第15話 遅すぎた男
「お店閉めて、お買い物しちゃって良かったのかな?」
「ん? なんでだい?」
「ママ……ちゃんと言ったでしょ! 知り合いに紹介されて新しい人が来るって」
「あぁ……だって全然来やしないじゃないかい。どうせその辺の噂でも聞いて怖気づいたんだろ」
「そうかな……ん?……ちょっとママ! 血だらけで誰か倒れてるよ⁈」
「⁈……コイツが……アンタの言ってた奴かい?」
「うん……そうだと思うけど。寝てるみたいだね」
「フン……随分遅かったじゃないかい……イニー、入れておやり」
「はーい」
◆
……ん? ここは……どこだ?
目覚めるとそこはベッドの上だった。朝日が窓から差し込む中、寝ぼけ眼で起き上がると、何度目かのこの状況に自嘲する。
思えばオレ……何回このパターン繰り返してんだ? いい加減飽きてきたぞ……
そんな誰に言うでもない愚痴をこぼしつつ、オレは辺りを見渡してみる。
どこかの部屋……おそらく宿屋だよな? どうやら寝てたオレを拾ってくれたらしいな。
オレはベッドから降りた後、自分の姿に視線が移る。
「寝間着だ……オレの服は何処だ……?」
自分の服を捜そうとするが特にその必要もなく、すぐ横の小さなテーブルに綺麗に畳んであるのを見つける。いつの間にか綺麗になっていた服に着替えつつ部屋を出ると右通路は行き止まり、なのでオレは左通路を少し行ったところにあった階段を下っていく……すると徐々に話し声が聞こえてくる。
「リリーさん、そろそろ『首無し』について教えちゃもらえませんかね?」
カウンター席に座っている渋い声のその持ち主は、ぼさぼさの黒髪に無精髭で青い軍服を着てはいるが、かなり着崩している……なんかゆるい感じのおっさんだった。
「何度来ても答えは同じさ。そんな変な名前の知り合いはいないって言ってるだろう? アンタもしつこいねえ……」
そう語るのは奥のカウンターに立っているハスキーボイスのババア。グレーのアフロな髪形をヘアバンドで後ろにやっていて、花柄があしらわれた赤い七分丈なジャケットに、上下黒のブラウスとパンツを履いている、いかにも気が強そうなババアだ。
「変なとは失礼ですね。一応、俺が付けたんですよ? 何にもないと寂しいと思って。リリーさんにも『地母神』なんて大層な名前を付けてあげたんですから感謝してほしいですね」
「誰も付けてくれなんて頼んじゃいないよ」
個性の強そうな奴らを前に立ち尽くしていると、上下水色の制服に白いエプロンとリボンのカチューシャを着用し、膝丈ほどのスカートを翻すウェイトレス風の美女が、「あ! 起きたんだね!」と笑顔で近づいてきた。
青みがかった程よい長さの髪に目鼻立ち整った小さな顔。その笑顔に誰もが魅了されそうだが、どこかその目の奥に暗いものを感じて、近寄りやすそうで近寄りがたい……何を言ってるか分からねえと思うが、そんなミステリアスな魅力を持った女性だ。
「ごめんね~、お店閉めちゃってて。大丈夫だった?」
その美女はスキンシップ多めに、身体をペタペタと触ってきた。フッ、落ちたな……オレが。ハイ、もう完全に意識しました。男って単純ね~。
「どうしたのかな? ボーっとしちゃって」
「結婚してください」
「えっ⁈ いきなりだね?」
おっと、いかん……ついつい言葉が先に出ちまう。
「すいません、つい……」
「ふふっ……おもしろいね君! じゃあ、ちゃんと幸せにしてね!」
「えっ⁈ いいの⁈」
今までなら激しいツッコミを受ける所だが、まさかOKしてもらえるとは……続けてるといいことってあるんだな。
「まあ、もう少し仲良くなってからだけどね!」
「はい! ちゃんといい夫になれるように頑張ります!」
完! オレの異世界生活、完! いやー終わったね! キツイこといっぱいあったし、途中で死んだりもしたけど、最後はハッピーエンドでしっかり終わることができた! さようなら皆! オレの物語はここで終わりだ!
オレの頭の中でエンドロールが流れている途中で、やっとこさ横からツッコミが入る。
「おい! 何そんなとこでイチャついてんだい! 挨拶もなしかい?」
ツッコミを入れてきたのはザ・ババア。何をそんなに怒ってるんだか……まあ、拾ってもらったんだから挨拶ぐらいしとかないとな。
「よ! 世話になってるぜ!」
「何様だ、テメエッ‼」
――そう言いながら持っていた空の酒瓶を投げてくる!
