第9話彼女に一歩でも近づくために③

夏休みが始まった。

そしてなんと始まってすでに一週間が経とうとしていた。

7月26日、日曜日の夜。

俺は日課となっている筋トレを行なっていた。

「じゅーーーーーーご。はあ〜。大分できるようになってきた。

そろそろ回数増やしてもいいかな。ランニングは〜どうするか?」

なんとか1日の筋トレを終わらせる。

そして鏡に映る自分を見ながらこの数日での成長を実感する。

俺の夏休みの1日は単調だった。

朝起きて、ランニング。

塾に行って講義を受けて勉強する。

筋トレして、リリのラジオや番組をみて寝る。

こんな単純な毎日を繰り返していた。

人によってはつまらないと感じるかもしれない。

ただ自分の中ではかなり充実した毎日を送っていると感じていた。

毎日少しずつだが自分が変わっている。そんな気がしていたからだ。

勉強に対するモチベーションもかなり上がった。

理由は単純明快。

勉強することが将来の選択肢を増やす最も手っ取り早い方法だと

気付いたからである。

今まで作業のように行なっていた勉強に

意味を見出せるようになったことが大きな要因だ。

そんな毎日を送っていたが、当然こんな状態で満足するわけがない。

自分磨きは能力面や精神面などの内面よりも外面がメインだからだ。

すなわち、外見を磨くことである。

そのために俺は美容院を、勇気を振り絞って予約した。


やばい。明日初めての美容院か。緊張する。


そう思いながら俺は就寝した。



7月27日、月曜日の夕方。

「よし。今日はここまでだ。次回もしっかり予習してくるように。」

塾の講師がそう答えて、講義が終了する。

俺は荷物をまとめて講義室を出る。

普段なら塾の自習室で勉強してから塾を出るが、

今日は予定があるのですぐに塾を出る。

予定とはもちろん美容院に行くことだ。

今回は家と塾の間にある通いやすそうな美容院を選んだ。

最近の美容院では、アプリを通じて予約が可能な場所が

増えているためありがたく使わせてもらった。

ただ一切合切その美容院の雰囲気がわからないためかなり不安でもある。


まず。入って17時に予約した日比谷ですって言う。

で、髪型については自分に似合いそうなセットしやすい髪でと言う感じで頼む。


そんな風にシミュレーションしながら、美容院に向かった。

そしてとうとう美容院に着いた。

一度深呼吸して気持ちを整える。

「よし。」覚悟を決めて中に入っていった。



「いらっしゃいませ。」

とてつもなくおしゃれで愛想のいい女性の美容師が出迎える。


ああ。やっぱやめとけばよかった。


入って2秒ほどでそう感じてしまう。

白に統一され、清潔感を意識した内装。

ばっちりセットされた髪とおしゃれな服装を着ている美容師たち。

今まで触れたことのない空間に少し目眩を覚える。

「ご予約のお客様ですか?」

先程の美容師に声をかけられる。

「は、はい。17時に予約した日比谷ヒビヤです。」

少し声がうわずりながらも答える。

「かしこまりました。まず荷物をお預かりいたします。」

「は、はい。」

そう言って持っていたリュックを美容師の女性に渡す。

「こちらの方へどうぞ。」

案内に従い、席に座った。

「こちらの方で少々お待ちください。」

念の為、鏡越しで彼女に頷く。

ひとりになったことで一旦心を落ち着かせる。

そして気づく。

自分がどれだけ場違いな場所にいるのかということに。

美容師はもちろんのこと、ここにいるお客さんまでもが全員おしゃれだった。

打って変わって俺はジャージのズボンと

中学生くらいからきているよくわからん英語が書かれているTシャツ。

もう超絶ダサい。


ああ。早く終わらせて帰りたい。


そう思わずにはいられなかった。



席について数分後、担当の美容師だと思われる若い男性が声をかけてきた。

「大変お待たせいたしました。本日担当させていただく志田シダと申します。

よろしくお願いします。」

愛想の良い笑顔で彼が答える。

「よろしくお願いします。」

心を落ち着かせたことによって、なんとか普通に答えることができた。

「本日はどうなさいますか?」

俺の服装など全く気にしていない風に質問をする。


案外親しみやすそうな人。


そんな風に考えながら、事前に用意していた答えを出す。

「セットのしやすい、似合いそうな髪型でお願いします。

後、セットの仕方なども教えていただくと助かります。」

「なるほど。かしこまりました。それでは切っていきますね。」

そう答えてカットが始まる。

美容師の男性はとてつもなく優しそうで親しみやすそうな人だった。


