第43話 己が信念

「ようやく……終わったんだ……」


 長きにわたる因縁に幕を閉じ、両親の仇を取って復讐を果たしたレイは、カルミネの亡骸を横にそう呟く。その表情は決して晴れやかという訳ではなく、何処か心が空っぽになったかのように呆然としていた。

 

「レイ……?」


 そんなレイを祖母であるガイアが心配そうに駆け寄りながら優しく抱きしめる。


「お婆様……ごめんなさい。今まで逃げてて……」

「いいのよレイ。よく頑張ったね……さすがは私の孫娘だ」


 ガイアはより一層強く抱きしめ頭を撫でると、レイも柔らかな笑みでそれを受け入れた。

 暗示が掛かっていたことによって久方ぶりの再会を果たした二人は、しばらく抱擁を交わした後、ガイアが懐から大事そうに懐かしい代物をレイに差し出す。


「これは……私の髪飾り……」

「そうよ……これだけは何としても守り抜かなきゃって隠し持ってたの。レイをこんなにも強くしてくれた、あの子からの大切な贈り物……せっかく可愛い顔をしているんだから、今度からは女の子としてその髪飾りを使いなさい」

「うん……ありがとう、お婆様」

 

 レイはその髪飾りを受け取り、少し気恥しそうに自分の髪に付けた。


「フフッ……似合ってるわよレイ。これであの殿方にもちゃんとアピールできるわね」

「……え?」

「とぼけなくてもいいの! レイの隣にいたあの殿方……あの子にゾッコンLOVEなんでしょ? 言わなくてもわかるわ!」

「古っ! 言い方が古いよお婆様‼ っていうか旦那のこと⁈ ないないない! ありえないから! 早とちりしないでくれる⁈」


 レイは顔を真っ赤にしながら、それほど強くもない弁明をする。


「まあまあ、恥ずかしがらないでいいから。ヴェンデッタ家も残るは私たち二人……血筋を絶やさないためにも、レイには頑張ってもらわないとね!」

「だから気が早いってば! 違うから! そんなんじゃないから!」

「大丈夫! レイだけに大変な思いはさせないよ。お婆ちゃんも頑張るから!」


 ガイアはそう言いながら満面の笑みでサムズアップをして見せる。


「いや、お婆様は頑張らなくていいよ! もういい歳なんだから!」

「じゃあ、レイが頑張ってくれるってことでいいのね? 分かった! 式場は押さえておくから、ウエディングプランの方は任せたわ!」

「聞いてる人の話⁈ っていうか前にも聞いたことがある気がするんだけど、このセリフ⁈ 何? 流行ってんの⁈」


 本人はいたって真面目に話しているであろうガイアのボケに、逐一訂正しながらツッコミを入れていくレイ。そんな家族漫談の途中で――


「あの~家族水入らずのとこ悪いんだけど、ダンに手を貸しに行った方がいいんじゃない? いくらあいつが丈夫だからって精鋭部隊を一人でやるのは骨が折れると思うけど?」


 ――呆れながらダーシーが割って入ってきた。


「おっとそうでした! 旦那はグリーズの所に行ってたんだった! 危うく忘れる所でしたよ」


 レイはダーシーの方に振り向くと、そんな素っ頓狂な返答をする。


「アンタら最低なコンビね……合ってるとも言えるけど」

「早く旦那を助けに行かないと! お婆様はここに居て。すぐに戻って――ってあれ?」


 振り返るとそこにガイアは居らず――


「うおォォォ‼ 血筋を絶やさせはしないよ‼ 子孫繁栄のためにィィィ‼」


 ――と意気衝天の如く扉から走って出て行ってしまった。


「ちょっとー‼ お婆様は行かなくていいからー‼」


 すぐさまレイも走ってガイアの後を、ツッコみながら追いかけていき――


「ホント元気なお婆ちゃまね……」


 ――ダーシーも首を傾げつつ、その後に続いていった。





「うおォォォォォォォッッ‼‼」


 一方ダンも雄叫びをあげながら打倒グリーズを目指し、螺旋状の階段を三段飛ばしで駆け上がっていた。

 グリーズの城はおよそ百階層程の造りをしており、西棟が五十階層ほどの場所に位置していたこともあってか、さらにそこから五十階層ほど駆け上がらなければならなかった。


「うおォォォ――っ着いたァッ‼ ハァ、ハァ……あ~長かった~もう足パンパンだよ。まったく……」


 最上階に到達したダンは息を切らしながら膝に手をつくと、眼前には如何にも終点に相応しいほどの黄金色をした大きな扉があった。


「ここか……よし! じゃあ行きますか。お邪魔しますよっとッ――‼」


 ダンは足首を回して準備を整えると、眼前の扉に勢いよく飛び掛かり蹴破って入場する。開かれた扉の音で前方の広間で待ち構えていた、プレートアーマー姿で分厚い剣を所持する精鋭部隊が、一斉にダンの方へと振り返る。


