第17話 魔帝ラスト・ボス

 魔帝ラスト・ボス――


 世界を数秒で制圧できるほどの力を持っているとされる絶対的な存在。

 随分昔に消えたと聞いていた、その存在は今……目の前に降臨した。

 見た目はひ弱なおっさんのはずなのに、今では王者のたたずまいを醸し出し、他者を屈服させ、絶対に勝てない、逆らってはいけない、目の前にいることすらおこがましいと心の底から思わせる存在感があった。

 

 当然会ったことなどない。


 だがわかる……わかってしまう。


 目の前にいるこの存在は……本物だと。


 その化け物じみた存在が原因で周りの気候に影響が出だしたと、リリーはそう言う。

 この世界に四季があるとするならば、先程までの季節は春。暑くもなく寒くもない、非常に過ごしやすい陽気。

 だが今は、先程のまでの快晴が噓のように暗雲が立ち込み、凍てつく空気が辺りを支配している。


 ただ雪が降っているから寒い……そういうことでは恐らくない。


 例えるならこれは……絶望が降り注いでいる。


 世界自体が震えているんだと……そう……ひしひしと肌で感じる。

 

『道理で寝覚めが良いと思ったら……そうか……お前だったのか』


 ラスト・ボスはこちらを見つめる――


 ――‼ なんだ⁈ この威圧感は⁈ オレか? オレに言っているのか⁈


『そう……お前に言っているんだ……ダン・カーディナレ……』


 ダン……カーディナレ……? なんだ……それ……?


『おっと……まだ名前はないのか……先走りすぎたな……やり直すぞ』


 時空が歪む――





『そう……お前に言っているんだ……名も無き男よ……』


 なんで……オレに……? なんの関係が……?


『お前も俺と似たところがある……故に呼応した……呼び覚まされてしまったのだ……』


 何……言ってんだ……? っていうか心を……読まれてる?


『しかし、もうお前が転生してくる時代か……長いような、短いような……まあ、俺にとって時間なんてあってないようなものだが……』


 クソっ……勝手にペチャクチャ喋りやがって……さっきから訳の分からんことを……


『さて、もっと話していたいところだが……そろそろ邪魔が入るころか……』


 ラスト・ボスがそう言った瞬間――


 ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥー‼ とサイレンのようなものが大音量で街に響き渡る。


〈緊急警報発令! 緊急警報発令! パターンWを確認。SPD所属の特別待遇者は誓約に従い、直ちに現場に急行してください! それ以外の人民はプランAに従い、直ちに避難してください! 繰り返します! パターンWを確認。SPD所属の特別待遇者は誓約に従い、直ちに現場に急行してください! それ以外の人民はプランAに従い、直ちに避難してください!〉


「おいおい、今度は何だ?」


 警報が終わった直後、上空から二つの影がオレたちとラスト・ボスの間に割り込む形で降り立つ。


「大丈夫か? リリーさん」

「あぁ……来たか……皇」


 向かって左側の皇はサイドをツーブロックにしつつ、トップをオールバック気味に流した茶髪と、ワイルドな顎髭を生やした見た感じ四十代くらいの男だった。


「随分穏やかじゃないことになっているな。何をやらかしたんだ?」

「さあねぇ……アタシじゃないことだけは確かさ」


 そんなオリーブ色で毛皮のロングコートをマントのように羽織りつつ、同じ色をしたスーツを身に纏ったダンディズム溢れる男は、こちらを一瞥すると「なるほど……」と呟きながら前に視線を戻した。なんだその意味深な感じは……


