第52話 あの子とデート

 見下ろすとそこには涼し気な白いワンピースを着ている、真っ直ぐに伸びた綺麗な白髪の美少女がオレを見上げていた。

 見た感じ十歳くらいのその少女はとても子供とは思えない程に落ち着き払っていて、可愛さと綺麗さを足して二で割ったような顔立ちは将来の有望さを存分に感じさせた。


「誰だ? このガキ……」

「そいつはアンタと……アタシが拾ったガキさ」


 自己紹介をする雰囲気が全くない目の前の少女の代わりにババアがオレの疑問に答える。


「拾った……? いつ?」

「そいつはうちの宿屋の前に捨てられていてねぇ。拾ったのは今から二年半くらい前の話さ」

「二年半前⁈ ってことはオレが来た時から、ずっとこの宿屋に居たってことかよ⁉ そんな気配、全く――」


 いや……よくよく思い出してみると、初めてこの宿屋に来たとき、二階のカーテンの隙間から誰かが覗いていたような……? ババアとイニーちゃんが出払っていたとすると、あの時感じた気配はコイツのものだったってことか。


 オレはそんなことを思い返しながら目の前の少女を見つめる。


「………………」


 う~ん……しかし、何つーか……随分と目つきの悪いガキだな。美少女だから何とか許してやってるものの、そうでなきゃ今頃バーニングファイターモードになってるところだ。まったく……親の顔が見てみたいもんだね。


 そんなガンくれた少女と見つめ合う中、まるで都合がいいとでも言わんばかりに、「そうだ、ダン……」とニヤつきながらババアが問いかけてくる。


「そいつを外に連れ出してやってくれないかい?」

「は⁉ 何でオレがそんなことしなきゃいけないんだよ⁈」

「そいつ、ずーっと部屋にこもりっぱなしでねぇ。たまには外に出て遊ばせてやらないと、運動不足になっちまうだろ? 暇そうなアンタなら、適任じゃないか」


 オレは何度か交互にババアとガキを見ると、舌打ちをしながらババアに近づき、小声で反論する。


「おい、ババア! オレがガキ嫌いなの、テメエは知ってんだろ! 他の奴にやらせろよ!」

「あぁ、そう言えばそうだったねぇ。でも、それなら心配は要らない。あの子はそんじょそこらのガキとは違う……だからねぇ。今なら克服するチャンスじゃないか?」

「そんなもん知るか! それに掃除をしろって言ったのはテメエだぞババア! それならオレは最後まで己の掃除道を貫き通す! オレの清き心でこの宿屋を満たしてやらないといけないからな!」

「満たしてんのはテメエの穢れた欲求だろおバカ! 何でもいいからさっさと行きな! それともまた頭をかち割られたいのかい⁉」


 くそっ……! コイツの場合、冗談に聞こえない……だが、何度も言うように流石のオレにもプライドってもんがある! さっきは言い返せずに苦汁を味わったが、今回ばかりはそうもいかない! ガキが絡んでる……それに舐められっぱなしは趣味じゃねえッ‼


「テメエッ、このくそババアッ‼ あんまり調子にッ……!」


 ――バゴオッ‼





 リベルタ……そこは時間に支配されない自由に満ちた国。

 

 周囲には活気にあふれる人々や街並みが広がり、天気はこれでもかという程に快晴で過ごしやすい陽気だ。辺りにはこの国のモットーでもある自由を表すかの如き、緩やかな時間が流れていて非常に住みやすい街だと言えるだろう。


 そんな街を、まるでありがたみを感じさせないかの如く、不機嫌そうに闊歩する男がいた……っていうかオレだ。そんなオレと手をつなぐのは、これまた目つきの悪い少女。

 

「ぐぞぉ……どうじでごうなった……」


 そして上手く喋れてないオレの顔面は、見事なまでにボコボコにされていた。そうです……あの後、結局負けたんです。だって強いんだもん……あのババア。


 そんなこんなで大敗を喫したオレは己の顔を再度修復しつつ、このガキとお外に遊びに来ているという訳なんだが……これからどうしたもんか。


「なあ、どこ行くんだよ?」

「……知らない」


 お互い真正面を向きながら目を合わせずに言葉を交わしていく。


「知らないじゃねえだろうよ。オレはお前の為に仕方なく付き合ってやってるんだぜ?」

「……別に頼んでない」


 フン……愛層のねえガキだこと。これじゃあ、取り付く島もないな……かといってこのまま帰るわけにもいかない。またあのクソババアにブン殴られるのはごめんだしな。ここは一つ、この我が儘なお姫様のご機嫌を取るしか道はなさそうだ。


