第14話 生などなく、死もない
街へ戻ること数時間……ただ今の時刻、十七時を回ったところ。あれから右往左往と道を行き来し、ようやく時計台を見つけて時刻を確認できた。
この国は自由をモットーにしているのかなんなのか知らないが、時計がない。いろんな店を回ったが本当にない。クソ不便。
店を回ったついでに宿屋のことを聞いたら、『あそこはやめとけ』だの『お前じゃ荷が重い』だの散々な言われようだった。余計なお世話だ。取りあえず道は聞いたので、その通りに進んでいく。
ちなみに地図はもう捨てた。ギャグとしては百点だが、地図としてはマイナス五億点をやるレベルだからな。
「確かこの裏道を真っ直ぐ進んで、その後に大通りを出て……あれ? 右だっけ? 左だっけ? ヤバい、どっちだっけ?」
オレが思案に暮れていると、正面にイベント発生。
「すいません……お金はこれだけしかないんです……許してください……」
「チッ……これしか持ってないのか? これだけじゃあ、許すわけにはいかないなぁ……」
チンピラ風の男が女の子をカツアゲしていた。せっかくだから、ブチのめすついでに道を聞こう。
「おいおい、女の子から金ふんだくろうなんて、何くだらねえことやってんだ?」
「あ? なんだテメエは、ブッ殺されてえのか? ちょうどいいや……お前も金、置いてけや」
チンピラはニヤケ面のまま銃をオレの顎につけ、大して覇気もない脅しをしてくる。普通ならピンチな状態だが、オレはこれを逆に好機と捉える。
「へッ……こっちこそちょうどいい。オレも自分の体のこと理解したかったところだ。いいぜ……撃ちなよ」
「なんだと……? バカなのかテメエ?」
「いいから……それともビビってんのか? 人撃ったことあるか?」
「あ? 上等だ……! そんなに死に急ぎたいなら――」
さあ……どうなる? 所詮ここで死ぬ様ならオレはそこまでの男。今一度この世に生を受けた意味……それがなんなのか、己の身体で確かめる! 男は度胸!
「殺してやるよッ‼」
――バンッッ‼
引き金を引かれて飛び出した弾丸は振動と共に顎下から頭頂部にかけて撃ち抜かれ、その開けられた風穴の上下から大量の真っ赤な血が濁流のように噴き出していく。激しい痛みが全身を駆け巡り……オレはあの時と同じように倒れそうになる……が、今回はどうやら違ったようだ。
「痛ェェェェッ⁉――ッヘッヘッヘッ……あぁ……やっぱり痛えなぁオイッ‼ でも、意識ははっきりしてる……ハハッ……何だこの感覚は……?」
「何なんだコイツはッ⁈ なんで死なねえッ⁉ バケモンかッ⁈」
チンピラは動揺しつつ追撃の弾を撃つ為に再度銃を構えるが――
「ちょい待ちィッ! これ以上は痛いから勘弁だッ!」
――それを遮るように銃口を手の平で包むと、轟音と共に稲妻を迸らせながら変形させて無力化した。
「なっ⁈ オレの銃がッ……⁉ クソッ!」
チンピラは使い物にならなくなった銃を捨てると、今度は懐からナイフを取り出してオレの方へ向ける。
「イテテテ……おいおい、まだやんのかよ? どうやらオレは不死身みたいだぜ? 流石に諦めろよ……」
「『シーフズ』が舐められっぱなしで引けるわけねえだろッ! いいからさっさと金を出せやッ‼」
不死身相手にまだ立ち向かう気があるとはな……やっぱり男は度胸か……いや、と言うよりも何かに怯えていてやらざるを得ないようにも見えるな。
「ハァ……シーフズだかシーフードだか知らないが、オレが金持ってるように見えるか?」
「そっ、そりゃあ確かめてから決めりゃあいいことだッ! オラァッ! 飛んでみなッ!」
目の前のチンピラ君は怯えながらもナイフを構え、いつの時代からお越しになったのか分からんレベルのカツアゲスタイルを披露した。
「オレよりも向こうにいる金持ちそうな奴から、カツアゲした方がいいんじゃないか?」
オレはチンピラの後方を見ながら指をさし、助け舟という名の泥船に引きずり込もうと画策する。
「は? 何処に居んだ――ぐふェぇえッ⁉」
チンピラが後ろを振り向いた瞬間、頭の部分に鋭い上段蹴りをお見舞いし、鈍い音と共に壁に叩きつけた。
