第40話 並び立つ男

「「「「うわァァァァァッ‼‼‼」」」」


 シーフズ総勢およそ五十人の叫び声がこだまする。


 数は下の連中より少ないがカルミネの脇を固める者として、それなりに修羅場を潜り抜けた者達であり、一級品の科学宝具を身に着けている筈なのだが……今はそれらが一斉に逃げ惑うといった光景が広がっていた。


「馬鹿野郎ッ‼ 逃げてどうする! 戦えッ! 戦うんだッ‼」


 カルミネの呼びかけ虚しく、その声は部下たちには届かなかった……

 

 それも仕方のないことなのかもしれない……目の前には殺戮兵器と呼ぶに相応しい程の巨大な機械兵が、又しても巨大な腕を無機質に振るってはシーフズの連中を薙ぎ倒していたからだ。


 ある者は通りすがりの地べたを這う虫のように叩き潰され、その度に地響きと迸る血潮が波紋のように地面に広がり……又ある者は軽くその人体を握り潰され、まるで果物を絞って果汁を生み出すかの如く、大量の血が指の隙間から溢れ出していた。


「クソッ……! 調子に乗るなよデカブツがッ‼」


 カルミネは一人立ち向かうと言ったような状態で、手の平から雷撃を放出すると機械兵の左胸に直撃し、受けた場所の装甲が徐々に剥がれ落ちる。


「おい見ろッ‼ コイツ装甲はかなり脆い! 見た目に騙されんじゃねえッ‼」


 尚も士気を上げようとするカルミネに、ようやく部下たちが本腰を入れ始め、所持している科学宝具を展開しては各々が火球や風の刃など独自の攻撃を打ち込んでいく。


 しかし――


 機械兵の赤く光る単眼がそれを見切るや否や、当たる直前で薄緑色のシールドを展開し、怒涛の攻撃を無力化した。


「なっ……何……?」


「嘘だろ……?」


「ありかよ……そんなの……?」


 シーフズの連中が再度絶望する中、そんな隙を与えず機械兵は両肩に取り付けられている武器で迎撃を開始する。


 右肩の砲台はまるでミサイルが撃てそうなほどの巨大さを感じさせるが、強烈な爆撃音と共に撃ち出されたものは……空気の塊だった。

 避ける間もなく空気弾が敵の一人に当たると周囲にも波紋のように風圧が広がり、その直後まるで辺りを吸引するかのように空気が収束する。


「「「「………………?」」」」


 最初のうちは特段異常は感じられなかったが、しばらくすると一人……また一人と呼吸に乱れが生じてくる。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ウッ……! いっ……息がッ……⁈」


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、グッ……⁈ 上手くッ……できないッ⁈」


 まるで過呼吸のように途切れる息遣いに、攻撃を受けた敵は徐々にパニック状態になり、逃げ始める者や倒れる者が続出する。

 もはや戦意喪失した者を討ち取るなど容易いと言ったように、機械兵はもう片方の左肩に取り付けられているガトリング砲を無機質に撃ち始める。

 放たれた巨大な弾丸は背を向けて逃亡する者や、倒れている者に追い打ちをかけるように着弾すると、その人体をいとも簡単に吹き飛ばして排除していく。


「何なんだよ! あの威力は⁈」


「もう無理だ……あんなのに勝てねえよ……」


 機械兵は尚も喚き続けている残った敵集団に照準を変え、容赦なく弾丸を撃ち込み続ける。


「馬鹿野郎ッ! 諦めてんじゃねえ! 防御だ‼ 防御しろッ‼」


 シーフズの残存兵の心はもう既に折れていた……そんな姿を見たカルミネは舌打ちをしながら科学宝具を展開し、広範囲に電磁波を発生させると飛んでくる弾丸を停止させ部下全員を守った。


「すっ……すげえ……!」


「さすが頭だ……!」


 だが、喜びも束の間――


 ギュイィィィィィィィィィィィィィンッッ‼‼‼ と、叫び声を上げたかのような大きな音を発しながら機械兵が化物のように口を開くと、その中にある砲台が光の粒子を圧縮し始める。


「あれはマズイ……テメエらッ‼ 避けろッッ‼」


 カルミネは足に雷を纏わせると飛び上がり、即座に回避行動をとる。

 

