第16話 修羅の呼応、過去からの警告

「よっ! 頑張れよ青年! 俺は一足先に帰るからよ」


 オールド・ローは、カウンター席から立ち上がり、帰り支度を始める。


「何だ、もう帰んのか? 手伝ってくれてもいいんだぜ、おっさん」

「ハハッ、俺はそういうの専門じゃないから。っていうか賞金懸けてるの帝国側なのに、俺が手伝うとか意味わかんないでしょ? あと、おっさんじゃないからね。まだギリギリ二十代だから」


 立派なおっさんだと思うが……そんなツッコミを入れる間もなく、オールド・ローは去って行った。


「おいぃ! いつまで待たせるんだぁ!」


 謎のおじさんはオドオドしながら、禍々しい大剣をオレの方へと構える。


「おいおい、そんな物騒なモンこっちに向けるなよ。しっかし、何なんだ? そのラスボスが持ってそうな剣は?」

「ほっ、ほう……それくらいは知っているらしいなぁ? そう! これはラスボスの剣だぁ!」

「え、マジでラスボスの剣なの⁈ そんなモン何処で……」


 至極真っ当なオレの疑問に、リリーが解説を始める。


「ラスボス装備は、この世界の至る所にバラ撒かれていてねぇ。店頭に並ぶことも、よくあるのさ」

「えぇ……でも、そんなの一朝一夕で買えるもんじゃあ……」

「力を求める者ってのは、いくらでも金を出すものさ。たとえ借金をすることになってもね」


 借金したとしても賞金首狙うことで、帳消しにしようって作戦か……ギャンブラーの考え方だな。


「なあ、おっさん。アンタなんで力を求めた? 金のためか?」

「僕は『シーフズ』に借金があるんだよぉ! だからこれで一発逆転を狙うのさぁ!」 

「シーフズ? どっかで聞いたな……」

「この世界で一番幅を利かせてる盗賊ギルドさ。金を奪うのは勿論のこと、大事な人間を人質にし、借金地獄に追い込む……あくどい連中さ」


 オレの疑問に又もやリリーが解説を入れる。胸糞悪い連中もいたもんだ。


「だから僕はその女の首が必要なんだぁ!」

「ほーん……ちなみにこのババアの賞金額っていくらなんだ?」

「そんなことも知らないのかぁ? 八十億だよぉ! 八十億ぅ!」

「八十億ッ⁈ このババアが⁈ おいおい、マジかよ……」


 その値を聞いた瞬間、オレの体は自然と動き――


「そういうわけで、ババア。その首置いてけ」


 ――気づいたら、おっさんの隣に並び立っていた。


「テメエッ‼ 金額聞いた瞬間、裏切ってんじゃねえよッ‼」


 怒号と共に又もや空の酒瓶を投げられたが、見切っていたオレは余裕の笑みでソレを避ける。


「しょうがないだろ、八十億だし~……なあ、兄弟?」

「えっ、兄弟って僕のこと? ちょっと待ってよぉ! この女は僕の獲物だぞぉ!」


「まあ、待て待て」と狼狽えるおっさんの肩に腕を回し、オレは詐欺師かの如く耳元で囁き始める。


「いいか? いくらラスボスの剣を持っているとしても、見た感じアンタはこういうことに慣れてない。それに対し、あのババアは賞金首で強い。一人でやるには……些か辛かろう? そこでオレの出番だ。転生者で特殊能力持ちのオレと組めば、取り分は半分になるが確実性が増す。どうだ? 悪くない話だろ?」

「う、う~ん、確かに言われてみればぁ……わ、わかったよぉ。一緒にやろうぅ!」

「いい判断だ兄弟! そういうわけだババア。な~に、悪いようにはしない」


 おっさんとの即席同盟が確立した卑劣なオレは、目の前の八十億という値に分かり易く調子をぶっこく。


「ハァ……まさかとは思ってたが、ここまで卑怯な奴だったとはねぇ。先が思いやられるよ……」

 

 呆れたリリーは目の前に赤黒い魔方陣を展開させ、再び空の酒瓶を手に取ると、その中を通過させるように酒瓶を投げ入れた。


 その瞬間、暴風が吹き荒れるかの如く酒瓶が加速し、隣のおっさんの顔に――


 バシイイイイイインッッ‼‼‼


 ――とブチ当たり、その体が宙を舞うや否や宿屋の扉を破壊し、それどころか向かい側まで飛んでいくと、まるで爆破解体したかのように建物を崩壊させた。


「えぇ……何、この力……」

「で、アンタはどうすんだい? アタシを殺るんだろ?」

「……ハーハッハ! 冗談ですよ、冗談! アイツの隙を作る為に、一芝居打ったんですよ! 嫌だなぁもう! 伝わってると思ったんだけどなぁ!」


 無言によるジト目攻撃が続き、汗はダラダラ目はキョロキョロ。


「っていうか今の能力は? 凄いですね~強~い」

「余計な媚は売らんでいい。アタシもアンタと同じ……転生者さ。能力ぐらい持ってる」


《第二十代転生者 兼 賞金首俗称 地母神 リリー・カーディナレ》


「へ~、転生者だったんですね……道理で強い訳だ」


 そんなリリーの能力に唖然としている最中、向かいの建物が大きな音を立てて崩落し始める。何事かとそちらに視線をやると、瓦礫の中から先程吹き飛ばされたおっさんが白目をむき、禍々しいオーラを纏いながら起き上がっていた。


