第36話 良すぎるものはゴミで終わってしまう

 レイチェルの誕生日からおよそ一か月――


 イアぺトスは己の愛銃を娘に託すと、一人マリオネッタに臨場する。


 そしてその間、連絡の一つもないまま月日が経った後……悲劇は起こる――


「嫌ァッ! お母様! お母様ァァァ‼」

「駄目よレイ! 此処は危ない……早く逃げるのよ!」


 シーフズの侵入を許すと報復としてか屋敷には火がつけられ、眼前にあるヴェンデッタ家は稲妻のように燃え盛ると周囲にある木々にも次々と引火していく。

 

 夜の帳が下りるのとは対称的に、辺りは地獄の業火により赤々と照らされ、それによって必死な形相で屋敷から逃げる二つの影が映る。

 一人はレイチェル……そしてもう一人はその祖母で、青白いドレスに身を包んだガイア・ヴェンデッタであった。


「嫌ァッ! 離してお婆様ッ! このままじゃお母様が死んじゃう‼」

「駄目ッ……! 行っちゃ……駄目ッ……!」


 ガイアは決して離すまいと力強くレイチェルの背中を抱きしめる。


 何とかして母親を助け出したい……そんな想いは非情な現実と共に斯くも無残に崩れ落ちる……


 快然たる思い出が詰まった屋敷は烈火によって灰燼と化していき、その光景を幼気な少女は青ざめたような悲痛な表情で双眸に焼き付けていく……


「そんな……お母様ァァァッ‼――うっ……」


 叫び疲れたのか……はたまた見たくない現実を直視しないためか……レイチェルは気絶してしまった。


「レイ……この子だけは……何としても生かさないと……!」


 ガイアは唯一の家族となってしまった孫娘を抱きかかえ、足早にその場を逃げ出しながら知恵を絞る。

 

「帝国にはもう居れない……シーフズが易々と侵入できたことを考えると、がいるはず……マリオネッタなんて以ての外。魔人連合には顔が利かない……となると――」


 二人が逃げる先……それはもうリベルタしかなかった。

 

「自由の国……どんな者でも無条件で受け入れてくれる場所……あそこなら……!」


 後の世なら破滅の帝王が率いる裏社会の連中が東西を分断しているが、この時代はまだそんなものはない……が、当然国を跨ぐという行為がどういった物かは……言うまでもない。


 だがそんな思考をすることなく、ガイアは走った。ただひたすらに走った。

 その行為は余りにも無謀であったが、最愛の孫娘のためにガイアは七十代のその老体に鞭を打ちながら奔走する。





 しばらく深夜の森を駆け抜けていくと、目の前に帝国専用車両が一台止まる。

 車両と言っても車輪はなく宙に浮いていて、外観はまるでステルス機のように鋭利でスタイリッシュな未来感のある代物で、故に帝国専用であるのだと一目で分かった。


「誰……?」


 追手か? 味方か? 判断がつかないガイアは背を向けて抱きかかえるレイチェルを己が身で隠す。


 静かに扉が開くと、一人の男が出てくる。


「どうもヴェンデッタさん……お急ぎでしょう? さあ、乗ってください」

「貴方は……」

「あぁ……これは申し遅れました……俺は帝国特殊調査隊の隊長をしているオールド・ローと言います。ご存知で……ないですよね……」


 オールド・ローは苦笑いを浮かべる。


「聞いたことはありますが……どうして貴方が?」

「話は車の中でしませんか? 追手が来られても困るでしょうし……」

「ですが……貴方を信用できるかどうか……」

「ですよね……まあ一つ言えることがあるとすれば……俺はイアぺトスさんと同じ考えを持ってるってことだけですかね……」


 目の前の男から何処か信念めいたものを感じたガイアは思考を巡らせる――


 此処から走ってリベルタまで行くのは到底不可能に近い……レイチェルのためにも形振り構ってもいられない……早く安全な場所へ……もうここは信じるしかない……ガイアはそう決意した。


「お願い……します……!」

「ええ……どうぞ」


 ガイアはレイチェルを抱きかかえながら車に乗り込むと、オールド・ローはすぐさま車を走らせる。


「あの……どうして私たちを……?」


 車を幾分か走らせた後、ガイアは先程の質問の続きをする。


「初代転生者のカタリベさん……あの人は基本他のことに干渉しないスタンスのはずが、よくイアぺトスさんを気にかけてたじゃないですか? それがどうも気になっちまいましてね……」

「……気になるとは?」

「ん?……いや、まあ……特に理由はないんです……勘ってやつですかね。なんか追ってれば先に進めるんじゃないかと思いまして」

「特に理由もないのに……どうしてそこまで……?」


 オールド・ローは一拍置くと、ハンドルを強く握りしめながら口を開く。


「俺はただ……今の帝国をどうにかしたい……平和に住みやすくしたい。だから俺は此処にいる……それだけです」

「そう……まだ若そうなのに大した考えをお持ちなのね……」

「フッ……ええ。俺は若いですよ。まだギリギリ……ですから」


 そう前方を見ながら笑みを浮かべると、一気にアクセルを踏んで宵闇の中を音もなく駆け抜けていった。





「ガイアさん……ガイアさん? 着きましたよ」

「う……あぁ……ごめんなさい……寝てしまっていたみたい……此処は?」

「リベルタですよ。さあ、降りれますか?」


 ガイアはオールド・ローに施され未だ眠ったままのレイチェルを抱きかかえて外に出る。

 

 裏通りだろうか……辺りは家屋が所狭しと建ち並んでいることからか日の光が遮断されていて、人の往来がなく閑散としているといった印象だった。

 そして眼前にも同じような造りをした家が建っていて、それを指差しながらオールド・ローは言葉を続ける。


「ここ使ってください。まあ……外装は小汚いですが、中はちゃんと手入れしてあるんでご心配なく。生活必需品もある程度揃ってるんで好きに使ってください」

「え……いいのですか? ここまで用意していただけるなんて……」

「用意するっていうか……元々あったほとんど使ってない別荘を提供しているだけですから。ここなら目立たなけりゃあ、そうそう見つかることもないでしょうし」

「何から何まで……本当に感謝のしようもございません」


 レイチェルを抱きかかえたまま、疲労しているその体を曲げて、深々と礼をするガイア。


「やめてください。感謝されるようなことは何も……俺が先読みできてたら、もう少しマシな展開になってただろうし……すみません」


 オールド・ローもまた深々と謝罪の意を示す。


「とんでもないです! 貴方様のおかげで……この子が無事だったんですから」


 ガイアは眠っているレイチェルを見つめ、微笑みながら頭を撫でる。


「そう……ですか。それじゃあ、俺はもう帰りますんで……ここで」


 オールド・ローは帝国専用車両に乗りむとガイアが駆け寄り声をかける。


「本当にありがとうございました! このご恩は一生忘れません! それと……貴方様ならきっと……帝国を変えてくれると信じています。だから……頑張ってください」

「ええ……それじゃあ」


 オールド・ローは笑顔で答え、ドアを閉めると車両を走らせる。


「ああ……どれだけ時間が掛かっても、きっと変えて見せる。俺には時間が……にあるんだからな……!」


 車内で一人……オールド・ローはそう決意した。


 

 過去は最後のページを巡る――

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