「そう言うな。せっかくババアから小遣い貰ったんだ。どっか行きてえところとかねえのか?」

「………………」

「ハァ……まあ、いきなり知らねえ奴と遊びになんか行きたくねえわな。そういうことなら、その辺で暇つぶしでも――」

「じゃあ……」

「え……?」


 まさか遮ってくるとは思わず、驚き交じりにガキの方へ振り向くと、その顔は髪の毛で隠れて見えなかったが、何処か勇気を振り絞るかのような気概を感じた。

 

「……遊園地……行きたい」

「いや、めちゃくちゃ遊びてえじゃねえか⁉」


 オレのツッコミを受けたガキは、どうもそれが恥ずかしかったのか、より一層俯いてしまった。


「……べっ、別に……そういう訳じゃ」

「おいおい、今更誤魔化すなよ。そんなに行きたいなら、最初っからそう言えばいいじゃねえか。ったく……つっても遊園地か。いきなり難問だな。そもそも、こんな異世界にそんなもんあるわけ――」





〈本日はプロメッサ遊園地へお越しいただき誠にありがとうございまーす! 当遊園地では、お客様に自由に遊んでいただけるよう、大した縛りは設けていません! もう好き勝手に遊んじゃってくださーい! でもうちは一切責任は取りませーん! よろしくぅ!〉


「あるんかい」


 あの後、ガキんちょに手を引かれて付いて行った先には、それはそれは異世界の名に恥じない程のファンタジックな遊園地があり、一足踏み入れればゴキブリの死骸をペースト状にしてパンに塗りたくったようなマスコットと、園内に響き渡るクソ適当なアナウンスがオレたちをお出迎えなさった……っていうか大丈夫なのか、この遊園地?


「で、どうするよ? さっそく何か乗るか?」

「……とりあえず、お腹すいた……ご飯食べたい」

「いきなり飯かよ⁉ 変わってんな~……」


 小走りに売店へと駆け寄るガキについていき、貰った小遣いで指定された飲み物とパンを買うと、オレたちは近くのテラス席で食事をすることにした。


「う~ん……飲み物もパンも美味いんだが……色味がねえな。ホントに遊園地の食いもんか?」

「……Gパン……この遊園地で一番人気」


 口いっぱいに頬張りながら喋るガキの姿は、まるでリスのようにキュートであった。


「ジーパン?」

「……違う……Gパン……マスコットをモチーフにした……パン」

「――え?」


 マスコットって……え? 嘘? 違うよね? あれはあくまでオレの中での例えであって、実際にそういう訳じゃ……


「おい、テメエッ‼ 何でそこ座ってんだコラァッ⁉」


 テーブルを叩きながら急に割り込んできたのはオレンジ色のモヒカンヘアーが決まっているチンピラ。後ろにはグリーンのモヒカンをした子分らしき者を連れていて、二人とも全身黒ずくめのノースリーブでマスクをつけた世紀末感あふれる格好をしていた。


「おいおい、何だ急に……何か用か?」


 オレは気だるげに睨み上げると、後方に居た子分が得意げに説明をする。


「テメエ知らねえのか⁉ この席は兄貴の特等席なんだよ、ボケェッ‼ こっからがマスコットのブリゴッキちゃんが一番見やすいからな!」


 よーし! マスコットの名前は聞かなかったことにしておこう。


「……って何だその可愛い、いちゃもんの付け方は! それに此処は自由の国だろうが! 何処に座ろうがオレの勝手だろ?」

「そう、此処は自由の国! だから俺様がそこに座るのも自由ってわけだ! 分かったらさっさと退きな‼」


 また面倒な奴らが来たな……でもまあ、いいか。今日は起きてっから今まで、ずっと機嫌が悪いんだ。ここは一発コイツらでストレス発散でもしとくか。


 そう思いつつ立ち上がろうとすると、意外にもガキが「……いい」と止めてくる。


「おい、止めんなよ。これは男の喧嘩だ。お前の出る幕じゃ――」

「必要……ない」


 そう言った瞬間、ガキの髪色が真っ黒に変色し――


 

 空 

       間

     が 

            捻

      じ

  曲

          が

             る



 ――⁉ 何だ……今のは……?


「あれ? 何でこんなとこに……おっと、俺様の特等席はあっちだったか。さっさと行くぞ!」

「え? ちょっと、どうしたんですか兄貴! 待ってくださいよ!」


 先程まで絡んできた筈のチンピラ二人組は、何事もなかったかのように別の席へと立ち去り……


「……言ってたでしょ……リリーがだって……」


 髪色を徐々に戻していくガキは、オレを見据えながら――


「……私も……転生者なの」


 ――小さな口で、そう告げた。

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