第8話彼女に一歩でも近づくために②

克己を見送った後、俺ー羽石悠人ハイシユウトはベッドに飛び込んだ。

先程の克己の発言を思い返す。


『そういえば井崎さんを遊びや勉強会に誘ってないのか?』


「何が井崎さんだ。馬鹿野郎」

愚痴りたくもないのに愚痴ってしまう。

俺と井崎は高1のとき、同じクラスだった。

初めは全く接点がなかったが、井崎はクラス内での評判もよく

男子からの人気もすごかったため色々な情報が俺にも回ってきていた。

例えば、今はフリーだの、昔は彼氏がいただの、そういった類の情報だ。

そんな情報を聞いているうちに、俺も井崎を気になり始めた。

そして極め付けは井崎と隣の席になったことだ。

彼女は俺みたいな男子にも笑顔で話しかけてくれた。

初めは緊張でうまく話せなかったが、

彼女はそんな俺をも快く受け入れてくれた。

そして時が経ち、一年の秋頃には俺と井崎は気兼ねなく話せる程度の関係にはなっていた。

友人といっても差し支えないだろう。

それから俺は本気で井崎を口説き落とすために、何度か遊びに誘った。

流石に二人きりだと厳しいため、男女数人で遊ぶということ体で、だ。

そうやって距離を縮めているうちに一年生が終わりを迎えた。

しかし結局、俺は勇気が出ず、一年のうちに告白することができなかった。

井崎に告白して玉砕した友達がいたことも

告白できなかった一因だったのかもしれない。

そして2年生に俺たちはなった。

クラス替え発表の時の嬉しさは今でも鮮明に覚えている。

理由は言うまでもない。

井崎とまた同じクラスになれたからである。

この時、俺の近くで発表を見ていた井崎は声をかけに来てくれた。

「また一年間同じクラスだね。よろしく。」

満面の笑顔でそういった彼女は誰よりも美しいと俺は感じていた。

そして2年生が始まり、俺と井崎は今までのような関係を続けていた。

しかし2年生が始まって一ヶ月経たない頃、

井崎がある人物を心配し初めたのだ。

ちょうど俺と井崎含めクラスの男女数人で話していた時のことである。

「あの羽石くんの後ろの席の子。いつも一人だけど大丈夫かな〜。」

井崎が心配そうにつぶやく。

「ああ、確か日比谷克己ヒビヤカツキだっけ?めっちゃ頭いいらしいなー。なんか噂だと学年のトップ争ってるらしいぜ。」

クラスメイトの男子の一人がそう言う。

「でもすっごく無愛想だよね。何考えてるかわかんないし、近付き難い。」

続けてクラスメイトの女子の一人が答える。

「ほっとけばいいだろ。多分一人が好きなんだって。」

男子の一人が興味なさそうに答える。

しかし井崎はまだ心配そうな顔をしていた。


多分、ああいう人間をほっとけないんだろう。


そして克己と同じクラスだったという女子が答える。

夕花ユウカちゃん心配しすぎ。私日比谷くんと前同じクラスだったけど、いつもあんな感じだったよ。だから大丈夫だって。」

「そうだね」

無理して笑いながら井崎は答えた。

そうしてまた別の会話が始まった。

この日、俺は井崎を誘って一緒に下校していた。

そして俺は気になっていたことを口にする。

「井崎。やっぱり日比谷が心配か。」

「えっ、うん。」

「俺さあいつの前の席だし、明日話しかけてみるよ。」

正直、俺も日比谷のことはほっとけばいいと思っていた。

ただ井崎が心配しているなら、なんらかの力になりたい。

そんな思いでこんなことを口にした。

そしたら井崎は目を輝かせながら言ってきた。

「ほんとっ!羽石くんお願い!」

異常に興奮していたのに驚きながら答える。

「お、おう」

そういった経緯で俺は克己に声をかけ始めたのだ。

最初は苦戦した。

いくら優しく声をかけても克己はほとんど反応しなかったし、

会話もほとんど続かなかったからだ。

けど


井崎さんが俺に期待している


