第53話 あの子との約束
チンピラ共に絡まれた後、オレたちは場所を移動して、観覧車に乗っていた。決して遠くの景色を見たいだとか、次に乗るアトラクションの目星を付けるだとか、そんな用件で乗っているわけではない。理由は一つ……同じ転生者だからだ。だがオレたちはそれ以外のこと……つまり互いのことを何も知らない。『……折角ここまで来たんだから……少し話そう?』というガキの提案を受け入れ、今まさにオレたちは向かい合って座っている状態だった。
「で? さっき使ったのは何なんだ? あれがお前の能力か?」
「……そう……『記憶を改竄する』……それが私の能力」
記憶の改竄……なるほどね。それでチンピラの特等席とやらを別の席へと改竄したって訳か。
「それって、めっちゃ強いんじゃね? もう何でもありじゃん」
「……かもね……でも近くに居る人にしか使えないから……転生者の力には何らかの制限がある……それはあなたも同じ」
確かに……オレの力は一度見なきゃいけねえし、知ってもいないと脆く崩れ去っちまうんだったよな。いわゆるこれが制限ってやつか。
「なあ、お前ってさ……転生者のルール知ってんのか?」
「……うん……知ってる」
「そうか……じゃあ、自分のことは?」
地雷を踏んでしまったのだろうか……ガキはしばらく黙り込んでしまう。自分は踏み込んでほしくないくせに、他人の過去に首を突っ込むなんて、何やってんだオレは……やっぱり聞くんじゃなかったか。
「すまん。忘れてくれ」
「……別にいい……覚えてるよ……全部」
「そう……か……」
覚えていると言われたところで、これ以上聞くつもりもないし、聞く資格なんてのもオレにはない。じゃあ、何故聞いたのか? それは多分……
「……聞かないの?」
「え? あぁ……でもオレは自分のことを覚えてないから何も話してやれないぞ? それでも聞いた方がいいのか?」
「……うん……聞いて」
目の前の少女はまるで何かを求めるかの如く、寂寞の瞳で一心にオレの目を見つめてくる。
「じゃあ、そうだな……そう言や、まだ名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
「……カレン……とだけ言っておく」
《第五十八代転生者 カレン・カーディナレ》
「カレンか……へっ、いい名前じゃねえか」
素直に述べたオレのその言葉に、今まで無表情を貫いてきたカレンは、気恥ずかしそうに頬を赤らめる。そのあどけない姿は年相応の少女であり、オレの心の奥底にあるドス黒い感情が和らいでいくような――って、何だこの気持ちは……?
「……大丈夫?」
「あ、あぁ……そうだ。オレも名乗っとかないとな。オレの名前は――」
「知ってるからいい……もっと聞いて」
「おう、そうか……」
随分と自分のことを知ってほしそうなカレンは、先程買った飲み物をストローで飲みながら、次のオレからの問い掛けを待っている。
「じゃあ、歳はいくつだ?」
「……二歳」
「二歳って……ハハハッ! おいおい、何だ? 結構、冗談言うタイプだったのか?」
オレは背もたれに体を預けながら砕け調子で指をさすが、対するカレンは変わらぬ調子で飲み物を飲み続ける……え? 冗談……だよな……?
「えっと~、元居た世界に家族は?」
「……弟や妹は沢山いたけど……多分、死んでる……母親が生きているかは……分からない」
「そうか……悪い」
「……いいの……どうせ私は愛されてないから……心配するだけ無駄」
元々表情を変えないタイプのカレンだが、流石にその面持ちは幾分か悲しげに見えた。
「ふ~ん……そりゃまた何で?」
「……愛されてないから」
「理由になってねえな……」
まあ、コイツも過去に色々あったんだろう。最初に会った時から得体の知れないものを抱えているような……何かそんな雰囲気を漂わせていたからな。デリケートな問題だし、今日会ったばかりのオレが、下手に踏み込むわけにもいかない……はずなんだが……何故だろう? コイツにはどうしても一言、言っておかないといけないような気がしていて……それ故かオレの口は自然と動いていた。
「いや、お前はきっと……愛されてるさ」
「……どうして?」
「理由なんていらねえだろ? 親が子を愛するのによ……それに愛されてなきゃ、そんな可愛い名前は付けない。違うか?」
今まで目つきの悪かったカレンは、その綺麗な瞳を見開き――
「もしそれで愛してないなんて言う親だったら……そん時はオレが代わりにブン殴ってやるよ」
「……うん……わかった……あなたがそう言うなら」
――初めて
言い終わってからしばらくして気付いたが……オレ、随分と小っ恥ずかしいこと言ってね? ったく……今日のオレはどうしちまったんだ? ガキなんて嫌いなはずなのによぉ……
そんなオレの気持ちを察してか、今度はカレンの方から口を開く。
「……私からも聞いていい?」
「いいけど、話せることは少ねえぞ?」
カレンは無言で首を縦に振ると、意を決したかのように言葉を紡ぐ。
「……子供は……嫌い……?」
「……なんでそんなことを聞く?」
「……苦手そうだから」
やっぱり余所からは、そう見えちまうのかな。まあ、隠してもしゃあないか。
「嫌い……かもな……何でか知らねえけど」
「……そう……じゃあ……私は……?」
おいおい、いきなり何のつもりだ? まさか愛の告白でもしようってのか? と言ってもオレにロリコンの趣味はないんだがな……と思ったが、どうもカレンからは本気の意思ってやつを感じる。そういうことなら茶化す訳にもいかねえ。本気の奴には本気で応える……それがオレの流儀だ。
「お前は……悪い感じはしねえな。これも何でか知らねえけど」
「……そう……じゃあ――」
ちょうど観覧車が頂上に近づいてきた辺りで、カレンの後方からは夕日が差し掛かり、憂いを帯びた姿を照らしていく。その光景は奇妙な懐かしさを感じさせ、オレの頭の奥底にある残滓が……急激に共鳴を始める。
『
――ギイイイイイイィィィィィィィンンン‼‼‼
「ぐああああああああッッッ⁉」
カレンと何者かの重なり合う言葉を聞いた瞬間、脳内に雪崩れ込む急激な痛みによって咄嗟に頭を押さえつける。
「――ちょっと……⁉ 大丈夫⁈ ねえ⁈」
視界はブレ始めて焦点が合わず、心配そうに跪く眼前のカレンには、別の面影が介入してくる。額には脂汗が滲み出し、鼓動が不規則に変動すると、思考には徐々に霧がかかっていく。
何だこれはっ……⁉ 誰なんだ……お前は……?
「……ごめんなさい……いきなり変なこと言って……もう帰ろう?」
まるで死にかけの様に喘ぎながら、窓に寄りかかるオレは結局……カレンの問いに答えてやることができなかった。
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