレは「呼び捨てにすんな」と恥ずかしそうに顔をゆがめて笑うと、その幼くて儚い小さな手を握りしめた。
◆
「お~い、帰ったぞ~い」
ようやくア・プレストに帰ってきたオレたちは、歩き通しで疲れ切った体を癒す為、挨拶もそこそこに近くのカウンター席へと座った。
「あ~……疲れた~」
「あ! お帰り~、ダンちゃんたち。どう? いっぱい遊んできた?」
階段を下りてきたイニーちゃんは、相変わらずの天使っぷりで、オレたちを迎えてくれる。
「おう、イニーちゃん。遊んできたかっつーと……アトラクション殆ど乗ってねえから何とも言えねえな」
「何だいアンタら……アトラクションってまさか、遊園地まで行ってたのかい? どうりで遅い訳だよ」
カウンターの奥にある部屋から出てきたババアは、酒瓶が入ったカゴを抱えながら呆れ顔で問いかけてくる。
「しょうがねえだろ? カレンが遊園地行きてえって言うんだから」
何気なく言ったオレの台詞にババアとイニーちゃんは、まるで虚を衝かれたかのようにその表情を呆然とさせた。
「おい、何だよ急に黙り込んで……」
オレの問いにババアは、酒瓶が入ったカゴを置き、眉をひそめながら開口する。
「アンタ……この子の名前、知ってんのかい?」
「は? そりゃあ、聞いたんだから知ってるに決まってんだろ。何をおかしなことを……」
今度はイニーちゃんが一歩前に出て、説明するかのように語りかけてくる。
「あのね、ダンちゃん。その子――いや、カレンちゃんは……私たちがいくら尋ねても、一切自分の名前を言わなかったの」
「え……そうなの?」
「ああ。アタシがカーディナレの名を与えてやっても、うんともすんとも言わなかったのに……アンタは随分と好かれてるみたいだねぇ」
好かれてる? このオレが? そう思いつつカレンを見下ろすと、それに気づいたのか、じっとこちらを見つめてくる。
「まさか、ここまで仲良くなるとは……アタシも驚いたよ」
ババアはそんなオレたちの姿を見て、腕を組みながら感嘆の声を漏らす。
「言うほどか? コイツだって結構お喋りな奴だったぜ? 自分のこと二歳だとか、冗談も言ってたし」
「いや、それは冗談じゃなく本当の話さ。アタシが宿屋の前でカレンを拾ったのが二年半前。実はその時……この子はまだ赤ん坊だったのさ」
「は⁉ 嘘だろ⁉ どっからどう見ても、十歳やそこらにしか見えねえぞ⁈」
再度オレは隣に座っているカレンを見るが、今度はこちらを向くことなく幾分か俯いていた。
「アタシも驚いたさ……なんせ拾って一ヶ月あたりで、今の状態になってたんだからねぇ。でも、この子はそのことについて何も話したがらない……だからアタシたちも原因は分からずじまいという訳さ」
「何だその素っ頓狂な話は。そういうのは、もっとこう……最初に言っておけよな。ビックリするからよ……」
「だから予め言っておいただろ? 『そんじょそこらのガキとは違う……特別だ』ってねぇ」
それは言ったうちに入らねえよ……この世界に居る奴はどうしてこうも、意味深な言い回しをすんのかね。
「まあ、何にせよカレンが心を開いたのはいい傾向だねぇ。アンタのロリコンパワーも捨てたもんじゃない」
「はい、異議あーりっ! ガキに好かれていることとロリコンは、何の因果関係もありません! そしてそもそもの話、オレはロリコンじゃありません! 勝手な言いがかりなど言語道断です! したがって貴女を名誉毀損で訴えます! 覚悟の準備をしておいて下さい!」
「さーて、そろそろ夕飯の準備でもするかねぇ。イニー、支度しな」
ババアに促されたイニーちゃんは「はーい、ママ」と、いつも通りの明るい返事をし、カウンターの中へと入っていく。
「おい、無視してんじゃねえよ! ねえ? 違うからねイニーちゃん? オレは君みたいな可愛らしい女性がタイプだから! こんな目つきの悪い、ちんちくりんのクソガキじゃ……」
――ガブッッ‼
瞬間――左腕に激痛が走る。恐る恐る痛みのする方向へ視線を移すと、今回会話の中心にいたクソガキである我らがカレンちゃんが、まるでイリエワニの如くオレの左腕に嚙みついていた。
「――いっだああああああああああッッ⁉」
あまりの痛さにオレは腕を振り回し、被っていた麦わら帽子が宙を舞うが、カレンはその凄まじい咀嚼力で一向に離れない。
「痛いッ、痛いッ、痛いッ‼ 離せッ、このクソガキィッ‼」
そんなオレらの手に汗握る攻防にババアは呆れ顔で小刻みに笑い、イニーちゃんはこの世の終わりみたいな表情で固まる……いや、引きすぎじゃね?
「うぅ……分かった、分かった‼ さっきの謝るから‼ 悪かったって‼ お前が一番だから‼」
その言葉を聞いて納得したのか、ようやくオレの腕から離れると、カレンは満足気な表情で麦わら帽子を拾う。そんな姿を見ると、どうにも怒る気力が消え失せちまう。さて、何故だろうね?
しかし、それとこれとは話が別で……痛みが走る左腕には歯形がくっきりと刻み込まれており、食い込まれた部分からは血が噴き出していて、それを見たオレは流石にこの想いを何処かにぶつけねばと、仕方なしに宙を見上げつつ小言のように呟く。
「やっぱりガキなんて、碌なモンじゃねえな……」
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