「ヒッヒッヒッ……待っておったぞ、侵入者よ。随分遅かったじゃないか?」


 そして両サイドに設置してある階段を上がった先の中央には、件のグリーズと秘書のトランブレーが歪んだ嘲笑でダンを見下ろしていた。


「ああ……テメエらが尻尾巻いて逃げられるように猶予を与えてやってたのさ。何だったらオレの寛大な心で見逃し期間を延長してやってもいいんぜ?」

「ヒヒッ! この状況でよくもまあそんな減らず口を叩けるもんだ。面白い……多少は暇つぶしができそうだな。それで? 何しに来た? レイの両親の敵討ちでもしに来たのか?」

「両親の仇? あぁ……やっぱりそういう話だったのね。それならレイがカルミネの野郎をぶっ倒せば済む話だろ?」


 ダンがそう返答するとグリーズは一瞬目を見開き、突如「ヒッハッハッハッ‼」と下劣な笑い声を広間中に響き渡らせる。


「貴様は何も知らんのだな? カルミネはただ言われたことを実行しただけに過ぎん。実際に殺せと命じたのは……この儂だ。昔からあの偽善者夫婦には苦汁をなめさせられていたからな。故にこの儂がシーフズにヴェンデッタ家への殺害を命じ、破滅の帝王に取り入るための生贄にしたのだ! ヒッハッハッハッ‼」


 グリーズの笑い声に精鋭部隊は無反応だが、トランブレーは下劣な笑い声で同調する。


 その事実にダンの怒りの想いが猛る……かと思いきや――


「へえ、そうだったのか。そこまでは知らなかったなぁ。しかし自らブッ飛ばされる理由増やしてちゃあ世話ないねえ。なあ? クソッたれグリーズ」


 ――とダンはニヤケ面でグリーズを小馬鹿にする。


「貴様ッ! グリーズ様に向かってなんて口の利き方だッ‼」


 トランブレーの怒号交じりの反論に、グリーズは冷静に片手で制止する。


「良い、トランブレーよ。このような身の程知らずは、何も初めてという訳じゃなかろう?」


 グリーズは後ろ手を組み、蔑んだ態度はそのままに話し続ける。


「それこそ今まで何百人とこの城に侵入しては、貧しい民の為にと儂の首を取りに来ようとする正義感ぶった偽善者どもだの、下層の連中から掻き集めた儂の財産を何の苦労もせず横から奪い取り、伸し上がろうとする愚か者だのいくらでもいた。そして今度は仲間のために一人で乗り込んでくる大馬鹿者ときたもんだ。そう……貴様のことだ。どいつもこいつも己の力量を図れないクズ共ばかり……儂にひれ伏せば金も力も女だって手に入るというのに、下々の者はどうしてそんな簡単なことに思考を割けないのか全く嘆かわしい。大体な――」

「あぁ……もういいよ。お偉いさんの話ってのは長くて要領を得ないどころか面白くねえ。もっと簡潔にバシッと言えよ」


 グリーズはダンの反応に一瞬その目つきに怒りを灯したが、すぐにため息をつき毅然とした態度に戻して再度見下す。


「要は理解に苦しむということだ」

「ほぉ……テメエはこの世の事柄全て理解しようとでもしてんのか? そりゃあ体力がいる生き方だ。その方がオレはよっぽど大馬鹿モンな気がするけどな?」

「貴様……! もう我慢ならんッ‼」


 トランブレーは怒りのあまり手摺に拳を叩き付ける。それに呼応して精鋭部隊が臨戦態勢に入るが、ダンは一向に挑発する態度を崩さない。


「いいか? 男が敵をブチのめすのに理由はごちゃごちゃいらない。たった一つ……たった一つありゃあそれでいい……」


 ダンは俯いてから一拍置き――


「目の前の気に入らない奴を殴る……ただそれだけで……」


 ――己が信念と共にグリーズを睨み上げた。

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