第4話きっかけなんて些細なもの③

勉強がひと段落し、

リビングに降りると夕食の香ばしい香りがただよってくる。

リビングに入っていくと

「ちょうどよかった。そろそろ夕食が出来上がるところだったから。

さあ、食べましょう。」

と母親が言ってきた。

ダイニングテーブルにはいつの間にか帰ってきていた妹が

すでに食事を初めていた。

特に何も言わずにダイニングテーブルに座り、食事を始める。

食事を始まって、少し時間が経った頃、

我が家の恒例行事とも言えるやりとりがはじまった。

「克己。テストはどうだったの?」

「まあよかったよ。クラスで一番だったし。」

「そう、よかった。この調子なら一学期はいい成績になりそうね。

果穂カホはどうだったの?」


矛先が妹に向いたラッキー〜


そう思いながら隣に座る妹の果穂カホを見てみると無表情だった。

そんな妹の表情を見て、母親がさらに問い詰める。

「もしかして悪かったの!?点数を言ってみなさい。」

少し苛立ちをこめながら母親が果穂カホを問い詰める。

そんな母親にうんざりしたのか、

果穂カホは母親を思いっきり睨んだ後、リビングを出て行こうとする。

「待ちなさい果穂カホ!」

そう母親が怒鳴りつけるが、全く聞く耳をもつ様子はなかった。

そんな様子を俺は他人事のようにみていた。

我が家にとってこんなやりとりは日常茶飯事なため

特に驚きもしなくなっていた。

特に今は、妹の果穂カホが中学3年生で高校受験を控えているため特にこのようなやりとりが日増しに増えている。


母親も少しくらい果穂カホの気持ちを汲んであげればいいのに……


まあ無理だろうな。教育以外頭にない親だし……


「ごちそうさま。」

そう答えて俺も気まずい空間から自分の部屋に逃げ込んだ。



1日の勉強と風呂を済ました後、

ベッドでくつろきながらスマホを立ち上げると悠人ユウトからチャットがきていた。

内容はこうだ。


『今日はありがとな。

おかげで井崎イサキと話せたし、もう一度勉強会の予約もできたぜ。

次遊びに行く時飯でも奢ってやるよ。』


うまくやったんだ。そりゃよかった。


適当に返信したところで、今日話していた会話について思い出す。


そういえば『AZELIA』…だったな…


μtubeを開き、AZELIAと検索する。

一番上にAZELIA1stシングルと書かれた動画が表れる。


とにかく聞いてみるか。百聞は一見にしかず。


そう思いながら動画をタップする。

これが俺と香月梨々香カヅキリリカとの初めての出会いだった。


「マジかよ」

何回か動画をくり返し見た後、思わずそう呟いてしまった。


なんでこのグループ、有名じゃないんだ?


褒める点しか見当たらない。


まず曲についてだが、テンポがよくてノリがいい曲だと言うことしか音楽無知の俺にはわからなかった。実際に動画の感想欄を覗いてみると、


『こんな曲がデビュー曲なんてこの子達は大変だな〜。』


『これよく歌えたな笑。今の新人声優はレベルたけーな。』


などと彼女たちが歌った曲がどれだけすごい曲かを示唆していた。

個人的にはラスサビ前に

自分たちの声を生かしたセリフ調の歌詞が好きだった。

そしてアイドルのようなビジュアル、

それぞれのパーソナルカラーを表したシンプルな服装、

可愛らしい振り付けのダンス。

これらがより一層彼女たちを魅力的に見せていた。

ただその中でもどうしても目で追ってしまう女性が一人いた。

その女性は肩口ほどまでの長さの髪を綺麗にセンター分けし、

パーソナルカラーと同じ黄色のヘアバンドをした女性だった。

この女性が他の六人と比べて特段可愛いと言うわけではない。

むしろ可愛さだけなら青やピンクの女性たちの方が可愛いと評価する人間が多いだろう。

しかし俺は動画が始まるといつの間にか彼女から目が離せずにいた。


愛嬌があるからか、それとも仕草が可愛いから?


