第15話 令和十五年 今川君

 修生がこの世界に帰還する前、初めての異世界からの帰還者になる前、神隠し事件が始まってからの四年間で、世界では犯罪が急増した。


 消える人についての研究が進む中で、善人が選ばれて消えるということは世界での常識になっていた。

 突然消える。突然消される。その謎の力を人々は悪魔の仕業と呼んだ。善を殺すのは悪魔だからだ。


 神を強く信じる司祭、牧師、僧侶、それは悪魔が嫌う存在。悪魔が邪魔な存在としての善人を消し去っている。それは民衆を納得させる理由になった。

 正しい心で武術を極める達人は、正義のヒーロー的な心を持っている。やはり悪魔にとって邪魔な存在なのだ。これも民衆を納得させる理由として十分だった。


 神隠しについて世界の多くの人が持ったイメージは、この世から消された後には地獄へと送られ、地獄の業火で焼かれるといった恐怖のイメージだった。

 そんな海外の神隠しに対するイメージを見て、日本国内でも多くの民衆は消えることを恐れ、自分自身がある日突然消されることに怯えていた。


 その悪魔の仕業というイメージの広がりと同時に、世界では犯罪が急増した。


 窃盗、強盗、放火、暴行、殺人、全ての犯罪が増えた。自分が善人ではないということを、見えない何かに必死にアピールしだした。

 ある国では日曜の礼拝堂で、牧師が銃を乱射し、大量殺人まで発生した。


 そんな世界的な治安の悪化の流れの中では、消えることなど心配しなくてもいいマフィアたちもストッパーが外れ、悪魔崇拝と称して各地で強盗や殺人事件を起こした。それを取り締まるポリスは善行をおこなうことを躊躇し、悪を野放しにした。


 世界は、本当に悪魔に支配されたのではないかというほどの治安の悪化を見せた。銃の所持を許されている国では銃が飛ぶように売れ、例えそれが護身用に購入した銃であっても、それは実際に護身としてすぐに使われることになった。

 銃による年間の死傷者数は、多くの国で集計するのを諦めるほどの人数になった。



 そんな絶望的な、治安が崩壊した世界の中で、修生は神隠しからの世界初の帰還者だった。その一人の日本人に世界が大注目した。

 しかし、日本の警察は彼を家に帰してしまった。夜中にこっそりと。

 そして彼は、家には帰らずに姿を消してしまった。


 今でも世界各地で神隠しは起こり続けている。人は消え続けている。被害者は増え続けているのだ。

 警察は日本政府から、海外から、大バッシングを受けることになる。しかし日本の法律では彼を拘束しておくことは出来なかった。彼を解放するのは仕方ないことだった。


 日本では法律的に拘束は無理だったのだ。

 海外に対しては警察の公式コメントとして、政府の正式なコメントとして、そういう言い訳をしたが、その裏では担当したベテラン刑事は、日本政府からこれでもかというぐらい怒られていた。



今川君


「しばらく置いてほしいって? いやいやいや、うーん、まあ、そりゃかまわないっちゃかまわないんだけどさ、そうは言ってもだよ、いつまでも隠れてるってわけにもいかないじゃない、どうすんのさ」

「それはそうなんだが、どうも心の準備というか何というか、テレビに出るのかー、インタビューとかされるのかーって思ったらね、なんか、逃げちゃってました」


「そりゃ分かるけどさー、修生は今ものすごいニュースになってるじゃんかー」

「私もニュースになりたくてなってるわけじゃなし、少し落ち着きたかったというかなんというか、人目につかないルートで夜中に起きてる知り合いの家は今川君の他に思いつけなかった」


「そりゃ分かるよ、警察からそんなに遠くないし、そりゃ分かるけどさ、うーん、そうだな、俺も少し興奮してるし、二人で少し落ち着いて考えてみるってのも、ありっちゃありかー、ここがバレたら終わりだけど、こんなところまでマスコミとか来ないよなきっと」

