第12話変わらないように願っても①

8月20日、木曜日

俺ー羽石悠人ハイシユウトは普通の夏休みを送っていた。

一日勉強に費やす日もあれば、一日遊びに費やす日もあった。

気の赴くままに過ごす日もあった。

今日はそんな気ままに過ごす日。

ただ街中をぶらっとするだけのなんでもない日。

勉強する気にも友達と遊ぶ気も起きないため自由気ままに歩き回る。


―たまにはこんな日があってもいいだろう


そう思いながら、適当にぶらぶらしていく。


―駅付近の本屋に立ち寄ってみようかな


訳もなく本屋に向かっていく。

俺は本屋が好きだ。

適当にうろうろしながら、

本棚に綺麗に陳列されている本を見るだけでも十分楽しめる場所だからだ。

今も適当に漫画スペースをうろうろしている。

面白そうな漫画を手に取っては、元の場所に戻していく。

そんな作業を数分繰り返した後、

買ってもいいと思える漫画が見つかり手に取ってレジに向かおうとする。


―せっかくだし、参考書も少しみるか。


そう思い、学習用参考書のコーナーに向かう。

そこでは俺と同じように参考書を物色しているやつがいた。

背丈は俺より少し小さい。

俺の身長は180cmほどなので多分こいつは175cmくらいなのだろう。

服装はベージュのパーカーtシャツに青色のジーンズ。

シンプルな服装だが、うまく着こなしている。

そしてパーカーの上からはうっすらとだが、

肩の筋肉が盛り上がっていることが確認できる。

露出された腕は血管が浮き出ており、運動部の人間だと見てとれる。

髪型は癖毛を活かしたナチュラルなゆるふわ外ハネパーマだ。


―こいつ、かっこいいな


後ろ姿しか確認できていないが、見た目と雰囲気だけでそう感じさせる。


―こんなやつでも勉強しっかりするんだな、

―あれ、でも誰かに似てるな?

―ああ、克己か。背格好が少し似ているからか?


そう思いながら、

興味なさそうにそいつとは反対側の本棚で参考書を物色し始める。


―そういえば克己どうしてっかな〜


参考書を手に取りながらふと思う。

克己は基本的に、休日は勉強している。

遊びに誘えば時々くるが、

親の顔色を伺う必要があるためなかなか毎週遊ぶのは厳しいらしい。

今年に入ってから克己と仲が良くなったため、

長期休み中、克己がどのように過ごしているかは想像がつかない。


―まあ、受験に備えて勉強してるんだろ


そんな風なことを考えていたら、いきなり声をかけられる。

「あれ悠人じゃん。珍しいなこんなところで。」

声をかけてきたのは先ほどから反対側の本棚で参考書を物色していたやつだ。

ただ声と呼び方を聞いただけで一瞬で誰かわかる。

「えっ、お前。お前。もしかして、克己か?」

「何、寝ぼけてんだよ。長期休みで俺のこと忘れたのか。」

「えっ、やっぱり、克己なのか?」

「どっからどう見ても俺だろ。」

呆れながら克己が答える。


―どっからどう見ても克己には見えねーよ


俺の中の克己のイメージは真面目系の陰鬱インウツなキャラだ。

身だしなみも整えない。服装もダサい。

だからこそ関わりやすい、そんな人物だ。

しかし、今の克己にはその面影がほとんどない。

雰囲気は自信にあふれており、清潔感は抜群にある。

メガネもかけておらず、肌は女性の肌と同じくらい綺麗に整っている。

喋り方は以前の克己と変わらないため、なんとか克己だってことに気がついた。


―こいつってこんなにかっこよかったのか?


そんな風に思いながら、心を落ち着かせるために声をかける。

「ああ、見違えたな。一瞬、誰かわからなかったぜ。」

「まあ、色々あったからな。」

「せっかく会ったし、時間があるなら一緒に飯でも行かないか?」

「そうだな、行こう。」

そう言って、俺と克己は本屋をでて適当な店を探しに歩き出した。


―やっぱり、克己なんだな。


正直いまだに信じられない。

しかし会話をすればするほどのその実感が湧く。

話し方や声が完全に克己だからだ。

いや、話し方も少し変化している。

今までは無気力というかそっけない単調な話し方だったが、

今は明るく抑揚のある話し方になっている。

あと明らかに笑顔も増えている。

克己はもともと口下手ではないため、

身だしなみを整えただけで

クラスのイケイケグループの一人のように感じられた。


―何があったらこんな変われるんだ?


その真相を早く確かめたかった。

手頃なファミレスに入り、

注文を済ました後、俺はすぐに克己に質問を投げかけた。

「なあ、克己何があったんだ?」


***


「なあ、克己何があったんだ?」

悠人が俺にそう問いかけてきた。


―とりあえずとぼけてみるか。


「何もなかったよ。」

「嘘つけ。何もなかったらそんなに変わらない。」


―ですよね〜。さて、なんて説明するか。


正直に答えるなら、リリに相応しい人間になりたいからだと答えればいい。

ただこんなことを悠人に説明したらどんな反応がくるだろう。

①「まあ。頑張れよ笑」と馬鹿にされる。

③「お前本気で言ってのか!?」と驚かれる。


―どっちになっても、悠人のことぶん殴りそう


とりあえず本当のことを説明するのはやめておいたほうがよさそうだ。

じゃあどうする?

