第11話彼女に一歩でも近づくために⑤

8月7日の夜中。

俺はリリの生放送を楽しみに待っていた。

今回は初めての生放送ということでとてもソワソワしている。

ソワソワしすぎて、普段行う筋トレよりも負荷の高い筋トレを行ってしまった。

最近は自分を追い込むことを気持ちいいとすら感じている。


もうなんかの病気だな……


時計を見て時刻を確認する。


20時56分。あと4分で始まる。


ソワソワしながら、始まるまでの時間を過ごしていく。

そしてとうとう番組『AZELIAの花を咲かせよう』が始まった。



「はーい、どうもこんにちは。

今回も始まりました『AZELIAの花を咲かせよう』。

なんと今回で5回目の放送となります。

今回もさまざまな情報をお届けしていきますよ〜。

では挨拶を始めていきましょう。

赤色担当の一ノ瀬明日香イチノセアスカです。そして、」

「青色担当の橘和泉タチバナイズミです。そして、」

「黄色担当の香月梨々香カヅキリリカです。そして、」

「紫色担当の小紫恵美コムラサキエミです。そして、」

「緑色担当の佐久間彩葉サクマイロハです。最後に、」

「ピンク色担当の川島杏カワシマアンズです。私たち六人揃って〜せ〜の」

「「「AZELIAです!!!」」」

六人全員がポーズをとりながら、勢いよく答える。

そして一人一人順番に今回の番組の進行について説明した後、

えみちゃんこと小紫恵美コムラサキエミによるお便りコーナーが始まる。

「今回もお便りをたくさんいただいているので、読んでいきたいと思います。

まずアゼリアネーム『ぽぽい』さんからいただきました。ありがとうございます。

最近デビュー曲を聴いたのがきっかけで、

『AZELIA』のファンになりました新規です。

次回のセカンドシングルを楽しみにお待ちしております。

これかも体に気をつけてがんばってください。応援しています。

だそうです。

『ぽぽいさん』ありがとうございまーす。

今回の花を咲かせようではセカンドシングルについての情報もあるので、

ぜひ楽しんで最後まで聴いてくださ〜い。応援よろしくお願いしま〜す。」

次にイロハこと佐久間彩葉サクマイロハによってお便りが読まれる。

「はーい、もう一つお便りを読みたいなと思います。

アゼリアネーム『しどもどろ』さんからいただきました。

ありがとうございます。なんか怖い名前。

AZELIAの皆さん、こんばんは…」


俺も今度お便り、送ってみようかな……


そう思いながら、他のファンが送るお便りの内容に共感する。

同時に自分の他にも最近AZELIAのファンになった人たちがいたことに

少し親近感を感じた。

そして番組は粛々と進行していく。

リリの話す順番が回ってくる。

「ここからは『AZELIA』の新情報についてお伝えしたいと思います。

まずは皆さんお待ちかね!2ndシングルについてです。

2ndシングルのタイトルは〜」

リリが自ら効果音を入れ始める。

「ででん!!『チェンジ・ユア・ハート』です!

