第39話 打ち砕くは悪魔の力

「旦那っ……!」


 私の泣いて崩れた顔を見て旦那は、まるで『仕方ないな』といったように顔を振りながら笑みをこぼす。


「まったく……なんて顔してやがる。お前は相変わらず顔に出やす過ぎんなんだよ。だからオレにはお前の魂の叫びがハッキリと聞こえたぜ……」


 旦那は一呼吸置くと、自信に満ち溢れた表情で続ける。


「私のおっぱい、揉んでくださいってな――」

「いや、言ってない‼ そんなこと叫んでもいない‼」

「あれ? おっかしいな……そういう風に聞こえた気がするんだが……」


 相変わらずこの人は何を言っているんだろう……


 旦那のその言動に思わず呆れて俯いてしまう……でも……その時の私は何故か……


 

 笑っていた。


 

 先程までの重い空気は、もう何処にもなかった。


 この人なら……この状況を何とかできるんじゃないか……いや、きっと何とかしてくれる……そんな安心感があった。


「おい、無視してんじゃねえッ! 何でテメエなんかが此処に居るんだって聞いてんだよ!」


 こちらからはカルミネの表情は窺えないが、その言動からは動揺の色が感じられた。


「飛んできたんだよ……東棟から」

「飛んできた⁉ 此処から東棟まで百メートル以上は離れてるんだぞッ⁈」

「フッ……オレほどの脚力があればその程度造作もない。まあ、ぶっちゃけビビッて途中でちょっとおしっこ漏れちゃったけど飛んでる内に乾いたから問題は――って、そんなことどうでもいーんだよ! オレは今からコイツのおっぱいを揉まなきゃならないんだ。だからテメエら雑魚共に用はねえ。さっさと失せな」


 旦那は片方の手をポケットに入れ、まるで嫌悪感を表すかのように、右手でしっしと手で払う動作をして挑発した。


 すると一瞬の沈黙の後……


「「「「ダハハハハハッ――‼」」」」


 一斉に笑い出す……カルミネ以外は。


「ハハハハッ……何を言い出すかと思えば……」


「この人数相手に何粋がってんだ!」


「テメエ一人に何ができるってんだよ!」


 シーフズの連中一人一人が嘲笑するかのように旦那を挑発し返すが――


「馬鹿かテメエらは! コイツが此処に居るってことは下にいた連中を一人で殺ったってことだ! そんなことも分かんねえのかッ‼」


 カルミネが部下全員を怒鳴りつけた。


「「「「………………」」」」


 叱責を受けた周りの連中は、ようやく状況を理解したのか、顔を強張らせながら黙り出す。


「ハァ……テメエは確か転生者だったよな? いつこっちに来た?」

「あ? まだ来たばっかだけど」

「じゃあレイとは出会ったばっかってことだろ? そんな奴のために何故そこまでする? それともコイツの価値を知って取り返しに来たのか?」

「価値……?」


 その反応にカルミネは更に呆れたようにため息をつく。


「テメエはコイツの素性も過去も何にも知らねえのか? へッ……まあ、無理もねえか……」

「過去ねえ……」



 ――なら聞く? レイの過去を――





 今から一時間ほど前……場所は晩餐室――


「過去……?」

「そう……レイが何者で、今までどう生きてきたのか。聞きたいでしょ?」


 まるで全てを知っているかのような口ぶりで腕を組みながら話すダーシーにダンは――


「いや、興味ねえ」


 ――と即答する。


 その対応にダーシーは一瞬、驚いた表情をする。


「あら、結構冷たいのね」

「そうじゃねえさ……ただアイツは何も言わなかった。話さなかったのか話せなかったのかは分からねえが、アイツ自身から聞いてねえのに他の奴から聞くのは筋が通らねえ……それだけさ」


 そう言って扉を開けて動き出そうとするダンに、引き止めるかのようにダーシーが続ける。


「何それ? 何にも知らないままアンタは行くつもり?」

「聞こうが聞かまいがオレは行くさ」


 その問いに背を向けたまま答えるダン。


「馬鹿みたい……損得も考えずに行くなんて私には理解できないわ」

「フッ……まあ、そうかもな。でもそっちの方が……」


 ダンは振り返り――


「カッコいいだろ?」


 ――笑みを浮かべながらそう答えた。





 時は再び戻り――


「まあ、詳しくは知らねえが……唯一の家族である婆ちゃんが捕らえられてるってのは知ってるぜ」

「ハッ……その程度の理由でここまで来たのか? たった一人で」

「テメエら皆殺しにするには十分な理由だと思うがな」


 淡々と述べる旦那……しかしその堂々とした姿と百人以上を倒したという事実が、周囲の連中を後退りさせる。


 だがカルミネだけは引かず、むしろ旦那の前に立ち塞がるかのように留まる。


「あのな……レイは自分の目的のためにグリーズを葬ろうとしている。バックに破滅の帝王がいると知っててだ……つまりお前はそのために利用されてる弾除けにしか過ぎないんだよ! そんな奴のためにお前が動く義理もないだろ?」

「へえ……そうだったのか。まあ、オレは最初っからお前ら全員潰しに来てるだけだし、別に何の問題もねえだろ?」

「いや、だから――」

「なあ? シーフズってのは皆そんなお喋りが好きなのか?」


 何の変哲もないセリフ……だが旦那のその瞳は獲物を狙う狩人の如く瞳孔が開いていて、カルミネを含む周囲の連中をさらに後退りさせる。


「さっきからペチャクチャ、ペチャクチャと……まるで時間稼ぎでもしてるみたいによ。もしかしてお前ら……まだ生きて帰れるとでも思ってんじゃねえだろうな? お前らのおかげでオレの『想い』ってやつはもう……ヒートアップ寸前なんだよ……!」


 そう言った瞬間――旦那の体からは深紅の稲妻が轟音を奏でながら凄まじい勢いで放出される。纏っている血を媒介にしているからか、今まで見ていた青い稲妻とは相反していた。


「テメエらッッ‼ 全科学宝具を使っても構わねえッ‼ 生きて帰りてえなら……コイツを今ここで殺せッッ‼‼‼」


 動揺……焦燥……恐怖……そんな感情を露わにしているかのようなカルミネは部下全員に号令をかける。


「そうだ……言い訳する暇があったら最後まで貫いて戦え……そして――」


 そう呟く旦那の後方に深紅の稲妻が集結し、巨大な『何か』を形成していく……


 号令を受けたシーフズの連中全員は科学宝具を展開し臨戦態勢を整えるが――


「なんだよ……これ……?」


「化物か……?」


「勝てんのかよ……こんなの……?」


 シーフズの眼前に立ち塞がるは広間を覆いつくすほどの巨大な機械兵の上半身。


 赤い色の単眼、銀色の装甲、WWⅢと刻まれた巨大な腕、両肩に取り付けられた武器。


 そしてそれを従える旦那の姿はまるで……


「――死ね」



 ……悪魔そのものだった。

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