『皇か……最強の門番がわざわざ出てくるとは……ご苦労なことだ』

「アンタに最強呼ばわりされるのは釈然としないものがあるが……まあ、誓約があるんでな。出ざるを得ないのさ」


《第二十一代転生者 兼 賞金首俗称 偽皇帝 皇辺獄すめらぎりんぼ


『しかし、お前まで出てくるとはな……カタリベ……』


 そうラスト・ボスに話しかけられた、向かって右側のカタリベと呼ばれた男。

 真っ直ぐでセミロングな白金髪に、白いワイシャツに黒ズボンというシンプルな出で立ちの優男は、一切視線を外さずラスト・ボスを睨みつけていた。


『俺に戦闘の意思がないことくらい……お前なら手に取るようにわかるはずだ……そうだろ?』

「ああ……そうだな。だが、これだけ世界に影響を及ぼすほどのオーラを出されてはそうも言ってられない。なぜなら……お前を倒すのは私の役目だからな」


《初代転生者 兼 帝国同盟支隊 国宝人 語部伝承かたりべでんしょう


『役目ねぇ……お前がこの世界に来てから六十年程か……もういい加減自分のために生きたらどうだ? ようやく死に続ける人生から解放されたのに……』

「余計なお世話だ。自分の人生くらい……自分で決める!」


 カタリベはラスト・ボスに匹敵するほどのオーラを全身から溢れ出させると、周りの凍てついた空気を一気に換え、先程までの暖かな空気に変換した。


 まるで生命の光が辺りを包むような……そんな御業に、ただただ唖然するしかなかった。

 しかし、依然として雪は降り続いたままだ……なんなんだ? この超常バトルは?


『フン……やめておけ……戦争でもするつもりか?』

「私はそのためにいる」

『……死にたがりが』


 ラスト・ボスも禍々しいオーラをさらに溢れ出させ、まさしく一触即発の状態になる。お互いのオーラがぶつかり合い、空は暗雲と晴天が入り混じり、大地が轟く。

 

 世界の終わり……例えるとそんな状況である。しかし、それにもかかわらず何故かオレはむかっ腹が立っていた。

 

 さて、何故だろうか……? 答えは簡単……それはこのオレを置いてけぼりにしているからだ! そう思った瞬間には、オレの口は後先考えずに動いていた。


「オォォイッ‼ いい加減にしろよッ‼ さっきから勝手に話を進めやがって! 訳分かんないんだよ、こっちは‼ 説明をしっかりしろ、説明を! オレを置いてけぼりにするんじゃねえッ‼」


「「「………………」」」


 一同沈黙……


 やっちまった……つい言っちまった……こんなヤバそうな奴ら相手に。これは……死んだか? いや、不死身だから問題ないか……う~ん……でもこんな奴ら相手に生き残れる気がしないなぁ……あー怖いなぁ……やっぱりやめときゃよかったかなぁ……でも言いたいことは生きてる内に言っとかないとな……死んでも死に切れん。


『……フッ……ハハハハハハッ! すまんすまん。そうだな……主役を置いてけぼりにしちゃあいかんな。フッフッフッ……』


 ラスト・ボスはどこか嬉しそうに笑いながら禍々しいオーラを落ち着かせる。どうやらなんとかなったらしい。


「この二人相手に一括するとはねぇ……」

「フッ……そうでなくては」


 リリーと皇は驚くでもなく、納得したように笑う。


「よっ、よーし……じゃあさっそく説明を――」

「そうじゃ、そうじゃ……戦争なんぞやめとけ」


 車椅子の駆動音を響かせながらオレの言葉を遮ったのは、白髪交じりの長い髪と髭を生やしている、だぶだぶの白衣を着ているヨボヨボの爺だった。


『マッドナー博士……お前まで来たのか……』

「おーい! また新キャラかーい!」

「これだけのオーラを出されては深い眠りも浅くなろう……雪が降るなぞ『白牢の戦い』以来じゃしな……」


 ツッコミむなしく、又もやスルーされていく。聞いてた? 人の話。


『もう年なんだ……前線に出てくるもんじゃない……』

「フォッフォッフォッ、貴様に年寄り扱いされるとはのう……笑えるわ!……フォッフォッ……そんなことよりラスト・ボスよ……ワシの実験体にならんか?」


《賞金首俗称 狂学者 ディエス・マッドナー》


『フッ……遠慮しておく……しかし、いつの間にか役者がそろってるな……六人……いや……七人か……』

 

 まーたキャラが濃い奴が来たな……オレの存在感がどんどん薄れていくような気がして、なんだかいたたまれない気持ちになってくる。


「なあ? オレもう帰っていいか? 必要なくない? オレ……」

『フフフッ……すまなかったな、名も無き男よ……その必要はない。俺の方が先にお暇させてもらうからな』


 ラスト・ボスは大剣を上に掲げると禍々しいオーラが剣に集約されていき、それにより謎のおじさんを解放すると、剣だけ宙に舞っていく。


『最後に一つ……カタリベよ……そいつは大事な男だ……俺にとっても……お前にとっても……世界にとってもな……しっかり見といてやれよ』


「………………」



 


 ラスト・ボスの大剣はその言葉を最後に、空の彼方へ飛んで行った……


 


 いや……結局なんも説明せんのかい!

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