「危なっ! 何すんじゃババア! オレじゃなかったら避けきれなかったぞ!」
「チッ……まあ、そんなことはいい。で、アンタ……覚えてんのかい?」
覚えてる? あぁ……どうやらオレの正体は割れてるらしい。
「バレてるならしょうがねえ! オレは転生者だ! ちなみに何も覚えてないぜ!」
オレが自信満々にそう告げると、ババアは一瞬目を伏せつつため息をついた。
「そうかい……取りあえずこっちに来な。腹減ってるだろう? イニー、食事を用意してやりな」
イニーと呼ばれたその子は「はーい」と言いながら食事の準備をしに、カウンター奥の部屋へと入って行った。
どうやら、あの抜群に可愛いウェイトレスの子はイニーという名前らしい……いい名前だ。
ニヤケ面で彼女の入って行った部屋の扉に視線を固定しつつ、オレは言われた通りにカウンター席に座る。
「リリーさん、この坊やは誰だい? 初めて見るけど」
隣に座っている無精髭のおっさんが、こちらを見つつ正面のババアに聞く。
このババアはリリーっていうのか……無駄に可愛い名前だな。
「あぁ、コイツは……昨日拾ったガキさ」
「へえ……拾ったねぇ……」
「奇遇だなおっさん、オレもアンタを見るのは初めてだ」
「ハハッ! そりゃあそうだろ。君は来たばっかなんだから……おもしろいね君」
野郎におもしろがられても何も嬉しくない。
「じゃあ自己紹介でもしようか。俺の名前はオールド・ロー……帝国特殊調査隊の隊長さんだ!」
《帝国特殊調査隊 隊長 オールド・ロー》
「帝国っ⁈ アンタ、オレを捕まえに来たのか⁈」
オレは慌てながら席を立ち、思わず距離をとってしまう。
「いやいや、俺はそういうの専門じゃないから安心してくれていいよ。他の奴に言ったりもしない……っていうか、そんなことできないんだよ。君はもう……リリーさんの管理下みたいだからね」
「は?……管理下?」
その意味深な言い方の詳細を聞こうとした瞬間――バタンッ! と大きな音を立てて宿屋の扉が開く。
「おらぁぁあ‼ リリー・カーディナレは何処だぁっあ‼」
裏返った声を発しながら登場したのは、白髪交じりの短髪で眼鏡を掛けた、いかにも弱そうなおじさん……なのだが……その手には禍々しい大剣が握られていて、もはや強いのか弱いのか判別がつかなかった。
「えぇ……誰、このおじさん……? っていうか、何この状況……」
「ハァ……また賞金稼ぎかい」
リリーは物憂げそうに呟く。
「賞金稼ぎ……?」
あまりの展開に状況が飲み込めずにいると、それを察してかオールド・ローが説明を始める。
「そのまんまの意味だよ。彼女……リリー・カーディナレは賞金首なのさ。だから賞金稼ぎが来るのも当然の話ということさ」
「賞金首? このババアが? なんで?」
「今から四十年前……この国で『解放戦争』が起きた時、帝国に歯向かった者が二人いた。そのうちの一人が彼女なのさ」
オレがリリーの方を向くと「昔の話さ」と、こちらを見つめる。
「気が強そうだとは思ったが、まさか腕っぷしまで強いとはな……」
「おいぃ! 無視すんなぁ! おっ、大人しく首を差し出せぇ!」
相変わらず目の前のこのおじさんは、この手のことが慣れてないんだろうなぁ……というのが見て取れるほどにオドオドしていた。
「うるさいねぇ、言われなくたって相手するさ……このガキがね」
リリーは気だるげにオレの方を指差した。
「は? ちょい待てや! なんでオレが代わりにやらなきゃいけないんじゃい!」
「ちょっとした試験さ。こいつを追っ払ったら、ここに住まわせてやるよ。それが嫌だって言うなら……出てってもらっても構わないがねぇ?」
リリーは賞金稼ぎには目もくれず、食器を拭きながら提案してくる。
「ぐぬぬ……! 足元見やがって……」
だが此処で断ろうものなら、また路頭に迷うこと請け合いだ……となると――
「で? どうするんだい? アタシはどっちでもいいがねぇ」
「チッ……こっちが断れないってわかってんだろ? ったく嫌味なババアだぜ……やればいいんだろ、やれば!」
オレはため息をつきながら、先程から待っている謎のおじさんの方へと視線を向ける。
「待たせたな、謎のおじさん。聞いてたと思うがオレが相手になる! ケガしたくなきゃ、さっさと帰りな!」
「そっ、それはこっちのセリフだぁ! 今更もう引き返せないんだぁ!」
そんな訳でオレは何処の誰とも知らない、謎のおじさんとバトルことになった。
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