第18話 断ち切る因果

 世界の脅威――魔帝ラスト・ボスが去ったことで、先程まで辺りを支配していた禍々しい空気はなくなり、いつの間にか雪も降りやんでいた。 


「結局何だったんだよ。蚊帳の外かい……オレは……」


 独り言のようなオレの愚痴に、皇という男は横に立ち並ぶと、口角に微笑を浮かべる。


「そんなことないさ。今回の一件は小僧……お前が中心だった。だから、そう不貞腐れるな」

「そう思うなら説明の一つでもして欲しいもんだね。どいつもこいつも意味深にはぐらかしやがるからよ」

「うむ、教えてやりたいのは山々だが……実のところ先程のラスト・ボスの言動で、ようやく俺も確証を得たばかりでな。偉そうなことは何も言えんのだ」

「じゃあ言うなよ。喧嘩売ってんのか?」

「フッ、随分オーラが荒れているな。奴と呼応したからか……まあ、そう殺気立つな。お前のはシャレにならん。代わりと言っては何だが、この世界で生きやすくなるよう手配しておいてやる。こう見えて俺の発言力は絶大だからな」


 どういう意味か聞こうと思ったが、どうせまたはぐらかされるに決まってるので、やめておくことにした。これ以上無駄な会話をするとさらに荒れそうだ……

 

 そんな思考が表情に出てしまっていたのか、オレは皇を睨みつける形になっていた。だが当の本人はというと、そんなこと露知らずといった感じで、終始ダンディな態度を崩さないままリリーの方に向き直る。


「じゃあリリーさん。俺はギルドにこのことを報告してくる」

「ああ、助かったよ皇。後は頼んだよ」

「ではこれで……小僧もな」


 皇は微笑みながらオレに視線を向けると、肩で風を切るという表現が似合う程の、颯爽とした態度で去って行った。いちいち様になってるのが余計に腹立たしい……


「ぐがあぁー……ぐがあぁー……」


 先程登場したばかりの個性あふれるこの爺は、もういびきを立ててご就寝のようだ。ただの爺なのか……余程の大物なのか……


「では、私はマッドナー氏を家まで送って行くとするよ」


 カタリベは車椅子を押しながら立ち去ろうとするが、いまいち状況を把握できないオレはその背中を呼び止める。


「ちょっと待ってくれや、カタリベさんとやら。結局さっきのって何だったんだ? 皇とかいう奴は何も教えてくれないしよ。ラスト・ボスと話してた感じ、アンタ色々知ってるんだろ? 説明とかしてほしかったりするんだけど?」

「……いずれわかるさ」


 カタリベは振り返ることなく端的に答えた。


「いやいやいや、そういう意味深な感じじゃなくってさ。もうちょいストレートに教えてほしいんだけど……」


 オレの願いを聞き入れてくれたのか、今度は振り返りつつストレートに口を開くが……


「では、お前の今後の動き方次第で世界の命運が決まる……と言ったらどうする?」

「え……?」


 要領を得ない……だが、とても冗談を言っているようには見えない。そもそも初めて会った奴に何でそんなことを言うのか……と思ったんだが、どうも初めてという感じもしない。さて、何故だろうか? オレが思案している最中もカタリベは、その切れ長の目で真っ直ぐにこちらを見据えている。どうやらこの男……本気で言っているらしい。そういうことなら答えは一つ。本気で来る者には本気で応える……それがオレの流儀だ。


「そうかい。もしそうなら……この世界は安泰だな」


 自信満々に言い放ってやったオレに、カタリベは一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに目を閉じてその表情を和らげる。


「フッ、相変わらずポジティブな男だ。それでいい……そのまま進んでいけ。そうすれば全て上手くいく」

「お、おう……」


 カタリベは又も意味深な言葉を残すと、マッドナーを乗せた車いすを押し、振り返ることなく去って行った。どこか満足気そうに……


「ハァ……結局よく分からなかったな」


 この世界に来てから分からんことだらけだが、今回はその中でも最たる例だな。次から次へと湧いてくる情報に、思考が錯綜し始めて少しばかり辟易する。挙句の果てにうんうん呻り始めもし、傍からもそう見えていたのか、リリーが声をかけてくる。


