第41話 相棒
「テメエより強いだぁ……?」
カルミネは眉間にしわを寄せてダンを睨みつける。
「おうよ……お前なんぞ瞬殺だ、馬鹿野郎」
「ハハハハッ……! 面白ぇこと言ってくれんじゃねえか。だがよ……人質がいることを忘れてもらっちゃあ困る。ここまでのことやったんだ……タダで済むと思うなよ? 俺が一声入れれば、あのババアなんぞすぐにでも――」
「あら? レイのお婆ちゃまならここに居るけど?」
そうカルミネの言葉を遮ったのは、二階の通路から我が物顔で見下ろすダーシー。そしてその隣には――
「⁉……お婆様!」
「レイ!」
――最愛の孫娘の名を呼ぶ、捕らえられていたはずのガイア・ヴェンデッタがいた。
「ダーシー……テメエ、裏切りやがったな⁉」
「私は自分の利益のために動いているの。だから誰の仲間でもないわ」
ダーシーは煌めく腕輪越しに不敵な笑みを浮かべると、カルミネは舌打ちをして不快感をあらわにする。
「良かった無事で……でもダーシーがどうして……」
「アイツに頼んでおいたんだ。お前の婆ちゃん迎えに行ってくれって。まあ、おかげで取り分、八・二にされたけどな」
そう言いながらダンは肩をすくめる。
「それと……ほら、受け取りなさいレイ!」
「あっ……これは――」
ダーシーから乱雑に投げられて受け取ったのは、レイが身に着けていた銃と弾薬が入れてあるホルスターだった。
「私の銃……」
「フッ、これでアイツとタイマンできるな……レイ」
「旦那……」
「そいつでカルミネの野郎をぶっ倒してきな! オレはその間にあのクソ領主をブン殴ってくるからよ。だからオレの背中は任せたぜ……相棒!」
ダンは満面の笑顔でそう言うとレイの背中をバシッと叩き、ダーシーの方向へと軽快に走り出す。
「おい、ダーシー! グリーズの野郎は何処だ? 道教えろ!」
「直通で繋がってる道があるから、そこから東棟に行って最上階を目指せば会えるんじゃない?」
「何だと⁈ お前、ちゃんとした道あるんだったら最初っから教えとけよ! 飛ぶ必要なかったじゃねえか⁉」
「おかげでカッコ良く登場できたでしょ? 感謝しなさいよね」
「バカ野郎お前! オレじゃなかったら死んでるっつーの! 反省しなさいよね!」
ダンは文句を言いつつダーシーの指し示す方向へと走っていった。
「フフッ……相棒……か」
そのやり取りとダンの言葉にレイは吹っ切れたように笑った。
「いいのかレイ? お前一人で俺を殺れんのか?」
「ああ……旦那からのご命令である以上、お前を瞬殺しないといけないからな」
「ほう……言うねぇ……いい瞳だ。これから人を殺そうっていう黒の気概を感じる。そう来なくっちゃなッ!」
カルミネは両手の指輪を光らせ科学宝具を展開すると、バリバリと音を立てながら雷を纏わせる。
「もうこちらも出し惜しみはしない。お父様から受け継いだ力……」
「頑張れー‼ レイー‼」
ガイアの声援を受けて思わず微笑むレイ。
「――とくと見せてやるッ!」
レイはイアぺトスから受け継いだリボルバーをカルミネに向かって構えると、間髪入れずに装弾されている銃弾を連続で撃ち込み始める――!
「フッ……無駄だ」
手を構えるとカルミネの前方に電磁波が形成され六発の弾丸が眼前に停止する。
「やはり普通に撃つだけではダメか……!」
それを見るや否やレイは旋回するように左斜め前に走り出す。
「どうした? そんなんじゃ俺は殺れねえぞッ‼」
今度はこちらの番と言わんばかりにカルミネが右手に雷を生成すると、砲撃のような轟音が鳴り響く青白い稲妻をレイに向けて放つ――!
