第22話 卑怯な男
レイから出た言葉に幾分か肩透かしを食らい、オレは目をパチクリさせながら固まってしまう。
「あれ? 旦那……聞いてます?」
「あぁ……聞いてるけど……え? ないってどういうことだよ? 賞金首なんだよな?」
「ええ。一応、四百億までは懸賞金が懸けられていたんですがね。あまりにも悪事を働きすぎて、これ以上は帝国の国家財産がすっ飛んじまうということになって、結局懸賞金は廃止になりました」
まさかの予想外。懸賞金が限界突破するという展開である。
「一体何をやらかしたらそうなるんだ? えらい転生者もいたもんだ……」
「あ、ちなみにディエス・マッドナーは転生者じゃありません。この世界の人間なので、お間違いのないように」
「えぇ……転生者よりもヤバい奴って……いよいよもって転生者の存在とは何ぞやって感じだな」
「全くもっておっしゃる通りですね。さて、何故ここまでの男になったのかを説明します。大事なことなので、しっかり覚えておいてください」
身を乗り出しながら、やたらと語気を強めるレイに、オレは少し身構えてしまう。
「まずマッドナーが行ったこと、それは……『生命エネルギー』の創造。その者の生命力を活性化させ、寿命をある程度延ばせるというものです」
「………………」
「それによりこの世界の平均寿命は延び、皆が長生きできる世界が訪れました。ある一人を除いては……」
「………………」
オレは決して神妙に聞いているとか、そういう訳ではなかった。いきなりぶっ飛んだ話がきて、只々茫然としていただけだった。
「マッドナー自身は長生き出来なかった……不治の病だったんです。原因は分からず、誰にも治せなかった」
「……でも、アイツは生きているじゃねえか。立派な爺になってる」
「ええ。今やもう九十歳を超えるご老体なんですが、一時期行方をくらましていましてね。その時に彼は死んだという噂が流れたんです。しかししばらくすると、ひょっこり帰ってきた……全快の状態でね」
「ほう……そりゃまたなんで?」
「それは彼が『再生技術』を引っ提げて戻ってきたからなんです。おそらくそれを使って、自分の体を作り替えたんだと言われています」
「再生技術って、オレみたいな能力ってことか?」
「旦那のように高速で再生させるのは無理でしょうけど、それでも十分な力があるのは事実です」
おいおい、遂にオレのアイデンティティまで奪われるのか。なーにが転生者は他の奴が出来ないことをするのが使命だよ……やる事ねえじゃん。
オレは背もたれに体を預けながら鼻でため息をつき、幾分か気だるげな態度を示しつつも質問を続ける。
「なんかさっきから聞いてるとマッドナーって、この世界に貢献してるようにばっか感じるんだが、狂学者って名が付くくらいだ……当然ここで話はお終いって訳じゃあねえよな?」
「その通り。それだけの技術を生み出すには当然、犠牲がつきものです。詰まる所……実験体ってやつです」
「ハッ、王道だね~……マッドサイエンティストにありがちだな」
「彼は元々、帝国所属の科学者だったんですが、マッドナーの実験は倫理的に問題がありすぎて帝国でも反対派が多かったんです。だからマッドナーは自分の意にそぐわない者を片っ端から殺害するよう命令を出し、そいつらの家族は生きたまま実験体送りにしたんです。そしてそれを陰で実行していたのが……黒騎士という訳です」
黒騎士……オレはテーブルの上に広げてある手配書を手に取り、もう一度目を通す。
「黒騎士の目的が何なのか……何故マッドナーと組んでいるのかは分かりません。ですがマッドナーのバックにはいつも黒騎士がいたそうです。だからこの二人組は特に危険視されているんです」
賞金首ってのは、どいつもこいつも単独行動だと思ってたが、こいつらは例外みたいだな。爺に手を出すなんてことがあれば、バックにいる黒騎士が飛んでくるって訳か……ん? 待てよ……
オレはその瞬間――ラスト・ボスの発した、ある言葉が脳裏をよぎる。
――フッ……遠慮しておく……しかし、いつの間にか役者がそろってるな……六人……いや……七人か……――
よくよく考えてみれば、あの場所には六人しかいなかったはず……ってことは、あそこには黒騎士も来てたってことか……⁈
時間差で明かされた事実に、妙な鳥肌が立つ……なんだか気分が悪い。
「と、まあ説明はこんなところですかね。随分と口酸っぱく言いましたが、これは旦那のためでもあるんです。今、名を挙げた奴らはハッキリ言って次元が違います。間違っても喧嘩を売ろうなんて思っちゃあいけません。例え旦那が不死身であろうと……むしろ最後に紹介したマッドナーに関しては、それをいいことに実験体送りにされるのがオチです。九十の爺と甘く見て行方不明になった奴は数知れず。あっしとの仕事もあるわけですから、努々お忘れなきようお願いします」
結局そこなのね。せっかく捕まえた人材が犬死なんてしたら、自分の仕事に支障が出るから先に釘を刺したって訳か。まあ、言われんでもこんなヤバそうな奴らに喧嘩なんか売らんさ。精々オレが喧嘩を売るのは――
「ちょっと! 離しなさいよ!」
「いいじゃねえかよ! オレと遊ぼうぜ、なぁ?」
――フッ……ああいう奴さ。
後ろを覗くとブロンダが、どこぞの大男に右手を掴まれながら絡まれていた。
「ちょっとくらい、いいだろ? 悪いようにはしねえからよ?」
「いい加減にしなさいよ!」
――バチンッッ‼
ブロンダの左手から繰り出された平手打ちは見事、大男の頬をクリーンヒットし、ギルド内に響き渡る程のいい音色を奏でた――っていうか手、上げるの早くね? 威勢がいいっていうか、なんていうか……嫌いじゃねえけど。
「……おい。俺はシーフズの幹部に決まったばっかの男なんだぜ? その俺に対してこの仕打ちはねえんじゃねえか? あぁ⁉」
またシーフズか……話題に事欠かないねぇ。他にやる事ねえのか?