悠人は俺の唯一の友達だ。

だから可能な限り嘘はつきたくない。

ただ自分の全てをさらけ出せるほど仲がいいかと言われれば、

そうとはいえない。

そもそも自分の全てをさらけ出せる人間なんてほんとに少数だろう。

たとえ信頼している親であっても隠し事の一つや二つはする。

本当のことは言わないが、嘘もつきたくない。

そんな選択肢を取れる方法は一つしかない。

俺は覚悟を決め、悠人に話すことにした。

「俺、憧れている人がいるんだ。

その人に相応しい人間になりたくて、それで自分を変える努力を始めた。

それだけ。」

悠人は驚きの表情を浮かべている。

そして口を開く。

「それって男?女?どっち?」

「一応女性だけど……」

「じゃあ、……その人のことを好きってことか?」

「はあっ?好き?」

「いや、だってよ、お前はその憧れの女性に相応しい人間になりたいんだろ?

それって好きってことじゃないのか?」

「いや〜、多分、違うと思うぞ。」

「じゃあなんでお前はその女の人に相応しい人間になりたいんだよ?」

「それは・・・」

悠人に問い詰められて、口をつぐむ。


―俺はどうして彼女に相応しい人間になりたいんだ?


原点に立ち戻って考えていく。

彼女は輝いていた。

そう、彼女は輝いていたんだ。

でもその理由が俺には全くわからなかった。

だからその理由を知る一番手っ取り早い方法が彼女に近づくこと

つまり彼女に相応しい男になることだと思った。

自分磨きはあくまでその過程の一つに過ぎない。


―俺の変化は俺が彼女みたいに輝くための過程の一つにしか過ぎないんだ。


―これは恋なんかじゃない。


―声優に恋しているわけなんてないんだ。


しっかりと自分に言い聞かせる。

質問の答えを悠人に返すために、

姿勢を正して、真剣な表情で答えようとする。

しかし、うまく言葉にできない。

うまく口が開かない。

「それは俺が……」

さっきと同じように途中で口をつぐんでしまう。


―やっぱり、俺はまだ……彼女みたいには……


「ごめん、俺も正直いまだに、よくわかっていない。」

結局自分の思いを口にできずに、誤魔化してしまう。

「お前のことがますますわかんなくなってきたぞ。」

「俺も自分のことなんてよくわからない。」

「まあ、いいよ。お前は変わった。今はそれだけで十分だ。さあ飯にしようぜ。」

いつの間にか到着していた商品を見て悠人が話す。

「ああ。そうだな」

こうして俺たちはいつも通り食事を取りながら無駄話を始めた。


***


「そういえば、夏休みの最後に祭りあるだろ。あれ8月29日開催だからさ、その日はあけといてくれ」

克己と別れる前に伝えておく。

「わかった。開けておく。」

「ああ、一応、結構人数来るけど大丈夫か?」

「何人くらい来るんだ?」

克己が少し嫌そうに聞いてくる。

「俺たち、井崎、後山岸と井崎の友達二人」

克己が少し怪訝けげんそうに答える。

「そんな大所帯の中に俺が入っていいのか?」

「もともと俺らだけがいく予定だったのが、増えたんだ。

お前がきて文句を言うやつがいたらそいつを飛ばす。」

「まあ、それならいいんだが」

「まあ、いい機会だと思えよ。井崎たちはそこまで接するハードル高くないしな。特に今のお前ならうまくできるだろ。」

「期待しないでくれ。変わったのは外見だけだから。」

少し自嘲気味に克己が答える。

「それに伴って印象も大分変わってんだよ。大丈夫だ。フォローする。」

「わかった。8月29日だな。」

「ああ。またな克己。」

「じゃあ、また。」

そう答えて、俺たちは別れた。


克己は恋をしている。俺はほぼそう確信していた。

あの変わり様、そしてあいつが言い放った言葉


『相応しい人間になりたいんだ。』


これはどう捉えても、好きな人に相応しい男になりたい。

そんな風にしか捉えることが俺にはできなかった。

最後の言葉はよく理解できなかったが、

まあ十中八九恋をしていると考えてもいいだろう。

問題は相手が誰なのかだ。

正直、身近に克己が好きになりそうな人物は存在しない気がする。

井崎か?

いや、だったら夏休み前から変化し始めてもおかしくない。

あいつは夏休みを経て変化したんだ。

てことは夏休み前もしくはその途中に好きな人ができたってことなのだろう。

あいつと夏休み中に出会う人間なんて、同じ塾に通っている人間くらいだが。

それも少し腑に落ちないな。


ーじゃあ一体誰なんだ?


いくら考えても答えが見つからない。

夏休み直前のあいつを思い出す。

今とは天と地ほどの差がある昔の姿を思い返す。


―確かあいつ夏休み前から少しおかしかったな


思い返してみると、不審なところが少しはあった。


―確か、俺が『AZELIA』を勧めた時からだったような


一ヶ月前のためそんな気がするだけかもしれない。


―あいつはリリ推しだったな、まさか好きな人って


そんな風に思ったが、すぐにその考えを一蹴する。


―んなわけないか。


まあ正直相手が誰だろうと構わない。

ただ俺はあいつの友達としてのその好きな相手をしっかりと見極めたい。


俺と同じ過ちを起こさないために。


そう覚悟を決めながら、エントランスに入っていった。

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