第2話 騙された男
「フフフ~フフ~ン~フン♪」
さて……いきなりサービスシーンに切り替わって悪いが、今オレはご機嫌な鼻歌を交えながら体を洗っている最中だ。
あの後、記憶があやふやなオレをエリザベートちゃんは手厚く、それはもう慈愛の女神の如き優しさで屋敷に招いてくれた。
ゴミ捨て場で起きたせいもあってか随分と服や体が汚れていたので、それらを綺麗にする為と屋敷に対するリアクションもそこそこに、風呂場に直行するように促されたのだった。
「フッ……こりゃあ今夜、ひょっとしたらひょっとするかもな……」
さっきまでは動物的本能が危険信号を告げるだなんだと言っていたが……今はそんなもん全然ない! エリザベートちゃんは優しいし可愛い! あの子はいい子だ! それにこの屋敷に入った瞬間、絶世の美女たちが列をなし、お出迎えもされたしな。あの光景は男なら誰でも一度は夢見るものであり、期待するなという方が無理ってなもんだろう。
「よし、洗い終わった! 完璧! 準備ОK! これなら今夜、何があっても大丈夫!」
理由はさっぱり分からないが体の方は随分と疲れ切っていたらしく、オレは思わず「あぁ~」と声を漏らしながら風呂に浸かった。
さすが領主の屋敷だけあって風呂がでかい。まさしく大浴場といった感じだが……一人で使うには、ちと寂しい。
「しっかし、美女だらけだったなぁ……あれだけいるなら一人くらい『お背中流します~』とか言ってくれてもいいのに……まあ、恥ずかしがり屋なんだろう!」
【ポジティブだな、こいつ】
オレはこれから起こるであろうムフフな展開に気分が高揚し、しばらく湯に浸かると烏の行水の如く風呂場を出る。すると、可愛いメイドさんがお出迎えし「こちらお召し物でございます」と、先程までオレが着ていた服を近くのテーブルに置いた。
【どうでもいいけど、前を隠せ】
「あれ? さっきまで汚れてたのに、めっちゃ綺麗になってるじゃん」
「はい。この屋敷では最新式の『科学宝具』を使用していますので」
「科学宝具? なんじゃそりゃ?」
「そうですね……例えるなら人間でも使える魔法のように便利な物……と言ったところでしょうか」
「ほう……魔法のようにねぇ。魔法の杖でも使うのかい?」
杖を構えるようなジェスチャーで、ジョーク交じりに聞いてみた。
「そう言った代物もあるみたいですよ。特別な物らしいので私は見たことがありませんが」
あるんかい。言ってみるもんだな……
「特別な物ってことは、普通のタイプがあるってことか……どんな感じか見せてもらったりはできるのか?」
「あまり詳しくはお教えできませんが、このようなマイクロチップ型のものが主流ですね。例えば、このように――」
メイドさんは親指の第一関節ほどの小さいマイクロチップを指でつまむと科学宝具とやらが光を発し始め、それをオレの頭上に向かって投げると濡れていた体が一瞬で乾くほどの物凄い風が巻き起こった。
「おぉ⁈ すげぇ! オレの服もこんな感じでやったんか……」
「それではお着替えが済み次第、晩餐室にご案内致しますので」
メイドさんがご丁寧にお辞儀をした後、綺麗にしてくれた服を着ようとするが……しかしアレだな。この子ずっとオレのこと見てるな……顔色変えずに。一応オレ、さっきから全裸なんだけどな。
これだけ顔色変えずに真っ直ぐ見られると、崩してみたいと思うのが人の心。オレは興味本位でいろんなポーズを披露してみるが……それでも表情を全く変えずにこっちを見ている。
ちなみに言っておくが、これはセクハラではない。あっちが勝手に見ているだけであって、嫌ならこっちを見なければいいわけだから、断じてこれはセクハラではない。つまり合意のもとなのである。
【死ねと言いたいところだが、今はまだ……】
オレは一頻りプレイを堪能すると、満足したように服を着用した。
「それでは、お食事のご用意ができていますので、こちらへどうぞ」
相変わらず無表情なメイドさんに案内され、オレは興奮しながら晩餐会の会場に向かう。
廊下を歩けば幾度も美女とすれ違う光景……この屋敷はホントどこ見ても美女だらけだ。右を見ても美女、左を見ても美女、前も後ろも美女だし、ついでに上を見上げれば……何故か天井に美女が張り付いている……くノ一みたいに。目が合うとニコッと笑いながら手を振ってきたので、オレも釣られて手を振り返してしまう。
うむ。何故あんなところにいるかはツッコまないでおくが、視界の至る所に美女がいる! こりゃあもう明日にでもハーレムエンドに直行する勢いだぞ!
【いや、ツッコめよ。監視されてるだろソレ……】
「こちらが会場になります」
メイドさんによって煌びやかな扉が開かれると、部屋の中にはこれでもかという程の、豪勢な食事と美女たちが待ち構えていた。
「すげぇ……なんて光景だ。ここは桃源郷か?」
まさにVIP待遇といったような状況に口をポカーンと開けていると、この晩餐会の主催者であるエリザベートが話しかけてきた。
「お待ちしておりましたわ。こちらへお座りください」
又もやエリザベートに手を取られながら誘導された単純な僕ちんは、これまたいやらしいことしか考えていないニヤケ面で豪勢な椅子に腰かける。
「さあ! 今夜はこちらの殿方に最高の夜をお楽しみいただけるように、皆様で精一杯ご奉仕してくださいませ!」
エリザベートが高らかに号令をかけると、並み居る美女を押しのけて駆け寄ってくる、踊り子のような服を着た美女がいた。
「どうも、お初にお目にかかります。わたくし、ダーシーと申します」
そう話しかけてきたのは、褐色の肌に黒い短めのポニーテールがよく似合う、スタイルのいい妖艶な美女だった。
ダーシーはオレの隣に座りながら、その大きな胸を押しつけてくる。
「おほい⁈ いきなり積極的だな!」
「はい。わたくし新人なもので……その……覚えていただきたくって……」
「おお! 新人なのか。覚えた覚えた、余裕で覚えた」
おっぱいの力は偉大である。
「……何? あの子……」
「……新人のくせに……」
ん? あまりお姉さま方からは、良く思われてないようだ……
「それでは、わたくしはこれで……」
「えっ? もう行っちゃうの?」
もう少し堪能したかったんだがなぁ……
オレが名残惜しそうにしていると、そこからは代わるがわる美女がやってきては、一緒に食事や酒を楽しみ、夢のようなひと時を過ごした。
――と、ここでオレの記憶は途切れていた。最後に見たものといえば……エリザベートの笑っている顔。今にして思えば、そう……
不敵な笑みで……
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