第42話 あの人の隣に
「馬鹿なッ⁈ 有り得ねえッ‼」
目の前の状況に思わず動揺を隠せず狼狽えてしまうカルミネ。それも仕方のないこと……いきなり同じ人間が複数現れ、その鋭い眼光と共に自分に対して銃口を向けていたからだ。
だが、レイにそのような力はないはず……そんなことは自明の理。カルミネはすぐさま冷静な思考を取り戻そうとする――
(そう……普通なら有り得ねえ。有り得るとすれば――科学宝具! だが何故レイが持っている? ダーシーが銃に何か細工したのか? いや、今はそんなこと考えている暇はない! ババアの反応から見て後ろのはフェイク……この八人の中に本体がいるはず……!)
本来のカルミネならば読み切れていたであろうこの戦略……しかし追い詰められたことによって猶予の無い状況が、一瞬だけその思考を狂わせる。
「ここで――」
「終わりだ――」
「カルミネッ‼」
八人のレイが思考の余地を与えぬまま、間髪入れずに一斉に射撃しながらカルミネに接近する――!
バンッ‼ バンッ‼ バンッ‼ バンッ‼ バンッ‼ と耳を
「無駄だって言ってんだよッ――‼」
今までの攻防と同じように右手に雷を纏わせて迎撃の準備をし、左手で
「何っ⁈ 弾が――すり抜けていく?」
前方に展開した電磁波どころか、その弾丸はカルミネの体をもすり抜けていき――
「まさかッ――⁉」
――バンッ‼
気づいた時には既に遅かった……銃声が鳴った瞬間に己が胸部に激痛が走り、赤い鮮血が地面に零れ落ちる。
目の前のレイたちは霧散し、カルミネがゆっくり振り返ると……倒れていたはずのレイが、硝煙の立ち上る銃口を向けていた。
そしてようやくカルミネは、自身の後方から貫かれたのだと……そう自覚しながら倒れた――
「ぐふっ……痛ぇ……! くそっ……何でテメエが科学宝具を……⁈」
「カルミネ……お前は自分の見る目に相当な自信があるようだが、今回はそれが裏目に出たな。恐らくお前は私を商品と言って徹底的に手を出さないようにし、体まで調べなかったんだろう」
「体……? ハッ……そうか。お前……自分の体内に科学宝具を埋め込んだのか……? へっ……馬鹿な奴だ……いずれ死ぬぜ?」
「いずれ……か。その口ぶりから察するに破滅の帝王は、まだ女神を手中に収めてないようだな?」
「さあな……そこまでは知らん。まあ、いずれにしても時間の問題さ……ぐふっ!」
カルミネは呻き声と共に血を吹き出し、頬を伝っていくと地面を赤く染める。
「あぁ……もう時間もなさそうだし……さっきの種明かしでもしてくれないか……?」
「簡単な話さ。お前はお婆様の反応を見て倒れた私がフェイクだと思い、八人の中に本体がいると踏んだんだろうが……本当のフェイクはお婆様の方だ」
「あのババアだと……?」
「ああ……私が科学宝具で弾丸に組み込んだ力は
カルミネは薄れゆく意識の中で聞いていたが、レイが話し終わると突如として笑い出す。
「ハハハハッ……ハァ……なるほど……ババアの反応を利用するとは大したもんだ。まさか今まで幻想に飲み込まれていた小娘に……逆に幻想をかけられるとはな……」
「そうだな。今までの私は幻想の中に逃げていた……だが今は違う。お母様に助けてもらったこの命と、お父様から受け継いだ技と銃。そしてこんな私を最後まで見守ってくれたお婆様と一緒に今……お前を倒した」
「ハッ……綺麗ごと言いやがって……要は嵌めたってことだろ? 何が受け継いだ技だ……科学宝具なんぞ隠し持ってた奴が偉そうに。お前の親父はそんな戦法は取らなかったぞ……卑怯な奴め……」
「そうかもな……だが
「フッ……まあ、この世界はそん位の黒さがないと……生きていけねえ……か――」
カルミネは瞼が徐々に重くなるのを感じると共に、死ぬ間際のお約束とでも言うべき走馬灯が脳内を駆け巡り始める――
◆
六年前のヴェンデッタ家――
レイの母であるクリュメネ・ヴェンデッタは、燃え盛る屋敷の中である男と対峙していた。
「ほぉ……こんな状況で二代目の頭を殺すとは大した女だ。流石は奴の妻だけはある」
《盗賊ギルド 二代目シーフズ幹部 カルミネ・ゼウ・スライ》
当時幹部だったカルミネは、荒々しい髪型をした屈強な大男である、二代目頭目の亡骸を見てそう語る。
「次はあなたの番よ……! あなた達の所為で私の家族は……もう……ぐっ――!」
二代目頭目との死闘によって受けたダメージか、クリュメネは呻き声をあげながら膝をついてしまう。
「家族? フッ……それはちょいと違うんじゃねえか? まだ二人残ってる筈だからなぁ」
「何を……言って……」
「お前は巧妙に偽装したつもりだろうが俺の目は誤魔化せねえぞ? ババアと娘を逃がしたのなんてとっくに割れてんだ。だから人聞きの悪いこと言わんでほしいね」
「くっ、なら尚更ここであなた……を――」
クリュメネは立ち向かおうとするが、逆に意識が朦朧とし倒れてしまう。
「まあ、安心しろ。このことを知っているのは俺だけだし、あの二人に関しちゃあ今回だけは……見逃してやる」
「何……? どういう……つもり……?」
カルミネは決して弁解などといった感情ではなく、ただ当たり前であるかのように淡々と語り始める。
「マリオネッタってのは……この世のクソを集めたような世界でな。俺はそんな場所にいた所為もあってか、クズみたいな生き方しか許されなかった。こんな言い方したらなんだが……別に好き好んでお前の夫を殺したわけでも、屋敷を襲ったわけでもない。ただそれしか選択権がなかったからだ。まあ、帝国でぬくぬく生きてきたお前には分からんだろうがな」
「そう……だったの……」
その言動に他の貴族なら反論するところだが、マリオネッタの現状を知っていたクリュメネは、
「今生きてる大人たちは俺も含め、クズしかいないが……子供はまだ違う。この腐った世界を変えられるかもしれない。だからガキは殺さない」
「……ありがとう……信じるわ……貴方の……想い……を――」
クリュメネにとってカルミネは夫を殺した憎き敵。しかし最後にはその『想い』を聞き入れるように白き瞳で見据え、途切れ途切れになる意識の中で最愛の娘を思い浮かべながら眠りについた。
「だが今回だけだ。もし次会ったらその時は――」
その言葉を最後にカルミネは一切振り返ることなく、クリュメネの亡骸をそのままに崩れ行く屋敷から立ち去って行った。
◆
走馬灯が終わり――
「へへっ……半端者の付けが回って来たか……まあ……こんなもんか……」
その表情には伸し上がれなかった悔しさよりも、何処か吹っ切れたような安らかさがあった。
「なあ、レイ……俺は悪いことしたなんて……これっぽっちも思ってない……だから謝るつもりなんてないぜ……?」
そう語るカルミネは討ち取るべき存在……だが、今となってはもう……死にゆく者。
「要らないさ……そんなの」
そう返すレイの言葉は何処か穏やかで……今となってはもう……復讐を終えし者。
「フッ……そうかい。まあ、精々頑張って生きるんだな……このどうしようもない……世界……で――」
悪党の頭であるはずのその男の瞳は、結局黒に染まり切ることはなく……最後は眠るように息を引き取った。
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