第54話 あの子をオレは……

 バッドコミュニケーションってやつだろうか。


 あれからカレンとの間にはどこか気まずい空気が流れ、視線をそらしたまま一言も交わさずにいたオレは、まるで頭を抉じ開けてブン殴られたかのような感覚に襲われつつ、メトロノームの如く己が体を揺らしながら園内を歩いていた。


 ――……私たちのこと私のこと……ちゃんと守ってね守ってくれる……約束だよ?――


 結局、あれは何だったのか……いや、そんなことは己が一番よく分かってる筈だ。『過去を追い求めない』なんて、強がってそんなことを言っていたが、流石のオレもこの状況は無視できないでいた。さっきのあれは間違いなく……昔の記憶であろう。別の誰かがオレに語りかけていたように感じたが、今回も例に漏れず詳しいことは覚えていない。まったく……前もガキが絡んだ時、こんな風になったっけな。


 オレは隣に付き添うカレンに視線を落とす。ここに来るときは何の因果か手を繋いで来園してきたが、今は最初に出会った時と同じような目つきの悪い少女に逆戻りし、部屋に閉じ籠っていた頃のような壁を感じて手を繋ぐどころではなかった。


 カレンは一見すると取っ付き難そうだが、話してみると意外とお喋りな奴で、最初に比べれば幾分か距離が縮まったと思っていたんだが……さて、どうしたもんかな……ふらつく足取りで、そんなことを考えていると――


「おい、テメエッ‼ 何でそこ座ってんだコラァッ⁉」


 ――何処かで聞いたような台詞を吐くチンピラ共が、食事を楽しんでいる母親と娘に無理やり絡んでいた。


「え⁈ なんですか、いきなり……?」

「テメエ知らねえのか⁉ この席はさっき兄貴の特等席になったんだよ、ボケェッ‼ こっからがマスコットのブリゴッキちゃんが一番……ではないにしろ、まあまあ見やすいからな!」


 ったく、相変わらず下らねえ絡み方してやがる……そう思ったオレは何とかブン殴ってやろうと意気込むがっ――まだ体の調子が戻らないようで片膝を突いてしまう。するとカレンはオレのそんな姿を横目に、チンピラ共の下へと歩きだしていく。


「おい、ちょっと待てカレン!」

「……いい……私の所為だから……あなたは休んでて」


 振り返らずに制止するカレンの口調は、何処か申し訳なさそうな様子で、オレに無用な罪悪感を抱えさせる。


「ちょっと兄貴! あのガキ……さっき兄貴をおかしくしたやつですよ!」


 カレンに気付いたチンピラの子分は、兄貴分の肩をペチペチ叩いて指をさす。


「テメエ、誰に向かっておかしいだって⁉」

「落ち着いてください兄貴! だっておかしいっすよ⁉ 兄貴はいつもブリゴッキちゃんを見たくて、この遊園地に遊びに来てるじゃないですか⁉」


 だから何なの……その可愛い理由。


「それなのにこんな見づらい席に座るなんて……やっぱりおかしいですよ⁉ 絶対あのガキの仕業ですって!」

「うむ、確かに。よし……そこまで言うなら、お前はあのガキをやってこい。俺様はこの親子にしっかりと、教育してやらねえといけねえからな?」


 マスクの上からでも分かる程の冷笑によって、母親は目に涙を浮かべる娘を庇うように抱き寄せる。それを見た瞬間、カレンは即座に走り出し、髪を黒く変色させ、距離を詰めようとするが……


「――ぐッ⁉」


 突如――渦巻くような風の音と共に、近づこうとするカレンを衝撃波が襲うと、その小さな体は逆方向へと吹き飛ばされてしまい、来園していた他の客たちをどよめかせる。


「カレンっ⁉」


 カレンは体を起こそうとするも、今しがた受けたダメージによって、思うように動けないようだ。無理もない……いくら転生者とはいえ、まだアイツは子供なのだから。


「やはりそうか、このクソガキッ‼ さっきの力……科学宝具か何かかと思ったが、テメエはそれらしき物を身に着けてねえ! ってことはテメエは転生者ってことになる。何らかの制限があるはずだ。そして今、わざわざ距離を詰めてきたってことは、ある程度近くに居なきゃ使えねえってことだろ? なあッ⁉」


 何、その無駄な洞察力⁈ 本当にただのチンピラか⁈


「つまりテメエに近づかなきゃ、何の問題もねえってことだ。つー訳で……」


 チンピラの子分は右腕を構え、カレンに照準を合わせると、つけていた指輪が怪光し、手のひらに空気を圧縮させて一気に――


「死ねや……‼」


 ――解き放つッ‼


 その目視できない衝撃波は、周囲の空気を押しのけて直線状に飛ぶと、確かにカレンの方へと向かっていき――


「ぐああああッッ⁉」


 ――突き刺すような金切り音と共に、身代わりとなったオレの背中に捻じ込まれた。己が体に鞭打って無理やり動かした結果、オレは吐血しながらまた片膝をついてしまう。


「――ッ⁈……どうして……私を……?」


 カレンは傷ついた上体を起こし、悲し気な眼差しで訊ねてくる。


「勘違いすんなよ? 別に守ったわけじゃねえ……オレはな……『守る』なんて陳腐な言葉で、安請け合いしたくねえんだ。だってそうだろ? 何にもしてねえ内から、ちゃんと守り切れるかなんて、分かる訳ねえのによ……」


 再度気合を入れて何とか立ち上がるが、身体の調子は相変わらずご機嫌斜めで、いつもならすぐさま再生を始める肉体も、今回ばかりは言うことを聞かないようだ。


「それでも言ってほしいか? でも言わねえぜ? オレはお前を守らない……誰も守りゃあしない。オレが持ち合わせている言葉はただ一つ……目の前の気に入らない奴を殴るッ……! さっきの答えは……それじゃダメか?」

「……ううん……それで……いいよ」


 その雅な顔つきを晴れやかにするカレンを見て、予てから心の奥底にあった黒いしこりが、まるで雪解けの如く暖かに照らし出されていくのを感じ、子供嫌いだったオレの顔は自然とほころんでいた。


「よっしゃあッ‼ そしたらあのチンピラ共を早速……ブン殴ってくるとするかッ‼」


 調子が戻ってきたオレの身体からは轟音と共に青い稲妻が放出され、カレンの想いに応えるかのように己が傷を修復していく。


「ちっ……! テメエも転生者――ぐふぇッ⁉」


 再度右腕を構えようとするチンピラの子分の眼前に、オレはまるで電光石火の如く瞬時に距離を詰め、その顔面についているマスク越しに殴り飛ばすと、近くにあるテラス席をドミノ倒しのように吹き飛ばしていく。

 

 あまりの身体の軽さにオレは、自分の手の平を見つめる。カレンに認められたのが、そんなに嬉しかったのか……オレは……?


「余所見してんじゃねえよ、タコ……!」


 兄貴分の方のチンピラはオレの横顔に、科学宝具が仕込まれた指輪を構えるが――


「フッ……お前がな?」

「何……?」


 ――稲妻が迸る音に異変を感じ、その方向へと振り向くが時すでに遅し。

 

 カレンの足場にはカタパルトを生成され、そこから勢いよく射出された空を翔ける少女は、先程と同様に髪を黒く変色させつつ、下劣なチンピラの射程圏内に入った瞬間、その取るに足らない記憶と共に――


   空 

       間

     を 

          捻

      じ

    曲

        げ

            た。

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