「痛ェェェェッ⁉ いきなり何しやがるッ⁉」
頭を押えながら地面をのたうち回るチンピラを、オレはお構いなしに襟の部分を掴んで強引に引き上げる。
「じゃあチンピラ君。持ってるお金、全部貸してくんない? オレ、全然持ってなくってさぁ」
「逆カツアゲすんのかよッ⁈ 嘘だろ……あの、ちょっと勘弁してもらえませんかね?」
サクッと観念した哀れなチンピラ君は、タメ口だった言葉を敬語に変えて下手に出てきた。
「なんで?」
「なんでって……実は俺の親父も昔カツアゲされたことがありまして……俺はせめてカツアゲする側の人間になろう! っていう涙ぐましい話がありましてですね……」
「全然、涙ぐましい話じゃないけどね……まあ、そんなことどうでもいいから金を貸してくれ。ちゃんと返すから、オレが。いいか? オレがだぞ? ちゃんとオレのところに来いよ? わかったな?」
「わっ、わかりました……」
奪われた金を徴収してチンピラ君が去った後、オレは受け取った金を一部始終を見てへたり込んでいた女の子に返却した。
「ほらっ……次は取られるんじゃねえぞ」
「あっ、ありがとうございます助けていただいて。その……お怪我の方は大丈夫なんですか? 血が沢山出ていますけど……」
すっかり忘れていたオレは、思い出したかのように傷口を触ると、真っ赤な血がべっとりついていた。だがそれは先程噴き出したものであり、今はもう完全に傷口が塞がっていた。
「あぁ……大丈夫みたいだ。それにオレは目の前の気に入らない奴をぶちのめしただけ。アンタのことはついでさ」
「そういう訳には参りません。助けていただいたお礼に、このお金はお持ちください」
「いや、金はいらない。その代わりにおっぱ――じゃないや……『ア・プレスト』って宿屋の場所を教えてもらえないか? 実はオレ絶賛迷子中でな」
「それでしたら、そこの大通りを右に進んでいけば看板が見えてくるので、行けばわかると思いますが……本当にそれだけでよろしいんですか?」
「ああ、助かった。じゃあな、お嬢さん」
「はい! ありがとうございました!」
女の子のお礼を背に受けながらオレは颯爽と立ち去った。
今までは押せ押せで上手くいかなかったので、今度はカッコつけて引いてみたが……全然呼び止められなかった。助けたからと言って速攻で惚れられるとか、そんな展開はないのである。人生はそんなに甘くないのだ。
取りあえず教えられた通りに道を進んでいくと、大通りには食事処が建ち並んでいるのか美味そうな匂いが立ち込めていて鼻腔をくすぐってくる。気づけばもう食事時の時間だ。
よくよく考えたら朝から何も食べていないため、さっきから腹が救難信号を送ってきている……不死身の身体でも一応、腹はすくみたいだ。
やっぱり少しくらい金を貰っておくべきだったか……そんな浅ましい考えが頭をよぎった辺りで、ようやく件の宿屋であるア・プレストに到着した。
さて、着いたはいいのだが……緊急事態発生。
「電気ついてないんだけど……ハハッ……そんなまさかね」
嫌な予感と共に扉を押し引きしてみるが、ガタガタと虚しい音が鳴るだけだった。
嘘でしょ……ここまで来て空振りはシャレにならないぞ。そもそも人の気配が……ん? あれは……
二階のカーテンの隙間から、誰かが覗いているような気配を感じたオレは、咄嗟に声をかける。
「おーい! 誰かいんのかー! いるなら入れてくれー!」
しかし気のせいだったのか、カーテンが揺れているだけで何の反応もない。
「ハァ……アホくさ……やってらんねぇー……もう寝るわ」
朝っぱらから動きっぱなしで、流石に疲れたオレはその場に寝転んだ。こちとら死ぬほどのダメージを二回も食らっているのに、飯の方はしばらくの間一向に食らっていない……そりゃあ眠くもなるさ。
まあ、ここは宿屋らしいから寝たとしてもギリギリセーフ……住人が戻ってくれば……誰か……拾って……くれるだろう……
オレは一日の疲れをドデカい欠伸に乗せながら……深い眠りについた。
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