そんな風に考えたが結論は出なかった。

結局俺はその日寝落ちするまでその女性について調べていた。



朝の6時半、いつものようにアラームが無機質に鳴っている。


うわー。ねみー。


それもそうだろう。

何故なら結局俺は、昨日夜中の3時ごろまで

気になったあの女性声優について調べてしまっていたからだ。

いつも通り単語を復習するが、なかなか頭に入ってこない。

頭に浮かぶのは彼女、香月梨々香カヅキリリカについてだけだった。

一応一通り終わらせたところで、朝食に向かった。


「克己。克己。」昼休みに悠人ユウトに声をかけられる。

「うう。」起きているのか寝ているのかわからない声で返事をする。

「お前今日どうしたんだよ。全然授業に身入ってなかったじゃん。

めっちゃ眠そうだし、なんかあったか。」

心配そうに、悠人ユウトに訊かれる。

「まあ大丈夫だよ。」

そう気だるげに答える。

「そうか。そういえば聞いてくれよ。昨日井崎と勉強しただろ。

その時とっておきの情報手に入れたんだ。なんだと思う?」

「なんだろうな。」

「それがなんと.....」

そこからは悠人ユウトが何を言っているのかはよくわからなかった。

それは当然かもしれない。

何故なら俺の頭にあったのは彼女のことだけだからだ。

昨日彼女についてかなり知ることができた。

まとめるとこんな感じだ。

まず名前は香月梨々香。愛称はリリ。

大手の有名事務所に所属しており、今はちょうど20歳である。

誕生日は2月10日。

声優として活動を始めたのは、去年からのためまだ活動歴は浅い。

そして今年の4月に結成したユニット

『AZELIA』に所属していることがわかった。

今は7月のためまだユニットとしては三ヶ月ほどしか活動していない。

声優としても少しずつだが、役をもらっているらしい。

大体こんな感じのことがわかった。

こんな情報が調べれば出てくるなんて便利な世の中になったものだ。

ふと、冷静になって考えると怖くなってくる。


今、俺のやっていることってストーカーじゃないよね?


だってネットで調べたあった情報を知っただけだし。


そうだ、大丈夫だ、大丈夫。


そんな風に自問自答していると、心配そうにまた悠人ユウトから声をかけられる。

「お前ほんとに大丈夫か?帰った方がいいんじゃね?」

「大丈夫だって。それよりさ、昨日お前が話してた曲聞いたぞ。

いい曲だな。」

「だろ!ほんとにハマるよな。克己は誰推しだよ?当ててやるよ。

ずみちゃんだろ!」

ずみちゃんとは、メンバーの青色担当の橘和泉タチバナイズミのことだ。

名前通り、育ちの良さそうな端正な顔立ちをしている女性だ。

少し長めの髪を編み込みながらゆるくまとめており、

おっとりした女性を連想させる。

しかしMVでは、印象とは違って誰よりもキレのいいダンスを踊っていた。

ただ俺の気になった女性は橘和泉ではなく、

香月梨々香のためしっかりと否定する。

「いや、ずみちゃんも可愛いが、俺はリリ推しかな。」

「そうか、克己はリリ推しか。

なんとなくああいう可愛らしい子好きそうだもんな。」

「お前からはそう見えてるのか。」

「実はそう見えてるんだな〜。

そういえばリリなら確かラジオもやってた気がしたぞ。探してみたらどうだ。もしかしたらアーカイブも残ってるかもしれねーぞ。」

「ほんとか!」

つい、威勢よく悠人ユウトに聞いてしまった。

「あっ、ああ、多分な」少し気圧されながらも悠人ユウトは答える。

そして少しにやけながら続ける。

「克己、お前完全にはまってんじゃねーか。」

「うるせえ」

我を忘れて盛り上がっていた自分を恥じる。

「それでリリのどんなとこに沼ったんだよ?」

「それが自分でもよくわからないんだよな。」

「なんだよそれ〜」

「克己君は、リリのどんなとこが好きなんですか〜?」

悠人がからかいながら聞いてくる。

「うぜー」

そんな風にくだらない話に花を咲かせていたら、

いつの間にか昼休みは終わっていた。


一日の授業が終わり、荷物をまとめていつも通り悠人ユウトと一緒に下校する。

「またな。克己。」

「また明日。」

俺の家の前で悠人ユウトと別れを告げ、家のなかに入っていく。

「ただいま。」

「おかえり。」

そう母親が告げるのを聞き流しながら二階の自分の部屋を向かう。

部屋の扉を閉め、すぐにスマホを取り出して

今日、悠人ユウトと話した内容について調べる。

当然リリがラジオをやっているということについてだ。

『香月梨々香 ラジオ』

とネットで検索すると出てきた。


アニメ関係専門のインターネットラジオをやってるのか。


そんな風にネットで検索すると出てきた。

付随してリリはインターネットに配信してある

番組にも出演していることがわかった。


今の声優って仕事の幅、広いんだなー。


そんな風に思いながらさらに情報を集めるためにネットサーフィンを続ける。

そこで彼女のSNSのアカウントを見つけた。

俺はSNSを全くさわったことがないので、

とりあえずゲストとしてログインしてみる。

そしたら興味深い情報を手に入れた。


TVアニメ『リトルフラワーズ』公式WEBラジオの

本日のパーソナリティを務めさせていただきます

香月梨々香です。

本日のテーマは『こんな青春がしたい!』です。

たくさんのお便りをお待ちしております。

本日九時からの放送です。ぜひ聞いてください。


マジかーーー。


心の中で叫ぶ。


今日の九時だな。よし、よし、わかった。

九時までに待機しておけばいいんだな。


そう思い立ったが吉日、

九時にしっかり聞けるようにすぐに勉強に取り掛かり始めた。

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