そんな思いが俺を根気強く克己に声をかけ続けさせた。

そして克己と俺の共通な趣味が発覚したことで

なんとか仲良くなることに成功した。

正直、克己と友達になってよかったと今は思っている。

初めはただの無愛想のガリ勉野郎かと思っていたが、

実は根が優しくて人の話を聞いてくれる。

見栄も張らないし、気も遣ってくれる。

そして色んなことを安心して話せる、そんな存在だ。

これからも友達でいたいと思っている。

だからこそ今、克己に対してこんな感情を抱いている自分が

心底嫌いになりそうだった。

「ちくしょう」

奥歯を噛み締めながら俺はベッドに突っ伏した。


***


悠人の家をでた俺―日比谷克己ヒビヤカツキは数分後に自宅についていた。

「ただいま。」

そう言って家の中に入ると、母親が待っていたのかすぐに返事をして、

玄関までやってきた。

「おかえり、克己。どうしたのこんな時間まで?」

「悠人の家で勉強してた。はい、今期の成績表。」

どうせこの後見せろと言われるので、言われる前に出す。

成績表を一瞥いちべつして、母親が答える。

「成績優秀者に入っているのね。感心、感心。さあご飯にしましょう。」

俺の成績に満足したのか母親が機嫌よくダイニングに戻っていった。



夕食を済ました後、俺は部屋に戻った。

そして机に置いてある昨日立てた計画表を見ていた。

「今週は腕立て15回、腹筋15回、スクワット15回、背筋15回を3セットだな。」

言葉に出すことで意気込み、筋トレを始める。

これは自分磨きの一つの筋トレだ。

筋トレを行う目的は主に二つ。

一つ目は、ガリガリの体を逞しい体に変えるためだ。

女性は細マッチョな体の男性が最も好みらしい。


多分、ネットにあった情報を信じるなら。


そして二つ目は、精神力を鍛えるためだ。

筋トレを行うことで、精神が安定し、

不安感を抑える効果がかなりあるらしい。

つまり、俺みたいに自分に自信がないやつが

筋トレを行うと自信満々になれる可能性があるのだ。

それらの理由で俺は筋トレを始めた。

ただ問題がある。それは俺が圧倒的に脆弱ぜいじゃくなことだ。

2セット目の腕立て

「じゅーーーーーーうっ。はあっ。はあっ。」

腕が疲れて十回目で倒れてこんでしまう。

「なんでこんなにきついんだよ。」

額に汗を浮かべながら答える。仕切り直すために一度水を飲んで、

ワイヤレスイヤホンを耳につける。

そしてお決まりの音楽を流す。

流す音楽は当然『AZAELIA』のデビュー曲。

聴きながら筋トレを続けた。



なんとか40分ほどで全ての行程を終わらせる。

「はあっ。はあっ。きっつ。」

止まらない汗を拭いながら答える。

「風呂入るか。」

ペットボトルの水を飲み干しながら、風呂場に俺は向かった。


最近寝る前の習慣となっている、リリの補給を行う。

具体的には、リリが出ている番組やラジオなどを聞いたり、見たりすることだ。

今はリリが出ている番組を見ている。

番組名は『AZELIAの花を咲かせよう』

内容は『AZELIA』関連で、最新の楽曲情報などの提供もしくは

ミニゲームを行ってユニットメンバー同士の掛け合いを見る番組だ。

今見ているのは、昔放送された回のものである。

元々は生放送で配信している番組だ。

今はちょうどユニットメンバー内でミニゲームをしている場面を見ている。

「ああー。また負けた。ちくしょう。」

リリが負けたことで口悪く答える。

「リリ抑えて、抑えて」

「リリ〜今番組中だよ〜」

他のユニットメンバーが笑いながらリリをフォローする。

「取り乱してしまい、失礼しました。」

リリが少しにやけながら答える。


ああ〜。眼福だ〜。


そんな風に思いながら1日を終えた。

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