 そして次の瞬間――


 ビィィィィィィィィィィィィィィ‼ と、監獄で見た時と同じようなレーザービームが甲高い音を奏でながら光を放出し、その光線は破壊と共に地面を沿って行きながら打ちひしがれていた残存兵の胴体を真っ二つに切り裂いていく。

 まるで今までの攻防など無意味だったかのようなその一撃は、カルミネ以外の全ての敵を屠り戦闘を一瞬にして終息させた。


 悪魔のようなその所業に、最早どちらが敵なのか……この光景を見ると、そう思ってしまう。


 カルミネは着地した後に辺りを見回したがもう誰一人残っておらず、無惨にも巨大な機械兵だけが眼前に立ち塞がっていた。


 最早その凄惨たる状況に言葉も出ないカルミネ……


 だが突如――


 ガダンッ! ガダンッ! と奇怪な音を出し始めると機械兵の装甲が次々と剥がれていき、今まで散々苦しめられてきた筈のその存在は瞬く間に崩れ去ってしまった。


「おい……どういうつもりだ? 今更手加減でもしようってのか⁈ あぁッ⁉」


 プライドを傷つけられたカルミネの視線の先には、今まで沈黙を守ってきた旦那が睨みを利かせながら佇んでいた。


「別にそういう訳じゃねえ。オレはただ御膳立てをしただけだ。お前の相手は……オレじゃねえ……」

「何……?」


 そう言うと旦那はカルミネの方へゆっくりと近づいて行くと、まるで眼中にないかの如くその隣をすり抜けていき私の下へと歩いて来る。

 先程までの悪魔のような姿ではなく、そこにいたのはいつもの通りの笑顔を浮かべていた私の知っている旦那だった。


「よお、レイ! 何ボケーっとしてんだ? おめえの出番だぜ?」


 旦那は私の両腕を縛っていた鎖を変形させて拘束を解くと、腕を引っ張り上げて立たせた。


「あの……どうして……来てくれたんですか? 私は旦那を……」


 カルミネの言う通り……私は自分の目的のために……この人ことを利用したのに……


「どうしてって……お前が言ったんだろ? 転生者は他の奴ができないことをする……それが使だってな」

「旦那……」

「この世界で『氏名・使命』しめいを失ったオレにお前はそう言った。だからオレはテメエのやるべきことをやりに来た……ただそれだけさ」


 ちゃんと……覚えてたんだ……私の言ったこと……


「まあ、それに何もせずに帰ったらあのババアに何言われるか分かったもんじゃねえしな……それはお前も例外じゃねえ」

「……………………」

「お前に何があったかは知らねえが、カルミネと何かあったんだろ? だったら自分のケジメは自分でつけな」

 

 私はしっかりと旦那を見つめながら、その言葉を嚙み締めて聞いていた。


「おいおい、そうやってまた守られるのかよ⁉ なあ、レイ?」


 だが、その空間を遮るようにカルミネが割って入ってくる。


「カルミネ……」

「その体たらくでテメエは親父のように強いって言えんのか? そんなんでいいのか? あぁ⁉」


 返す言葉もなかった……結局私はまた……守られて――


「守られるだぁ⁈ 何言ってんだお前は⁈ 逆だ、逆ッ!」


 今度は旦那の方がカルミネを遮り、語気を強めて言い返し始める。


「レイはな……この世界に来てから何にも知らねえオレを導いてくれたんだ。つまりオレは今までコイツに守られっぱなしだったんだよ……!」

「は……? 何言ってんだお前……?」

「今回の一件でようやく恩返しができそうなんだ……それでオレはコイツと胸張ってことができるッ! だからよぉ……テメエみたいなクソ野郎が勝手なこと言ってんじゃねえぞ馬鹿野郎ッ‼」


 まさかそんな風に言ってくれるなんて……思ってもみなかった……どうしてそこまで……


「それによぉ……与えられた力しか能がねえオレと違って、コイツはテメエの力で伸し上がってきたんだ。お前は分かってねえようだから言っとくけどな――」


 どうしてこの人は――


「レイはオレよりもぜ」


 

 ――私の欲しかった言葉を言ってくれるの? 

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