第16話 令和十六年 お久しぶりです

 修生が戻ってから十二月までの三か月で、神隠しから戻ったと報告されたのは世界中で十二人。その報告があった中には三人の日本人が含まれていた。


 初めて神隠し現象が始まった令和十年から、既に五年が経っていた。その間に消えた日本人は千二百人を超えていた。そんな中での三人の日本人帰還者だった。

 二人目と三人目の帰還者は、修生の時のように簡単には逃げられず、警察や政府、その他研究機関に拘束されることになった。マスコミも血まなこになって彼らを追いかけ、連日特番が組まれ世間を賑わせた。


 消えた場所にきっかり一年で現れる。世界の例を見て、それが確かなものと言われるようになった頃、陛下と玖子様が消えた。


 令和十六年一月二日、新年の一般参賀、陛下と宮家の四女クコ様は、多くの日本国民の前で突然に消えた。

 一般参賀には多くの人が集まっていた。テレビでもネットでも中継されていた。皇居に集まった国民も、テレビの前の国民も、陛下とクコ様が消えたことを理解するのに時間がかかった事だろう。

 そして、慌てふためくNHK、慌てふためく宮内庁、その驚きは日本全土へと広がった。


 想定外。パニックになった日本全土だったが、何故か落胆はしなかった。

 神隠しにあったということは善の人だということを意味する。陛下が善の御仁であると証明されたことに日本国民は誇らしささえ感じていた。そして、きっとお戻りになる。根拠のない予感が日本全土を包んでいた。


 一年後にはきっとお戻りになる。そう信じて令和は一年間の猶予を得た。


 修生のしている生配信のコメント欄にも、宮内庁からの質問が山のように来た。修生はその質問に「詳しくは言えないが、戻られる可能性は大いにあると思う」と返答した。

 しかし、その返答では満足できなかったらしく、次の日には修生の隠れ家、今川君の家に警視庁の団体様が現れた。



「あれ? 今川君、ネットが繋がらないみたいなんだけど」

「うん? 再起動とかしてみ・・・」

「再起動?」

「あー、詰んだ。ダメだこりゃ」

「なに? 壊しちゃったかなパソコン」

「いやー、窓の外に、大量のお客さんがお出ましだ」

「大量のって何?」

「三十人以上?」

「うわー、逃げらんないね」

「どうする?」

「うん、まあ、ちょっと行ってきますよ」


 畑と家を取り囲んだ大量の警察官と、玄関のチャイムを押したスーツ姿の偉そうな人は、思いのほか優しかった。


「すいませんね、任意同行なんで、事情聴取にお付き合いいただけませんかね」

「断ったらどうなるんでしょう」

「ずーっとここにいます。連れてくるように言われてるんでね」

「大変ですね」

「令状とか出される前にご協力いただけると、こちらも助かります」

「刑事ドラマみたいですね。諦めますよ」

「助かります」

「いつから居場所バレてたんです?」

「最初に生配信した時から」

「ですよねー」


 修生は結局、二十日間拘留されて解放された。小説のネタバレになるから一切の話は外部に漏らさないという条件で、修生が知っている情報の多くを宮内庁長官にだけ話した。


 二十日間の拘留が終わった日、警察はこっそりと修生を今川君の家まで送り届けてくれた。



 修生が今川君の家に戻ると、玄関には今川君の他に、福龍さんと光鈴さんが待っていた。


「おやおや、お久しぶりです。お二人ともご無事でしたか」

「ギルマス! ご無事で何よりです」

「修生様! お待ちしておりました」

「福龍さん、ギルマスは止しましょう、もうギルドは無いのですから。それと光鈴さん、待っていたのは私のほうですよ」


 修生がこちらの世界に戻った時、自分が一人目の帰還者だと聞いた。

 二人とはこちらの世界でまた会う約束をしていたが、修生は二人の帰還を待たなければならなかった。

 いつ二人がこちらの世界に戻るのかは、修生にも分からなかった。

 修生が戻ってからの四か月ほどでの帰還者の例を見て、帰還者は一様にきっかり一年で戻るという事象は判明したのだ。その一年で戻るという事象は修生も知らないことだった。そして、二人が何年の何月何日にあちらに行ったのかは聞いていなかった。


