第38話 受け継がれし英雄の魂

「ハァ……! ハァ……! ハァ……!」


 今まで押し込んでいた記憶が頭の中に流れ込み、私の額からは驚きと動揺の汗が滴り落ちる。


「どうだ? 思い出したか?」


 眼前のカルミネは再度視線を合わせるために立ち膝の姿勢をとる。


「お父様と……お母様は……?」

「聞かなくても分かるだろ?……俺が殺したさ」


 カルミネの冷徹な一言に今まで押し殺していた感情が涙として零れ落ちていく。


「ようやく年相応の女の子に戻ったって感じだな。まあ、そう泣くな。お前の両親は死んだが……そりゃあもう大した奴らだったぜ?」


 カルミネは癖っ毛のある黒髪をかき上げながら、まるで昔を懐かしむかのように話し続ける。


「お前の父親はな……破滅の帝王が頭角を現し始めた時点で、真っ先にグリーズ家が裏切って女神を狙うだろうと踏んでたみたいでな。しかも当時同盟の影も見せてなかった俺らシーフズの存在にもすぐに勘付きやがった。それで奴はたった一人で戦いを挑んできたって訳よ」

「どうしてお父様は……一人で……」

「帝国のクソッたれ共はな……動かねえんだよ。地母神に首無しと偽皇帝……転生者には随分苦汁をなめさせられたからな。恐らく破滅の帝王にも同じものを感じたんだろう。だから他のゴミ共は誰一人として付いて行かなかった」


 その事実により一層悔しさが込み上げ、私は涙を止められなかった。


「まあ、お前が憧れるのも無理はない程に奴は強かった。当時、最大勢力を誇っていたシーフズは八割がた奴に持っていかれちまったようなもんだからな。おかげで今はポンコツしか残ってねぇ……」


 自嘲しながらもカルミネはさらに続ける。


「だがな……本当だったらシーフズは今頃なかったんじゃねえかって俺は思うんだよ。何でか分かるか?」

「…………?」

「実はあの時の奴には、いつもと違うところが一つあった。お前もよく知ることだ」

「まさか……」

「そう……愛銃を手放していた。その隙を見逃さなかった俺は、奴を捕らえることに成功し、処刑するに至ったという訳さ」


 そんな……私の所為……? 私が我が儘言ったばかりに……お父様は……!


「その功績が認められた俺は二代目のかしらと共に、女王クイーンのお膳立てによってヴェンデッタ家に潜入した。報復の証として屋敷に火を放つと共に奴の家族を根絶やしにする……そんな感じの作戦だったかな」


 私の気持ちなど露知らず……カルミネは淡々と説明していく。


「しかし、お前の母親も大した奴だった。あんな追い詰められた精神状態にも関わらず、科学宝具を上手いこと使い巧妙にお前たちの死を偽装した。おまけに二代目のかしらまで殺してな。そこまでしてお前のことを守ってやったってのに……何で戻ってきちまったんだ? 弱いなら弱いままで静かに暮らしてりゃあいいものを……そうすりゃこんなことにはならなかったろうに。せっかく俺も見逃してやってたのによぉ……」


 カルミネの言う通りだった……己を偽ってまで強くなると誓ったのに……結局、私は誰一人守れない……お父様やお母様のように……強くはなれなかった。


 只々、己の未熟さに涙が止まらない。


「まあ、そんな訳で帝国の貴公子……その生き残りの娘という肩書を持ったお前の価値は非常に高くてな。良くも悪くも日の当たる道を歩く奴ってのは陰から疎まれやすい。イアぺトス・ヴェンデッタがまさしくそういう奴であり、妬む奴もまた多かったのさ。だからそんな奴の娘を欲しがる腐った貴族は、それこそ腐るほどいるという訳で、悲しくもお前はこれからそういう奴らに売られてしまう……とまあ、こんな感じのシナリオだ」

