第19話 新たな名前、届かぬ想い
〈パターンWの消滅を確認。SPD特別待遇所属、皇氏により安全が認証されたため緊急警報を解除します。住民の皆様のプランAによる拘束の解除を承認。御自宅への帰還を許可します。繰り返します――〉
緊急警報が解除されたアナウンスを聞きつつ、新たな決意と共に宿屋に入ると、我らが大天使イニーちゃんがお出迎えだ。
「大丈夫だった? 外、大変なことになってたけど……ケガとかしてない?」
「ああもう余裕だった、余裕だった! ほら見てよー、傷一つないぜ!」
オレは自信に満ちた笑みを見せつつ、両手を広げて一回転して見せた。
「すごーい! 強いんだね、キミって!」
「まあね~、なんせオレは手からビーム出せるタイプの男だからな! 本気を出せばこんなもんよ!」
オレはまるで〇パルサー・レイを放つ、どこぞの鉄男のような気分でポーズをとる。
「ビーム出せるの⁈ いいなぁ、私も見たいなぁ~」
「えっ、そう? じゃあ……今夜オレの部屋に来る? 夜のビームならまあ……出せないこともないけど?」
「本当? うん、分かった! じゃあ今夜お部屋に行くね!」
ヨシッ! ヨッシャッオラァッ! 来たぜ、来たぜ! オレの時代がよぉ!
ようやく来たチャンスにオレは、再生しきった左腕を天高く上げ、ガッツポーズをする。嬉しさも止まらなければ涙も止まらない。
「切り替えが早いのは嫌いじゃないと言ったが、早すぎるのも考え物だねぇ……あぁ、あとイニーに手を出したらアンタの首もぎ取って玄関の装飾にするからね」
真顔で言うリリーからは何処か殺意めいたものを感じ、先程降臨したラスト・ボスの如き寒気がオレを襲う。
「怖いな表現が……冗談だよ、冗談。そんなことよりイニーちゃ~ん、飯まだー?」
「ごめ~ん。さっきの騒動で、食材が置いてある棚が倒れちゃったりして、全部ダメになっちゃったの……」
「えええええっ⁈ じゃあ、飯は? どうすんの?」
「う~ん、外で済ましてきちゃった方がいいかも!」
イニーちゃんは人差し指をピンと立てながら、満面の笑顔で元気いっぱいに答える。そんな可愛い仕草で言われると……もう何の反論もできません。
「つっても金ねえし、どうすっかな……」
よくよく考えてみれば、もう随分と飯を食っていない気がする。いくら不死身とはいえ、腹が減っては元気が出ん。この問題を後回しにする訳にはいかんな……そんな新たな問題に頭を悩ましていると、ようやく見知った奴が宿屋にご来場なさる。
「すみません……ここに頭が空っぽそうな変態男来てませんか?」
「おっ? レイじゃん」
「あ、旦那! 良かった~無事だったんですね!」
我が相棒、レイ・アトラスが久しぶりの登場である――っていうかコイツ、随分失礼な言い方しなかったか? オレとしたことがツッコむタイミングを見逃してしまった……腹が減ってどうも頭が回らん。
「あ、レイちゃんだ! やっほ~」
イニーちゃんは相変わらずの天使っぷりでレイを迎え――
「おお、レイか……アンタら知り合いだったのかい?」
――リリーも相変わらずのババアっぷりで対応していた。
「どうもリリーさんにイニーさん、お久しぶりです。旦那はあっしの仕事仲間なんですよ」
「ほう……不思議な縁もあったもんだねぇ」
感慨深げな態度で腕を組むリリーに、オレも心の中で同意していた。
こいつら前から知り合いだったんだな……確かに不思議な縁だ。
「それより皆さん、大丈夫でした? 魔帝ラスト・ボスが降臨したんですよね?」
「ああ、一時はどうなるかと思ったが……期待の新人が追っ払ったからねぇ」
追い払ったつもりはないんだがな……それでもリリーはオレの方へと指をさす。
「新人って……旦那がですか?」
「あー、その話はもうとっくに終わってんだよ。そんなことよりオレは腹が減って死にそうだ……」
死なねえけど……多分。