怖い人じゃなくてよかった〜。


カットの最中にそんなことを考えていると、志田さんが声をかけてきた。

「本日はどうしてここに?」

「えっ〜と〜。少しおしゃれになりたくて」

笑いながら志田さんが答える。

「わかりました。可能な限りかっこよくします。」

そしてしばらく経ってカットが終わった。

「では流しますね。こちらの方へお願いします。」

戸惑いながら指示通りに動いていく。

少し気になっていたことがあったが、その疑問が今解決した。

俺はここにくる前はいつも適当な床屋で髪を切っていたため、

髪を洗うときは鏡の手前にある流し台を使うのが普通だと思っていた。

しかしここには流し台がなく、どこで髪を洗うのか気になっていた。


まさか場所が違うとは。しかも寝っ転がって髪を洗うのか?


くだらないことを考えながら、志田さんに髪を洗ってもらう。

そして席についてまた少しだけカットが始まる。


まだそんなにかっこよくはなっていないな。


カットが終わったのか、志田さんがハサミをしまって何かを取り出す。

「これはヘアオイルというものでして、

これをドライヤーで乾かす前につけると髪を乾燥から守って、

スタイリングしやくなるんですよ。

そして癖毛も伸ばしやすくなるんです。」

そう志田さんが笑顔で丁寧に説明する。

そしてヘアオイルを髪に丁寧に塗りだした。

全く知らなかった知識に少し感心する。

「いい匂いがしますね。」

正直な感想を言う。

「そうなんです。シャンプーとヘアオイルを使うだけでかなりいい匂いになりますよ。」

志田さんがドライヤーで俺の髪を乾かしながら答える。

そして続けて説明する。

「ドライヤーでの髪の乾かし方についても説明しますね。まずは温風で髪の根本からしっかり乾かします。そして…」

志田シダさんはとてつもなくいい人だった。

多分、俺が髪の毛セット初心者ということを理解してか一から丁寧にセット方法について教えてくれているのだ。


まあ、俺の服装とか見れば察することができるか。


志田さんの説明と実際の手の動きを見ながら頭にセット方法を叩き込んでいく。

そして髪を乾かし終わったのか、ドライヤーを片付け別の器具を取り出した。

「これはヘアアイロンです。基本的にはスタイリングをメインに使いますが、

今回は癖をこれでしっかり伸ばすことをメインに使います。やり方は…。」

ドライヤーの時と同じように丁寧に説明していく。

そして数分後セットが終わった自分の髪と初めて対面した。

明らかに今までの自分とは違っていた。

前髪は毛先に少しクセを残して自然なパーマ風に見せており、

横の髪はヘアアイロンを使って少しだけ跳ねさせていた。

そして上の部分?の髪もボリュームがついていた。

正直、俺でもこんな風になれるのかと唖然としていた。

「どうでしょうか?」

志田さんが感想を聞いてくる。

当然答えは一つだ。

「最高です。」

「ありがとうございます。スタイリングはできる人のマネをするのが一番の上達方法です。よろしければ、今回使ったシャンプーやヘアオイルなどをご購入ください。」

そんな風に志田さんが商売してくる。

ただ俺も志田さんの意見に賛成なので、そのままその話に乗っかる。

「じゃあ買います。」

「ありがとうございます。」

せっかくなので、おしゃれ上級者の志田さんに質問する。

「あの〜。少しお聞きしたいのですが。」

「なんでも聞いてください。」

「学生でも安く買えるおしゃれな服装とかってどこに売っていますか?」

少し考えて志田さんが答える。

「ショッピングモールやデパートに行くと、

多くの店が並んでいますが少し高いですね。

やっぱりウニクロやKUなどがメインですかね。

それらでも十分おしゃれになれますよ。

ポイントはシンプルな服装を選ぶことですよ。

それらをしっかり着こなせれば十分おしゃれです。」

「なるほど。ありがとうございます。」

「こちらこそ。では会計の方に進みましょう。」

そういって、志田さんが会計の方に案内してくれた。

会計が終わって、荷物と買ったシャンプーとヘアオイルを受け取る。

「おしゃれ、頑張ってください。よろしければまたここで髪をお切りください。」

店の扉を開けながら志田さんが答える。

「ありがとうございます。」

そう答えて俺は美容院をでた。


家に帰る途中、

通っていく店の窓に反射した自分の姿をチラ見して笑いながら思う。


俺も少しはリリに相応しい人になれたかな。


そんな風に機嫌よく帰っていった。

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