「そんな……嫌っ……嫌ッ! 誰か……誰か!」


「「「「ハハハハハハッッ‼」」」」


 そんな私の怯えた反応にシーフズの連中は蔑むように笑いだす。


「ハァ……まあ、人生なんてそんなもんだ。正直者が馬鹿を見るってなもんで、頑張ったところで報われなきゃ意味がねえ。俺も昔はお前みたいに正義のヒーローごっこみたいなことしてたけど、結局徒党を組んだクズ共には敵わねえってことを思い知らされただけだった。今回のお前の状況がまさしくソレ……ってなわけで辛いだろうが、その悲しみは向こうに行って慰めてもらえ。そしてこれを教訓に精々頑張って生きていきな……以上」


 その言葉を最後にカルミネは立ち上がり、踵を返してこの場から去ろうとする。


「待って……! お婆様っ……せめてお婆様のことだけは……見逃して……ください……」


 私の言葉に立ち止まったカルミネは、振り返らずに……


「ハァ……駄目に決まってんだろ? お前のババアは使い物にならねえ……諦めろ」


 そう吐き捨てて、冷酷に歩き出した。


「「「「ヒャアハハハハハッッ‼」」」」


 絶望……そんな気持ちが心を支配し、私は項垂れる……周りの連中は対称的に歓喜の笑い声を上げる。


 

 もう駄目だ……


 やっぱり私一人じゃ……


 何もできなかった……


 

 ――強く生きてね……レイ……――


 ごめんなさい……お母様……あの時……私も一緒に逝けたら……


 

 ――ああ! だから強くなるんだぞ……レイ――


 ごめんなさい……私じゃ……お父様みたいに……なれなかった……


 

 ――フフ……強くなるのさ!――


 ごめんなさい……お婆様……助けられなくて……私には…… 


 

 ――そうすれば本当に大変な時、お前を助けに来てくれる――


 ヒーロー……なんて……


 

 限界を迎えた私の心は……儚くも無残に……砕け散った……




 


 バリイィィィィィィンンッッ‼‼‼




 

 

 砕け散った……にしては余りにも大きすぎる音だった……


 

 私は確かに絶望していた。

 

 どうしようもない状況に。

 何もできないこの状況に。

 ただ涙を流すしかなかったこの状況に。


 だが、そこまで大きな音は……

 

 

 そんな違和感に私だけでなく、この場にいる全員が天を見上げる。


 

 真後ろにある巨大なステンドグラスは盛大に割られ、砕け散ったガラスが降り注ぐ中、そこから現れる一つの影――


 宙を舞うは月明かりに照らされ、赤い鮮血をまき散らしながら――


 飛び込んできた勢いのまま地上に舞い――



 

 バゴオォォォォン‼‼‼



 

 ……落ちた。


「イッデェェェェェッ‼ 今までに感じたことのないような痛みがァァァ‼ あのクソアマァァァッ! 何が近道じゃ! オレじゃなかったら死んでたぞ! クソがァァァッ‼」


 叫び散らしながら地面に這いつくばるその男……私はそれを見て何処か安堵感を覚えていた。


 周りにいるシーフズの連中がどよめき始める中、カルミネが顔を引きつらせながら前に割って出ていく。


「何でテメエが此処に……!」

「あぁ……イッテー……お? お前は確かシーフズの親玉だったか。どうやら此処で間違いねえみてえだな」


 立ち上がり体中に纏わりついた血を払うその男を、私は涙を流しながら見つめていると――ようやく目が合う。


「フッ……よお、レイ! 遅くなったな!」


 両手を広げ、笑みを浮かべるその人は……


「お前には帰れって言われたけどよ……悪ィ……来ちまったわ」


 相変わらず血にまみれ、不格好だけど……


「でも約束しちまったから……いいよな?」


 でもその姿はまるで……


「バシッとキメるってよぉ……!」



 『英雄』ヒーローそのものだった。

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