「かたじけない」

「でたー! 修生のかたじけない! 修生は高校の時から「かたじけない」使うよな」

「口癖みたいなものだし、今さらそこを言われても」

「俺も今度どこかで使ってみようかな」

「ご自由にどうぞ」


 修生は夜中に警察を抜けだした後、マスコミの待っている実家に帰るのを諦め、高校の同級生の家に転がり込んだ。

 インターネットを使った何かの仕事をしている彼は、高校の時から頭の回転がずば抜けてよく、良すぎるがために周りの同級生とのコミュニケーションに苦労するタイプだった。


 そんな彼は会社勤めをせず、田舎で古民家暮らしというのをしていた。

 古民家と言っても、彼の他界した祖父母の家に住んでいるだけなのだが、その家は広い庭のあるボロボロの平屋建てで、水回りなど最低限の改築をくわえて彼は一人暮らしをしていた。

 その家と、近くの舗装された田舎道を繋いでいるのは、約五十メートルの畑を一直線に突っ切る軽トラも通れないほどの細い農道だけで、家は周りから隔離されていた。


 朝五時、今川がそろそろ寝ようかと思っていたところに玄関のチャイムが鳴った。何事かと窓から外を見ると、高校の同級生にして、ここ数日テレビを賑わせている人気者が立っていた。

 今川は慌ててその人気者を家に招き入れた次第であった。


「とりあえず、寝てからにしようか。あ、風呂とかシャワーとか、飯は?」

「いただけると助かる。申し訳ない」

「いやいやいや、謝んなくていいから。タンス、俺の服着ていいし、好きにして。バスタオルは風呂にあるし、飯は台所にカップ麺がダンボールでいっぱいあるからさ、好きなの自由に食ってよ」

「おお! カップメン! 何十年ぶりだろうか」

「何十年って、一年ぶりじゃないのか?」

「話せば長くなるけれど・・・」

「ストップ! 長くなる話はストップ! とりあえず風呂と飯! 布団はそこの押入れに客用のが入ってるから使って」

「はいはい、ありがとうございます」

「俺も寝るし、睡眠は大切っていうか必須。寝ないと俺も頭が働かないし、寝たらいいアイディア思いつくかもしれないしな」


 湯船に湯を張りゆっくりと風呂につかり、久々のカップ麺を食べ、ゆっくりと眠った。

 しかし、起きてもいいアイディアは浮かばなかった。



 今川の家での数日が忙しく過ぎた。

 家の掃除をし、庭の手入れをし、実家に電話をし、こっそりと服や財布や、必要なものを持ってきてもらった。親子の再会はそれほど感動的なものでもなかった。さすが住職一家とでも言うべきか、元から修行旅で家を空けがちな修生であったし、半年居ないのも一年居ないのも、それほど変わらないといった空気だったし、仏教的な諸行無常の達観した人生観をお互いに持っていた。

 人は死ぬときは死ぬ。居なくなる時は居なくなる。あら戻ったの、生きててよかったね。そんな感じだった。


 修生は今川に世話になっている礼として炊事や洗濯もした。さすがに三食カップ麺では味気ないし、台所や冷蔵庫には近所の農家からもらった野菜もゴロゴロしていた。


 昼頃に起きだして炊事や掃除をし、夜が更けてくると明け方まで向こうの世界での体験を話した。そんな風にして四日が過ぎた。



「それで、気が付いたらこっちに戻ってきてて、最初は頭がぼーっとしてたけど、ここで話しながら思い出してるってわけなんだ」

「うーん、なるほどー、えー、どうしようこれ、うわー、マジでかー、そうかそうか、うーん、いやー、マジでどうしようかなこれは、うーん、まいったまいった」


 今川は腕組みをして、頭をグルグル、首をグルグル、口をパクパクさせながら考えていた。


「この長い話を、私はマスコミに聞かれたら話すべきなんだろうか、長い話過ぎるし、信じてもらえるかもわからないし、それに変なところを切り取られたらと思うと、何かとんでもないことになりそうな気がして、いったいどうすればいいのか、私にはまったく分からない」

