第23話 己が力、解明せし 前編

 人の噂も七十五日という言葉があるが、半日も経たない内に噂が切り替わるというのは、如何なものだろうか? 


 あれからオレは周りの連中に散々卑怯者呼ばわりされ、挙句の果てにぶっ壊した扉を弁償しろと言われた。仕方ないからと気絶している大男から金を拝借し、それを渡すと更にブーイングが起きてしまい、又もやSPDから追い出されてしまった。その結果、今は帰路に就いている……というのが現状である。

 

 どうにも納得のいかないオレは、あれやこれやな愚痴をレイにこぼすと――


「そりゃあ、そうでしょ。普通に真正面から戦ってれば、旦那の名声はさらに上がったでしょうに……どうしてそういうことするんですかね?」

「いやぁ、一発で伸したらカッコいいかなぁ~、と思ったからやっただけであって……それにあんだけ無防備な背中を見せられたら、蹴り飛ばさないと逆に失礼っていうかなんていうか……分かるだろ?」


 ジト目で口撃してくるレイに、オレは唇を尖らせながら粛々と説明する。


「分かりませんねぇ。少なくとも旦那が生粋の卑怯者だということは分かりましたが……」

「戦いに卑怯もクソもあるかよ。勝てばいいんだよ、勝てば……これも戦略さ。それをアイツらは分かってないのさ」

「あらあら、そんなこと言っていいんですか旦那? もう少し周りを見た方がいいですよ?」


 そう言われ周りを見渡すと、三人組の奥様方が此方を見ながら、ひそひそ話に夢中になっていた。


「ほら奥さん! あれが噂の……」

「あぁ……今話題の、卑怯な男とかいう人? でも私は魔帝を退けたって聞いたけど……」

「あーそれはないない! デマだったのよ、デマ! だって見るからに卑怯って感じじゃない? バカそうな顔してるし……」


 ぐぬぬ……! あのクソババア共、言いたい放題言いやがって……! これだったら嘘でも『魔帝を退けた男』って噂の方が百倍マシだったぜ……!


 オレは行き場のない怒りを、何とか気を落ち着け、飲み込もうとするが――


「ねえねえ! こいつだろ? ひきょうものって!」

「うん! ママがいってた! おばかそうなかおしてるって!」


 ――追い打ちのように現れたのは、小っこい男女のガキんちょ二人組。

 

 どうして子供ってのは、わざわざ目の前に来てまで、ディスってくるのでしょうか? ああ、そうですか! つまりアレですか! 喧嘩を売ってるんですか! いいでしょう! そういうことならやりましょう! やってやりましょう!

 

『おいガキ共……オレはガキが大っ嫌いなんだ……! これ以上おかしなことを言うなら二人とも……鍋にブチ込んで食っちまうぞおおおおッ‼』


 大人げない僕ちんは子供の何気ない無邪気な刃に、顔を鬼のように変形させてガキ共を威圧したが――


「「きゃはははは! こわーい! にげろー!」」


 ――何故か楽しそうに逃げて行った。


『二度と来んなあああああッ‼』

「全然怖がってないじゃないですか……完全にマスコットですよ、それ。もうそっちの路線で行った方がいいんじゃないですか?」

「誰がマスコットじゃ! 冗談言うな! さっきも言ったがオレはガキが嫌いなんだよ! 大体な――」

「おっと愚痴はその辺で。もうア・プレストに着きましたよ旦那。ここは切り替えていった方が、いいと思いますよ?」


 うむ、確かに。ここでババアに色々ツッコまれるのは、かなり面倒そうだ……もうバッシングは懲り懲りだしな。そう思ったオレはレイの意見を尊重しつつ、濁流のように溢れ出そうな愚痴を何とか押し込みつつ、未だに壊れたままの扉から宿屋に入る。


「おーい、帰ったぞ~い」

「あ! お帰り~。どうだった? お腹いっぱい食べられた?」


 相変わらず天使なイニーちゃんが、テーブルを拭きながらお出迎えする。この子だけが唯一の癒しだ……


「あーそうね……食べた、食べた。いっぱいね……」

「なんだい、ダン。随分煮え切らないねぇ。まさか……余計なことでもしてきたんじゃないだろうね?」


 先程の騒動で荒れたカウンター回りを整理していたリリーは、顔を上げながら鋭い眼光で疑り深げにこちらを見る。ぐっ……察しがいいな……


「いやぁ、別に? ただ、お腹がいっぱいになって、ちょっと眠くなったかなぁって……え? 何ですか? 逆に何ですか?」

「……レイ、説明しな」

「はい……実は――」


 リリーの気迫に押されたレイは、速攻でペラペラと事細かに、SPDで遭ったことについて喋り出した。コイツはもう少しオレの肩を持つとか、そういう考えはないのだろうか? そんなんで仕事のパートナーと言えるんでしょうか?


 一頻り説明を聞いたリリーは、頭を抱えながら見事な呆れ顔を披露なさった。


「バカだねぇ、アンタは……どうしてそう卑怯なんだい! アタシは頭が痛いよ……」

「別にオレは悪いことなんてしてないぞ! 絡まれていた女の子を助けるために悪党をぶちのめしたんだ! 感謝されこそ卑怯者呼ばわりされる筋合いはなーい!」

「やり方ってもんがあるだろうが! このバカちんが!」

「知りませ~ん。意見なら事務所を通してくださ~い」

「テメエの事務所は此処みてえなもんだろうが! そういうとこ頭使えって言ってんだよアタシは! ったく……そんなんでアンタ、SPDで仕事していけんのかい? まさか会員登録まで抹消されてないだろうね?」

「フン、その心配には及ばねえよ! そもそも会員登録なんてしてないからな!」

「してないって……レイ、アンタ教えてないのかい?」

「いえ、教えたんですが……」


 哀れみの視線でこちらを見るレイに、思わずばつの悪そうな表情になるオレ。


「しょ、しょうがないだろ⁉ 能力が上手いこと発動しなかったんだから……そんな目でオレを見るな!」

「ハァ……それはしてないんじゃなくて、出来なかったの間違いだろう? まったく……能力は使いこなせない、仕事もない、挙句の果てに卑怯者。とんだバカちんを拾っちまったねぇ」

「うるさあああいっ! これ以上オレを責めるなあああっ! うええええんっ! イニえもおおおんっ、ババアがイジメるから慰めてえええんっ⁉」


 イニーちゃんはオレを優しく抱きしめて「おーよしよし」と、まさしく天使のように包み込みながら頭を撫でてくれた。もうこの世界で信じられるのは、この子しかいない! 外の世界は怖いんだ……


「情けないねぇ……このバカちんが……」

「女がちんちん、ちんちん言うもんじゃありません! もっと恥じらいを持ちなさい!」

「テメエはまず自分の現状を恥じらえ、このアホんだらッ‼ まったく……この有り様じゃ、仕事にもありつけやしない。とにかく力を使いこなす方が先だねぇ……」


 頭を抱えるリリーは、鋭い眼光をより鋭くし、溜息交じりにオレを見据えた。

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