 今川君が修生を家に招き入れ、暖かいコーヒーを入れてくれた。

「修生、ずいぶん長かったじゃない、なに、警察に絞られたのか? かつ丼食うかとか言われた?」

「いやいや、そういう厳しい尋問みたいなのは無かったよ。あの方々も陛下の御身が心配なだけなのだろう。それに皇位継承問題も年号の問題もあるし、どうしていいか分からないのだと思う」

「おお、年号か、そうか、死んだら変わるもんなあ」

「あちらでお会いしたこともあるが、私は陛下はお戻りになると思うと言ってきた」

「陛下はお戻りになると思うって、えええ、そういうのって分からないの?」

「うん。戻るか戻らないかは、本人の意思だからね」

「そんじゃ、戻りたくないって本人が思ってたら、こっちに戻ってこないってことか」

「そういうことだね。でも陛下は日本という国を、日本国民みんなを誰よりも愛していらっしゃると思う。戻られるんじゃないかな」

「どうだろうなあ」


 修生と今川君の話を福龍と光鈴は横でじっと聞いていた。二人はあちらの世界で修生が作ったギルドのメンバーだった。


「二人はいつ戻ったのですか?」

「私は十二月の終わりに。光鈴さんはクリスマスイブに」

「警察につれて行かれたりしました?」

「いえ、私は自分の店の、中華屋の厨房でしたので、そのままテレビで情報収集を出来ました。これは隠れていたほうがいいと思いまして、ギルマスを探しておりました。あ、失礼、修生様を探しておりました」

 福龍は中華料理屋を営んでいた。厨房で鍋を振っているときに飛ばされたのだと、修生は昔話で聞かされていた。


「私も実家のリビングでしたので、家族のアドバイスもあり、そのまましばらく隠れていようと判断しました」

 光鈴は頭脳明晰、その場の状況判断力はずば抜けている。みすみすマスコミの餌食になったりはしない。ただでさえ元クイズ王、有名人なのだ。


「二人はなぜこの場所が分かったのです?」

「修生様、二十日前に警察につれて行かれた時の映像はネットに上がってます」

「本当ですか? それではここはもう安全とは言えないじゃないですか」

「そうですね。特定されてしまってますが、長いこと修生様は留守でしたので、野次馬は帰りました」

「そうですか、でも困りましたね」


 今川君の家に居候させてもらっている身としては、変な人間が家の周りにウロウロされる状況は望むところではない。ただでさえ迷惑をかけているという自覚がある。


「今川君、私たちはいつまでも世話になっているわけにもいかなくなったみたいだ。そろそろ移動しなければいけないのだと思う」

「なんだ修生、まどろっこしい言い方しちゃって、めずらしいな、正直なところ、行く当てもないし、どうしようって相談を俺にしたいんだろ?」

「うーん、やはり私もまだまだ修行不足ですね。自分でも理解していなかったことでした。ずばり言い当てられてしまいましたか。その通りです。正直に言います。今川君、これからどうすればいいでしょう」


 今川君の頭の回転の速さは高校の時と変わっていない、いやその頃よりも上がっている。人の心を読む力、先の状況を読む力もすごいものを持っている。修生は改めて感心した。


「心配ご無用! ちゃんと手は打っておいた。長野のさ、諏訪湖からちょっと山に入った所にさ、潰れた小さなホテルがあってさ、そこを借りれたからさ、みんなで一緒にそこに行こう」