「何呻ってるんだい? さっさと宿に入んな」

「……へ~い」


 オレは気の抜けた返事をしつつリリーの後に続く。


「あ、そういえば試験はどうなったんだ? 色々茶々が入ったけど」

「あぁ、合格でいいさ」

「いいのか? 追い返したのかどうか微妙なとこだが」

「ガキはこの世の宝……それを助けたんだ。その時点でアタシは合格にするつもりだったさ」

「そう……か……」


 ガキを助けたか……オレの身体はあのとき一度止まった。アレが何だったのかは未だに分からない……思い出せない。だからオレの心の奥底にはまだ黒いしこりがある。この黒いモヤモヤがさっきからオレを妙にイラつかせる。このままではいけない……そう思った矢先――


「あの……お兄ちゃん?」


 先程助けた少女が話しかけてきた。逃げてなかったのか……いや、逃げる暇もなかったか……あの状況じゃ。


「……何か用か?」


 オレは振り返らずに横顔だけ見せ、しかし視線は向けずにそう答えた。


「あのね……さっきは助けてくれてありがとう!」


 助ける……か……そんな余裕はなかった。


「あの……先程は娘を助けていただいて本当にありがとうございます」


 娘……どうやらこの子の母親らしい……気づかなかった。


「別に……オレは目の前の気に入らない奴を殴っただけだ。この子はついでさ……」


 オレはいつも通りのセリフを言う……が、今回に限っては本当の意味でその通りだった。


「お兄ちゃん強いんだね! すっごくカッコ良かった!」

「……そうか」


 いつもならもっと言葉を返すところだが、今のオレは……この会話を早々に切り上げたかった。


「あの……なんとお礼をしたらいいか――」

「それよりも自分たちの心配をした方がいいんじゃないか? 家、この辺なんだろ? これだけの被害だ……戻った方がいいだろ」

「でも――」

「さっさと行きな……二度は言わねえぜ」


 強引に会話を断ち切ったせいか、母親と少女は少し戸惑いつつも、再度お礼を言って立ち去って行った。


「どうした? 汗びっしょりで……それに、なんて顔してんだい」


 リリーにそう指摘されたオレは、宿屋の窓に映る自分の姿を見る――

 

 まるで鬼の形相……


 自分の顔もそうだが、何処かラスト・ボスと似たような黒紫色のオーラが、そう形作っているように垣間見えた。今にも黒に飲み込まれそうなそんな表情に、オレは戸惑いを隠せなかった……自分はこんな人間に見えていたのかと。


「ハァ……アンタの過去に何があったかは知らない。アタシも色々あったからねぇ……」


 見かねたリリーは宿屋の壁に背を預け、穏やかにオレに語り続けていく。


「でもね……ある男が言ってた……『そんなもん放り投げちまいな! せっかく生まれ変わったんだから、いい方に考えろ!』ってね」

「……つまり逃げろってことか?」

「捉え方は人それぞれさ。そいつが言うには『別の道を歩んでるだけ』らしいがね」


 なんだそりゃ……何の解決にもなってねえ……と思ったが、何故だか妙に心の中にスッと入ってくる言葉だ……気分が和らいでいく。


「フッ……」


 オレは吹っ切れたような笑みを浮かべながら、バゴンッッ‼ と宿屋の壁に思いっ切り頭突きをする。額からは血が流れ、痛みが走るが、今は何処か心地いい。


「どうした? 気でも狂ったかい?」

「違ぇよ……ケジメだよ、ケジメ。これからこの世界でバシッと生きていくっていうな!」


 ようやく今までの調子が戻ってきたのか、額の血を拭きとりつつ笑顔でそう答えた。


「切り替えが早いねぇ……アタシは嫌いじゃないよ」

「当たり前だ! オレはポジティブな男だからな!」

「フッ、そうかい。でもちゃんと直しておくんだよ? その壁」


 親指で壁をさした後、リリーは宿屋に入っていく。壁を見るとドデカい亀裂が入っていた……


「フン、これくらいじゃねえとな……」


 オレが壁に触れると入っていた亀裂が、稲妻を迸らせながら綺麗に修復していく。それを見ながらオレは自分の心の奥底で語りかけてくる想いに耳を貸す。


 逃げろ……逃げ続けろ……この黒に飲み込まれてはならない……と。


 何故そう思うのかは分からない……だが、オレが不死になってまでこの世にとどまり続けるのには、何か理由があるはずだ。


 上等だ……それならオレは……必ず逃げ切ってやる。



 そうさ……オレはこの世界に……『自由』になるために来たんだ。

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