その雷の連撃をレイは側転や宙返りなど、まるで軽業師の如く次々と避け続ける。
レイが全ての雷撃を避けきり、スライディングをしながら機械兵の残骸の後ろに身を隠したところで、カルミネは一旦攻撃の手を止めた。
(アイツの動き……暗示が解けたはずなのに、まるで帝国の貴公子のような軽やかさだ。それにアイツの銃は確かオートリボルバー……あれだけ連射すれば銃全体がぶれて射撃精度が落ちるはず……なのに弾丸は俺の頭に吸い込まれるように撃ち込まれていた。恐ろしい程の精密性……さすがは奴の娘と言ったところか。だが――)
「逃げてるだけじゃあ俺を瞬殺するなんてのも夢に終わっちまうぜ? なあ、レイ?」
機械兵の残骸を背にしながらレイは一つ一つ丁寧にリボルバーに弾丸を込めていく。
「何してるのレイー‼ 気合よー‼ 気合で行くのよー‼」
ガイアの今にも飛び出しそうな勢いで手摺をバンバンと叩く様は、とても七十代後半には見えない程のアグレッシブさを感じさせた。
「元気なお婆ちゃまねー……助ける必要なかったんじゃないかしら……」
流石のダーシーもガイアのそのアグレッシブさを横目に若干引いていた。
「フッ……そうだねお婆様……もう形振り構ってはいられない!」
レイは覚悟を決めたかのような瞳でシリンダーを静かに振り戻し、上に銃口を向けて一発撃ち込む――!
「無駄なことを……」
放たれた弾丸は天井に当たると跳弾し、降り注ぐようにカルミネの左横をすり抜けていく。
「フン……当たってねえぞ。跳弾使いに関しては奴には及ばんな」
カルミネの指摘などに耳を傾けることなくレイはさらに弾丸を撃ち込みつ続ける。
だがその弾丸はことごとくカルミネの左横をすり抜けていき地面を貫く音だけが無意味に鳴り響いていく。
「ハァ……なあ、レイ? 銃だけで戦おうなんて古いやり方は俺には通用しねえぞ? 今時は科学宝具が主流になってんだ……それなのにお前が所持してたのは精々ワイヤー式の科学宝具だけ。お前が眠りこけている間に銃や弾丸に何も施されてねえのは調べ済み……そんなんでどうやって勝つんだ?」
レイは再度リロードを済ませると尚も跳弾を狙って射撃するが、又もや左方の地面を貫く音が虚空に鳴り響くだけだった……
(お前も分かってる筈だ……俺の
そんな思考の途中――バキンッ‼ と先程までの天井からの跳弾とは違う音が鳴り響き、左の壁方向からカルミネの顔面目掛けて跳弾させた弾丸が飛んでいく――だがカルミネは読み切っていたかの如くそちらの方を向き、左手で展開した電磁波で又もや無力化してしまう。
その瞬間――レイが旋回するように機械兵の残骸から出てくると一気に距離を詰めてカルミネの後方から奇襲をかける。
(そう……効くとすれば近接戦しかない。だがそんなことはこっちも織り込み済み。さっきからテメエが左方向にしか跳弾させてなかったのは、無意識的に『左方向からの攻撃』という意識を刷り込むため……! つまりこの跳弾はフェイク……本当の目的は逆方向から奇襲しての零距離射撃。そんなもん――)
「読み切ってんだよッ‼」
カルミネは瞬時に振り返るともう片方の手で生み出した雷撃でレイを迎撃する。
「――ぐあッッ⁈」
雷撃を受けたレイは衝撃で吹き飛ばされるとそのまま地面にうずくまり、暫く動かなくなったことを確認したカルミネは溜息をつきながらレイに近づく。
「安心しろ……殺しはしねえ。お前は大事な商品だからな。悪く思うなよ? お前を売り払って俺は……黒に染まる……!」
カルミネは
(いや……違う……これは……⁈)
――その目線の先にある光景に違和感を感じ、すぐに手を止める。
(あのババア……さっきまであれだけ叫んでたのにレイがぶっ倒れてからは何の反応もない。明らかにおかしい……まさか――!)
ザッ――‼ と突如後方から物音が聞こえたカルミネは、ただならぬ殺気を感じて瞬時に振り替える。
「なっ……! これは――⁉」
その光景に思わずたじろぐカルミネ……眼前には黒き眼光で銃を構えるレイ……
しかし別つ……その想いを……その身と共に……八人にして。
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