「借りれたって、潰れてるのではないのですか?」

「そそそ、潰れてる。だから誰もいないの。潰れたのは去年だし古いけど汚くはないと思うよ。掃除すればすぐ使えるんじゃない?」

「それってもしかして、宿泊客として泊まるのではないということですか?」

「あー、そうだよね、説明が足りなかったね。うんうん、宿泊とかじゃないよ、丸ごと借りたってこと、とりあえず半年。その後は状況次第って感じ?」

「それはまた、すごいことですが、家賃とかはどうすればいいんでしょうか」

「安い安い、都心にマンション借りるほうが高いぐらいだよ。それに、言ってなかったんだけど、実はですねえ」


 今川君は修生の前に正座して座りなおした。


「修生はお金への執着とかは捨てられてる?」

「え? まあ、そのつもりですが」

「これ見て」


 今川君は修生の前に、開いた通帳を置いた。そこにはゼロがいっぱい並んだ通帳のページがあった。修生は思わず目を丸くして聞いた。


「どうしたんです? こんな大金」

「修生の動画配信の儲け」

「なんと! どうしてこんなにもの大金が入ってくるのです?」

「そうだよね、しらないよね、知らないってことを俺は薄々感づいてたけどね、そうだよね、うんうん」

「これは、知りませんでしたけど、動画配信というのはこんなにもお金が入ってくるものなのですか?」

「そんなわけないじゃん、これは修生が有名人だから。修生の生配信と過去のアーカイブは世界中で見られてるわけ。世界中の人が見てるわけ。だからものすごい視聴者数なわけ、再生数なわけ」

「それで、お金がもらえるのですか?」

「そういうこと。はい、煩悩! 抑えて!」

「いえいえ、煩悩というより、驚愕しているだけです」

「そうなの? 今なにか欲しい物とか買いたいものとか頭に浮かんでない?」

「いえ、まだ浮かんでないです。いえ、まだというか、浮かべてはいけないものなので」

「そう、その精神でお願いね。いきなりお金が手に入っちゃうと人って変わるからさ、修生にはそのままでいて欲しいんだよね」

「私は根っからの僧であるという信念を持っているつもりです。僧としては未熟でしょうが、僧を捨てる気もありませんので、お金持ちには興味がありません」


 修生は今川君にキッパリと言い放った。しかし今川君はそんなのはお見通しと言わんばかりに修生の決意表明を無視して続ける。


「そうか、良かった。お金も生きていく上で少しは必要だから、ぜんぜんいらないってのも問題だけどね。でもまあ、大金だからね。大金をどう使えばいいのか、修生がお金にまったく興味が無いってのもね、使い方を知らな過ぎて問題なのよ。だからさ、しばらく俺に管理させてよ」

「それはいいですが、今川君はお金の使い方に関してはどうなんです?」

「そう言うと思った。これ俺の通帳」


 今川君はスマホをちょちょっと操作して数字がいっぱい書かれたページを表示させ、それを修生に見せた。


「これは・・・?」

「これが残高だけど、それ以外にもこの三十倍ぐらいあるかな、俺の金」

「え・・・?」


 修生が見た今川君の残高は、修生が大金と呼んだ通帳、修生が動画配信で得た金額よりもゼロが二つ多かった。そしてその金額よりも三十倍あるという。


「ね、だからさ、俺のほうが金に慣れてるしさ、別に修生の稼いだ金なんて俺には盗もうとかちょろまかそうとか思わない金額なわけ。だから変に興奮して失敗するよりも俺に任せておいたほうがいいと思うよ」

「うん。そうですね、そのほうがよさそうです。ここは、お任せすることにします。どうぞよろしくお願いします」


「長野の潰れたホテルはさ、めんどくさいから俺の金で出したけど、今後は修生の金も使っていくから。俺におごられっぱなしはイヤだと思うし」

「ぜひそうしてください」

「りょーかい。俺も長野行くからね、四人全員でね」


 修生は福龍と光鈴に向かって座りなおした。


「二人とも、そういうことで、とりあえず長野に行くことになりました。それでよろしいですか?」

「もちろんです」

「お供します」


 二人は修生が警察から戻ってくる前に、今川君に今後の予定を聞いていた。修生が最後に聞かされたのだった。




 

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