「――ヤバッ」
そう言ったのは目の前に座ってるレイだった。フードを被り、口元を布で覆い、身を隠すかのように下を向いていた。
シーフズは盗賊ギルドでレイも盗賊。何らかの関係があるかとは思ってたが……どうもバレたくないといったご様子だ。しょうがない……訳は知らんが、ここは追っ払ってやるか。
オレは気だるげに「よっこらせ」と言いつつ席から立ち上がり、欲しいものが手に入らず駄々をこねている子供の如く喚き散らしている大男の下へ向かう。
「おいおい、やめとけって。シーフズってのは女を襲うしか能がねえのか? ワンパターンな奴らだな」
「あ? テメエには関係ねえだろ! すっこんでな!」
「そうよ! 邪魔しないでくれる!」
なんでコイツにまで言われなきゃならんのだ。こっちは助けようとしてんだぞ?
「まあまあ、いい女がわざわざ手を煩わせる程の奴じゃねえだろ? それにオレはやっぱ、こういうクズ相手にしてる方が性に合ってるみたいだ」
いい女と言われたのが嬉しかったのか、ブロンダは頬を赤らめながら「……フン、好きにすれば!」と、素直に引き下がった……ちょろすぎないかコイツ?。
「おいおい……喧嘩だぞ」
「あ! 噂のあの人よ! キャー!」
「おお! 間近で能力見れるかも!」
噂が噂を呼び、人だかりができてくる。いいねぇ……気分が乗ってくるってなもんだ!
「そうか……今、街中で噂になってる奴ってのはテメエのことか。ハッ、噂なんぞに踊らされやがって。こんな弱そうな奴が魔帝を退けるなんて嘘に決まってんだろうに……なあ?」
「そうかい。そう思うなら、ちゃっちゃとやろうぜ? 此処じゃ迷惑になるから……外に行こうか?」
オレはあくまで冷静に紳士的に、まるで執事のように「どうぞ」と扉の方を手で指し示し標的を誘導する……当然これは戦略。
「上等だ……!」
自信満々な標的を先に行かせ、オレはその後に続く……これも戦略。
少し歩き出入り口の扉に差し掛かるころ、オレは止まり標的と距離をとる。そう……今コイツの背中はガラ空きッ!
「隙ありィィィッ‼」
オレは叫びながら勢いをつけて仰向けに高く飛び上がり、そろえた両足で思いきり標的の後頭部にドロップキックをブチかます‼
「――ブヘェァッッッ⁈」
標的は扉をぶち破りながら吹き飛ばされていき、外の大通りまで転がっていった……これぞ完璧な戦略!
「ハーハハハハハッ‼ よそ見してんじゃねぇぞ、バカがあああッ‼」
そう……今のオレは度重なる噂で完全に調子に乗っており、それによって優越感が臨界点を突破したオレの鼻は、天狗の如く伸びに伸びていた。これは比喩表現ではなく実際に伸びていた。体中を変形できる力があるので、この程度は造作もなかった。
いやぁー参ったな。一発で伸しちまったよ。こんな姿を見せちまったら、もう完全に女の子にもモテモテ。名声も鰻登りってなもんよ。
自分の高揚感を隠しきれず、ほくそ笑みながらオーディエンスの方を振り返ると――
「「「……………………」」」
――何故か無言の圧力が広がっていた。
「えっ? あれ? どったの……?」
先程までの盛り上がりがまるで嘘かのように、周りの連中から軽蔑の視線が向けられ――
「卑怯だ……」
「卑怯よ……」
「なんて卑怯なんだ……」
――口々に卑怯呼ばわりされてしまう。
「「「卑怯な男だ……!」」」
「あれれ~……? おかしいぞ~……?」
そんな訳で何故かオレの肩書は、『魔帝を退けた男』から一瞬にして、『卑怯な男』に成り下がったのであった。
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