「うんうん、確かに確かに。マスコミって切り取るよね、切り取って変に誘導するよね、特に芸能人なんかそうだよね、うんうんうん」

「私は別に芸能人ではないけれども」

「そう! そうなんだよねー。そうなんだけど、今の修生はそこらの芸能人より有名! 世界的有名人! そこだいじだよねー」

「そうですか、はあ・・・」


「あ! 思いついた! 思いついたよ、思いつきました。もうさ、コメントとかインタビューとかでマスコミに答えるのは止めて、小説書こうよ!」

「小説?」

「ノンフィクションの小説! それでさ、そのままネットで発表しようよ」

「ネットで?」

「ネットにあるじゃない、素人さんが書いてる小説サイトがさ、なろう系って言われてるやつがあるじゃない」

「いやあ、存じ上げないけれど」

「あるんだってば! そこにはどんな長い小説だって無料でのせられるからさ、どんなに長い話だってオッケーよ」


「私に書けるだろうか・・・」

「書ける! 書こうと思えば書ける! だいたいさ、ストーリーはもうあるわけじゃない。経験したことをそのまま書けばいいじゃない、簡単じゃない」

「簡単ではないでしょう」

「大丈夫! 俺が手伝うから。とりあえずパソコン俺の使っていいし、俺のパソコンで書けばいいよ、うんうん」

「道具ではなく、文章力というかなんというか」

「大丈夫だって、俺は昔さ、文字起こしとか文章の公正とかバイトでやってたからさ、俺が変なところあれば文章は直すしさ、簡単だって」

「うーん、そうですかねえ」


「あ! それでさ、間違いなく修生が書いたってことを証明するためにさ、ネットで生配信しようよ、そんでさ、質問コーナーとかやってさ、視聴者とか読者とかコミュニケーションしようよ」

「な、生配信?」

「大丈夫! 俺が全部なんでもサポートするから、心配ご無用」

「いやあ、でもそういうのはちょっとねえ」

「大丈夫! ちょっとだけやってみよ、ね、ちょっとだけ、ぜんぜん怖くないから、楽しいから、ね、ね、ちょっとだけだから、お試し体験だけ、ね、ね、ね」

「うーん、まあ、少しだけなら・・・」

「やったーーーー!」




 修生は小説の連載を始めた。

 ペースはバラバラ、一話の分量もバラバラ。それでも少しづつ文章力は上がっていった。

 新しい話を上げた日には、十分ほどの短い生配信をして質問などを受け付けた。

 小説も生配信も、世界的に話題となった。


 修生が小説と生配信を始めて一か月ほどしたころ、第二、第三の帰還者が現れた。最初にイギリス人、次にスイス人だった。

 その後も一か月に二人ほどのペースで帰還者が現れてニュースになる。

 彼らの語るあちらの世界の話は、どれも修生と同じようなものだった。そして彼らもまた、自分が消えた日のほぼ一年後、同じ場所に現れていた。


 消えた日から一年という時間。

 彼らは言う。


「なぜ一年なのかは知らない。むこうで何十年も過ごした。でも戻る時と場所が決定されているのならば、一年で戻ってこない者は、もう戻ってくることは無いのだろう」


「死んだら戻れないし、戻りたいと思わなければ戻れないし、大体ほとんどの人は戻りたいなんて思っていないと思うから、消えた人を待つのは止めたほうがいい」


「私はこちらでやらなければいけない事がある。それが何かは言えない」


 彼らは多くを語りたがらなかった。帰還した者の中で、あちらの出来事を一番詳細に説明しているのは修生の小説だった。



 そんな中、宮家の四女の玖子様と、陛下が消えた。





 

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