百聞は一見にしかず。MVのshortバージョンをご覧ください。どうぞ!」

そうリリが答えると、

画面が変化し、新曲『チェンジ・ユア・ハート』が流れ始める。


やっぱり、AZELIAはすごい……


MVが始まってすぐに再確認する。

前回のデビュー曲同様、曲の冒頭から急激な盛り上がりを見せる。

テンポが速い曲のため、

「頑張るぞ!」と決心する気持ちが心の底から沸々と湧き上がってくる。

また一人一人の振り付けがしっかり統一されており、

MVの演出と相まってとてつもなく見栄えがいい。

しかしそんな燃えるような雰囲気を醸し出している曲にもかかわらず、

メンバー一人ひとりの衣装は白を基調としたシンプルな衣装だ。

ただそれでも十分に彼女たちの美しさを引き出している。

特にリリは衣装が変わっても黄色のヘアバンドをそのまま愛用しており、

それがいい感じに際立っていた。


今回は、可愛いより美しいの方が似合うな〜。


MVが終わり、メンバーが感想などを言い合った後、

ずみちゃんが番組を進行する。

「今回の2ndシングル『チェンジ・ユア・ハート』のCDは、

今月の26日に発売予定です。

そしてMVのフルバージョンも同じ時期にμtubeに配信予定です。

この生配信が終了次第MVのshortバージョンも

μtubeに配信する予定ですので、

CDが発売されるまで何度もお聞きください。

CDの購入特典などは追って連絡しますので、

AZELIAのアカウントをフォローして情報を見逃さないようにお願いします。

では次のコーナーに参りましょう。」

しっかりと側のメモ帳に発売日をメモる。

そして番組の方では、ミニゲームとお便りコーナーが順調に進行していき、

とうとう終わりを迎えようとしていた。

あーちゃんこと一ノ瀬明日香が最後のトークを始める。

「はーい、今回の『AZELIAの花を咲かせよう』はどうだったでしょうか。

今回で5回目となるこの番組もメンバー、スタッフ含め大分慣れてきました。

そして次回の花を咲かせようは9月16日を予定しております。

ぜひ次回もご覧ください。では〜。」

「「「おやすみなさーーーい」」」

そうメンバー全員で手を振りながら番組を締めくくった。


ああ~。面白かった〜。


しみじみとそんな風に思う。

やはり生配信だとメンバー一人一人の表情などがリアルタイムで見ることができるので、アーカイブとは全然感じ方が違った。

また配信中に書かれたコメントを拾うこともあるので、

視聴者も番組を生み出している感じがして楽しかった。

アップされた2ndシングルを聞きながら、

就寝するまで俺は、今回の番組の余韻に浸っていた。



8月10日、月曜日の朝。

いつものランニングを終え、汗を流すために風呂に入る。

身だしなみを整え、朝食をとる。

「お代わり」

お腹が減ったため、朝にもかかわらずたくさん食べる。

「最近、克己はたくさん食べるわね。朝もなんかしているみたいだし。

どうしたの?」

「お腹減るんだよ。」

母親と会話するのは面倒なため、無愛想に答える。

妹と父親も大分変化した俺に慣れてきているのか、特に訝しげな視線は感じない。

「今日は模試だけど、大丈夫?最近あまり家では勉強していないようだけど。」

「多分ね」

「そう。期待してるわね。」

「ああ、うん。」

こんな感じでそっけなく答えたが、今回の模試は今までで一番自信がある。

勉強時間という観点では、昔よりも少なくなったのは明白だ。

朝のランニング、夕方の買い物、夜の筋トレ&AZELIA。

朝早く起きるため夜寝る時間も少し早くなった。

当然こんなことをしていれば勉強に費やせる時間が減るのも無理はない。

ただ時間を無駄にできないという意識と

勉強に対するモチベーションの高さが質の高い勉強につながっていた。

したがって、今までよりも成長している自信がある。

正直、自分がどこまで成長しているのか早く実感したいとまで思っている。

「ごちそうさま。じゃあ行ってくる。」

「いってらっしゃい。」

母親に送り出されて、会場に向かった。


今回の模試はいわゆる大学受験の一次試験を想定した模試だ。

大学試験の一次試験はマーク形式であり、

大学受験の全ての日程が終わるまで結果が開示されない。

そのため一次試験では自己採点をすることが想定されている。

当然、今回の模試でも同じように塾に自己採点の結果を提出するよう義務付けられている。

したがって今日中に模試の結果を知ることができる。

前回、似たような模試を受けた結果、得点率はおよそ82%ほどだった。

点数に換算すると900点中740点だった。

前回の結果を上回れるように気を引き締める。

「はじめ!」

試験管の合図があり、全員が一斉に問題を解き始める。

そして俺も一科目目の地理に取り掛かった。


「おわり!鉛筆をおいてください」

試験管の合図があり、一斉に全員の手が止まる。

最後の科目である化学が終わり、気を緩めて解答用紙が回収されるのを待つ。

出来栄えとしては上々だった。


多分前の結果は上回ったかな……


そんなことを思いながら、荷物をまとめて会場を出る。

外に出てみるともうすでに周りは真っ暗だった。

もう時刻は20時になろうとしているため無理もない。

ただこのあとは自己採点をする必要があるため直接塾に向かう。



塾に到着し、自習室で自己採点を済ませる。

結果は812点。得点率はほぼ90%だった。

自分が成長していたことにホッとしながら荷物をまとめていく。

自己採点の結果を書いた紙を残っている講師に渡し、塾をでて家に帰る。

家に帰る途中、店頭の窓ガラスに映った自分の姿を見ながら思う。


やっぱり、俺、変わったな……


以前の俺の面影はほとんどなくなっていた。

癖毛をうまく活かした外ハネの髪型。

上は無地の白いtシャツの上にオレンジに近い色の夏用ニットを重ね着し、

下は黒い足のラインがはっきり出るズボンを着用している。

そしてtシャツの上から少しだけ胸板があることを確認できる。

また愛用していた黒縁メガネは外し、

髭や眉毛なども清潔感があるように剃ったり、整えたりしている。

イケメンかと言われれば、そうではない。

しかし人並み以上に清潔感はあると自分では思う。


もう少し肌に気を付けるか……


顔に少し吹き出物があるのに気がつき、今度は肌質を改善することを決める。


少しでも……たった一歩でも……構わない。


それが彼女に近づくための行為ならどんなことでもする。


もう一度原点に立ち返り、俺は残っている夏休みを過ごしていった。

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