「あ、そうだレイちゃん! この子に何か食べさせてあげてくれないかな? 随分と食べてないみたいだし。うちはほら……今、色々あって何もないからさ?」
イニーちゃんは両手をパチン! と合わせながら、思い出したかのように話を戻してくれた。流石は我らが大天使イニエル。ありがたや……
「そうですね……あっしも色々聞きたいことがありますし。ついでに何か食べに行きましょうか?」
「話が早くて助かる。そうと決まれば、さっさと行こうぜ!」
オレはレイの肩を叩きながら、足早に宿を出て行こうとするが、「ちょっと待ちな」とリリーに呼び止められる。
「……なんじゃい」
「なんだじゃないだろう。アンタ、名前どうするんだい? 無いと不便だろう?」
「そりゃあそうだけど……そんなん後でよくないか?」
「よかないさ。
腹が減ってそれどころじゃないんだがな……気づけば三人とも興味深そうにこちらを注目している。どうやらここで決めないと、先へは行かせてくれないらしい。さて、どうしたものか……
「う~ん、そうだなー……じゃあ、『ライジング・ディメンション』ってのはどうだ?」
「ダサッ! やめた方がいいですよ……絶対後で後悔しますって!」
「うっさいわ! お前らが決めろみたいな空気出すから決めてやったんだろうが! あとオレは普通にカッコいいと思ってるからな! 余計なお世話じゃ!」
「えぇ……」と言いつつレイは露骨に嫌そうな表情をする。そんなにダメかね? まあ、正直名前なんてどうでもいいんだがなオレは……
「……なら、ダンでどうだい?」
そんなオレの態度を察してか、リリーが新たな名を提案してきた。
「は? なんで?」
「レイに旦那と呼ばれてただろう? だから略してダン。それでいいんじゃないかい?」
「安直だなー! やっぱりアレか? この世界に来るとネーミングセンスが壊滅的になる呪いにでもかけられるのか?」
「旦那が言えた義理じゃないですがね……」
レイは相変わらずの呆れた態度というかなんというか……否定的な目でこちらを見る。
「いやいや、それだったらオレのライジング・ディメンションの方が幾分かマシだって!」
煮え切らない態度のオレに、イニーちゃんが可愛らしい表情で、リリーの意見を後押しする。
「えー、私はいいと思うけどなぁ? ダンちゃんって、シンプルで呼びやすいし!」
「え……そう? まあ、イニーちゃんがそう言うなら……そうする?」
オレの節操のない態度に、流石のリリーも呆れたのか、溜息をつきながら続ける。
「じゃあ決まりだ。アンタはこれから『ダン・カーディナレ』と名乗りな」
「カーディナレ……? ちょい待ち。何で下の名前まで合わせんだよ?」
「当たり前だろう? アンタはもうアタシの管理下にあるんだ。その名を刻むことこそ、その証拠。半端な覚悟じゃ許されないよ。だから……」
リリーは一拍置くと……
「いい男になりな!」
まるで年を感じさせないかの如き弾ける笑顔で、決め台詞のように……そう言い放った。
「……なんだそりゃ? そんなもん知らん。オレはオレのやりたいようにやる……自由にな。行くぞレイ!」
「あっ、はい!」
いい加減空腹が限界を迎えていたオレは、リリーのその表情を最後まで見ることなく、レイを連れて宿屋を出て行こうと動き出す。壊れた扉からは暖かな光が差し込み、新たな旅路を祝福しているかのようだった。
なんだか簡単に決めてしまった気がするが……まあ名前なんてのは何だっていい。問題はどう生きていくか。そう、生き様ってやつだ。
という訳で、オレの新たな名前がめでたく決定した。
ついでに住む場所も決まった。
オレはこれからこの場所で、この名前で生きていく……ダン・カーディナレとして。
《第六十一代転生者 ダン・カーディナレ》
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