第6話きっかけなんて些細なもの⑤
「十分間、時間をあげるのでこの問題を解いてみましょう。」
本日、最後の授業の数学を担当している教員がそう言ったため、
ぽつぽつと生徒が問題を解き始めた。
しかしクラスの大半は集中し切れていない。
無理もないだろう。
なぜなら一つ前の体育では学期末ということでマラソンをさせられたからだ。
クラス内の男子でビリ2にゴールした俺も当然疲れている。
前の席に座っている
覇気がない。
自分の気を引き締め、真剣に問題に向き合う。
案外問題が簡単だったため、5分もかからずに解き終える。
まだ先生の解説まで少し時間があったため、
今朝から気になっていた
『自分と釣り合わない高嶺の花を好きになるときついぜ。』
この言葉に俺は一日中ずっと引っかかっていた。
昼休みに
用事があったらしく聞くことができなかった。
もしかしたら高嶺の花って井崎さんのことか?
もしそうだとしたら
そんな素振りを一切
前方の窓側の方に座っている井崎さんの方に目を向ける。
ただ、井崎さんにも特段変わった様子は見られなかった。
じゃあやっぱり井崎さんのことじゃないのか。
もしかして俺がリリにハマってるからそう言ったのか!
いくら俺が世間知らずだとしても声優と付き合いたいとか思ってないって!
そんな風に考えていると、
「おい。なにぼっとしてんだよ。先生にさされてるぞ。」
「えっ」
「珍しいですね
まあとにかくこの問題の解答を黒板にお願いします。」
笑いながら若い女性の教員にそう言われたため、
黒板の方に解答を書きに行く。
その間クラスの人が声を押し殺して笑っていたため、少し恥ずかしかった。
放課後塾がある日、俺はいつも学校の自習室で勉強してから直接塾に向かう。
そして今日はその塾がある日のためHRが終わった後
自習室に向かった。
ちなみに今日も
自習室で二時間ほど勉強したあとそのまま塾に向かい講義を受けに行く。
塾の講義が終わり、家に帰り、夕食を済ませて脱衣所に向かった。
「ああ〜。疲れた〜。」
そう呟きながら脱衣所にある洗面台の鏡を見る。
昨晩見た夢について鮮明に思い出そうと試みるが、
冷静になって考えてみると、全くリリと俺は釣り合ってないことに気づく。
女優にも引けを取らない容姿、細身ないいスタイル、
そして可愛らしい笑顔を持つリリ。
かたや俺はといえば、ボサボサで整えていないうねりまくってる髪、
小汚く感じる顔、そして冴えないダサい服装。
他にもだめなところはたくさんあるが、とにもかくにも全くと言っていいいほど釣り合っていない。
ワイシャツと肌着を脱いで自分の上半身を見る。
そこにはガリガリで今にも死にそうな細い体があった。
こんな男がモテるわけないよな〜。
湯船に浸かりながら心底そう思う。
俺は昔から好きな人はおろか、告白もされたことがない。
むしろ女子と話した経験すらほとんど皆無と言っていい。
身近な女性すら惹きつけられない男がましてや声優と付き合えるなんて天地がひっくり返っても起こらないだろう。
「もっといい男になりたいな〜」
ついそうつぶやいてしまう。
昨日のラジオのリリを思い出す。
その時、リリに抱いた印象は少しズボラな性格だということだ。
そして少し口がわるめなことにも気がついた。
可愛い見た目とは裏腹に少しだらしないのが、彼女の魅力の一つだな。
そんな風に考えながら風呂を出た。
またいつものようにベッドでスマホをいじりながら、
リリについて調べていく。
そしたらリリがインタビューに答えている動画を見つけた。
タイトルは
『AZELIA結成について、
少し興味が湧き、動画を開いてみる。
初めは軽い世間話から始まり、
とうとうインタビュアーが本題へと切り込んだ。
『「香月さんのユニット結成時の気持ちについて教えてください。」
「そうですね。驚きが初めに来て、その後にどうして私がとか
どんな人達とユニットを組むのかなとかダンス、私、大丈夫かなとか
色々な不安が襲ってきましたね。」
「つまりユニット結成時はどちらかというと不安だったということですか?」
「そうなりますね。後、
私は気を使うのがあまりうまくなくて時々相手を傷つけてしまうことがあるので、
ユニットメンバーと良好な関係を築けるかどうかという不安もありました。」
「結局ユニットメンバーとは良い関係は築けましたか?」
「はい。結局、私の不安は杞憂でした。やっぱりみんな同じ穴の狢ということで、似たような不安や相談事を持っていてそれらを話し合っているうちにいつの間にかかけがえのない仲間になっていました。私の物をはっきり言う性格も普通に受け入れてもらえて嬉しかったです。」
「そうですか。最後にユニット活動を通して叶えたい夢や希望はありますか?」
「ユニット活動を通して私はもっと大きなステージでライブをやりたいなと思っております。
そして同時にもっともっと演技の練習をしていい声優さんになりたいと思っております。
最終的には日本だけでなくて、色々な人にAZELIAを好きになってもらって
その人たち全員を笑顔にできるパフォーマーになりたいと思っております!」
「大きな夢ですね」
「はい!難しい夢だと思います。なので、ぜひ応援よろしくお願いします!」』
唖然としてしまった。
胸を張って自分の夢を口にする彼女はとても眩しく見えた。
この女性が自分より二つ三つしか違わないことに驚きを隠せなかった。
リリは弱音を吐かずに愚直に夢に向かって前に進んでいるんだ。
俺はどうだろうか……
夢なんて当然持ってない。
俺は今まで母親の言う通り勉強をしてきただけだった。
じゃあ俺が勉強する意味ってなんだ?
いくら考え込んでも答えは見つからない。
さっき見た動画をもう一度再生する。
『全員を笑顔にできるパフォーマーになりたいと思っております!』
彼女がはっきりとそう口にする。
そんな彼女がどうしようもなく羨ましい。
そしてそんな彼女は誰よりも輝いている気がした。
俺も。
俺も彼女みたいに。
どうすれば彼女みたいに輝けるんだ?
どうしたら彼女に近づけるんだ?
彼女が綺麗だから?
夢を追っているから?
笑顔でいるから?
そう思い悩んでいたところである結論に達する。
『そうか。彼女に相応しい人間になればいいのか。そうすれば俺も………』
俺はその日夜遅くまで机に向かって、
調べ物をしながらある計画を立て始めた。
長い長い夏休みが始まろうとしていた。
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