「おいおい、何なんだありゃあ⁈」

「ラスボスの力に呼応している……? おかしいねぇ、こんなこと初めてだ……」


『グオオオオオオッッ‼‼‼』


 ぐぐもった声を発しながら剣に禍々しいオーラを纏わせたソイツは、その斬撃を巨大な衝撃波として振りかぶるように放出し、地面を抉るかの如く這ってくる黒紫色の刃を、凄まじい地鳴りと共に此方へと飛ばしてくる。


「くッ……マズいッ……!」


 その規格外の力に危機感を覚えたリリーは、直ぐさま外に出ると魔方陣を展開し、飛んできた斬撃を通過させることで、その威力を減少――打ち消すことに成功した。


「おお、スゲー!」

「感心してる場合かッ⁉ さっさとアイツを止めなッ‼ このままだと街の住民たちが危ないッ‼」


 リリーの言う通りヤツは暴走を始めると、そこらかしこに斬撃を飛ばしては周りの建物を破壊し、それを見た住民たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「こりゃあ、流石に本腰入れねえとな!」


 最早ふざけてる状況ではない。オレはヤツを止める為に走り出そうとするが、横目に少女が逃げ遅れている姿が映る。


「ママァァァッー‼」


 ――その子が泣き叫んだ瞬間、ヤツはその声に反応したのか、少女の方へと斬撃を飛ばす。


「くそッ……‼」


 オレはその子を助けようと方向転換して走り出す……が――


 

 ガクッ‼


 

 ――身体が止まった……ほんの一瞬だけ……


 オレは自分のことをあまり覚えていない……大事なことは特に。だが、これは……過去からの警告。この世界に来て初めて生まれた……漆黒の意思。オレの身体は……目の前の子供を助けることを……



 拒んだ……



「動けええええッッ‼‼‼」


 オレは自分を奮い立たせながら全力で走り、ギリギリのところで少女の背中を左手で押し、何とか助けることに成功するが――


「ぐあああッッ⁉」


 ――一瞬遅れたせいでオレの左腕は、斬撃により斬り飛ばされてしまう。


 その強烈な痛みを何とか食い縛りながら飛ばされた左腕を掴み、稲妻を迸らせて巨大なブーメランに変形させると、それを叫びながらヤツの下へと全力で投げる。


 投げたブーメランは当たることなく後方に旋回し、ヤツがそれに誘導されて視線をずらした瞬間――左腕から流れる血を無数の触手へと変形させ、それを伸ばしてヤツの四肢に括り付けると一気に引っ張り、その反動を利用してオレは宙を舞うように距離を詰める。


「ガキをッ……‼」


 怒りと共に右腕に力を籠め――


「巻き込んでんじゃねえェッ‼」


 ――ヤツの頭頂部へと拳を叩き込むッ‼


 瓦礫の奥底まで貫き、風穴を開けるほどの絶大な一撃は、強烈な破壊音と共に周囲に響き渡り、そしてそれらが終わりを告げると……辺りは一転して静寂に包まれた。

 それまで立ち込めていた禍々しい空気が消え、終わったのだと察したオレは瓦礫の上から降りていく。


「中々やるじゃないか。便利な体をしているみたいだしねぇ」


 腕を組みながら迎えるリリーは、オレの左腕へと視線を落とす。


「ん? あれ、腕が……」


 オレも釣られて視線を落とすと、先程まで触手だった筈の左腕は、いつの間にか元の状態へと再生していた。


「フッ、便利な体だな……」


 ――バゴオオオオンッッ‼‼‼

 

 喜びも束の間……再び破壊音が周囲に響き渡ると、先程とは次元が違う禍々しいオーラが解き放たれ始める。そして、謎のおっさん……だった者が宙を舞った瞬間――世界の空気は……一変する。


「何だ? 急に寒く……」


 そう呟くと同時に頬に冷たさを感じたオレは……上を見上げると――


「え、雪……?」

「そんな……まさか……⁉ くッ……!」


 慌てた様子のリリーは、まるで守るかのように、オレの前に割って入る。


「おい、どうしたんだよ?」

「……この世界で雪が降ることは、決してあってはならない……奴が……『魔帝ラスト・ボス』が……戦闘態勢であることを意味するからだッ……‼」

 

 リリーの額からは冷や汗が滲み出ており、そのらしからぬ姿がオレの危険信号と鼓動を、より一層リンクさせた――


『あぁ……この状態で起きるのは久しぶりだなぁ……』



 この重苦しい、凍てつく世界の中で……

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