第3話きっかけなんて些細なもの②

午前の授業を終えて、昼休みに入った。

悠人(ユウト)は自分の机を俺の机にくっつけて食事を始める。

「かああ〜。今回も数学、克己に負けた〜。

お前どうしてあのテストで九割取れるんだよ、化け物か。」

悠人ユウトは食事を始めてそうそうからかってきた。


からかっているのかどうかは知らんけど……


「ただのガリ勉だよ。」

淡々と答える。

「いやみな奴だな〜」

そう笑いながら悠人(ユウト)は答えた。

「まあそんなことよりも、朝話した声優ユニットのことなんだけどさ。

マジ全員可愛し、歌もうまいんだよ。

声優も顔出しの機会増えてきたけどさ、

顔よし声よし歌よし演技よしじゃあもうアイドル顔負けだよな。」

楽しそうに悠人ユウトがペラペラと話していく。

「新人声優、なんだろ?演技はまだまだなんじゃないか?」

「そうなんだけどさ。ほぼ全員が名前のない役で出るし、多分有望株だぜ。」


じゃあ、まだまだ発展途上ってことか……


有望株と言えるかどうかはここからの活躍次第ってことかな?


「とにかくさお前も聞いてみろよ。絶対好みだと思うから。

ユニット名は『AZELIA』。アゼリアって読むのかな?

六人組の新人声優グループ。

μtubeにさ、デビュー曲のMV(ミュージックビデオ)あげてるから聞いてみろよ。

ちなみに俺の推しは、あーちゃん。」


最後の情報はいらねーよ。


てか、今初めて知ったし推しなんてわかるわけねーだろ。


そう思いながら悠人ユウトの話を記憶に刻む。


アゼリアか〜。花のアザレアから取っているのかな〜。


そう考え込んでいると、ふと横から声をかけられる。

「羽石君たち、楽しそう。なに話してたの?」

「あっ、いや〜、今回のテストについてだよ。

今回もこいつの点数高かったもんだから勉強の仕方問い詰めてたんだ。

なあ、なあ、克己。」

「あ、ああ。」

悠人ユウトの必死な形相に少し気圧されながらも答える。

「ったく、克己は点数高くて羨ましいぜ。井崎イサキもそう思うだろ。」

「うん。克己君、今回もクラスで一位だったもんね。

いつも先生が発表してる時、すごいなーって感じてるもん。」

「だよな。」

嬉しそうに悠人ユウトが答える。


なんでそんなに嬉しそうなんだよ。


心の中でそうつぶやく。

そして悠人ユウトは俺を置いてけぼりにして井崎さんと話を弾ませる。

しかも何故か話の中心は俺についてだ。

これが、俺が思う悠人ユウトの欠点だ。

井崎夕花イサキユウカは清楚で可憐な女の子だ。

肩よりも少し長く、

内側に巻かれている髪は彼女を一層可愛らしく見せている。

そして悠人ユウトはそんな井崎さんに恋をしている。


多分だけど。確証はない。


だから悠人ユウトは井崎さんの前では、カッコつけたりする。俺をだしにして。

今回はまだ俺の点数関連で話を広げていてマシだが、

前回なんてほんとにひどかった。

その時は、今日みたいに悠人ユウトのおすすめのアニメについて話していたんだが、

井崎さんに話の内容を聞かれていたのか

「アニメの話?どんなアニメなの?」と俺たちは聞かれてしまった。

オタク系男子なら絶対戸惑ってしまうような場面だ。

当然女子受けの悪いアニメの話だったので、

悠人ユウトがいつもみたいにうまく誤魔化すだろうと黙っていたら

「実はさ、克己が結構オタクでさ、おすすめのアニメについて聞いてんだよ。でも女子が好きなアニメじゃないかな〜。」

そう俺をダシにして、話をそらしたのだ。

初めは少し憤りを覚えたが、

その後、悠人ユウトに謝られたことと好きな人の前では変な趣味を持っていることを

隠したい気持ちが少しだけ理解できたので許した。


まあ、好きな人なんてできたことないけど……


そう物思いにふけていると、悠人ユウトが話の流れからかいきなり

「だったらさ、今日の放課後三人で夏休みの宿題やんねーか。

克己がいるとスムーズに進むだろうし。」

と提案してきた。


俺いらなくね……


そう思っていると、

「それいいね。私、数学苦手だから羽石君ハイシクン達がいると助かるし。」

と井崎さんが答えた。井崎さんは乗り気らしい。


でも、やっぱり俺いらなくね……


「克己はどうする?」


さて、どうしようか。


正直に言うと行きたくない。

実は井崎さんについて、俺は何も知らない。

強いて言うなら性格がいいって言うことくらいだ。

実際、俺は井崎さんとは悠人ユウトを介してしか話したことがない。

そもそも俺が悠人ユウトと仲良くなった頃には

すでに井崎さんと悠人ユウトはそれなりに話す関係になっていた。

どういった経緯で仲良くなったかは聞いた事がない。

当然、俺にはその二人の関係に入り込む勇気はない。

もし放課後遊びにいって井崎さんと二人きりにされたら、

間が持たないと思う。

想像するだけで胃が痛くなってくる。


悠人ユウトはどう思っているのだろうか……


一緒に来て欲しいのか、それとも井崎さんと二人きりになりたいのか。

その答えを知るべく悠人ユウトに視線を送る。

「でも克己は親が厳しいんだったな。きついなら無理しなくていいぞ。」

悠人ユウトは俺の親が厳しいことを知っているが、放課後に遊びにいくのを阻害するほど

束縛のきつい親じゃないことを知っている。

つまり悠人ユウトは俺に井崎さんと放課後デートを後押しして欲しいってことだな。


友人のために一肌脱ぐか。


そう思い、精一杯申し訳なさそうな顔を作って答える。

「悪い。親に色々言われそうだから断るよ。井崎さんもごめん。

でも数学だったら悠人ユウトも十分得意だから二人で勉強してきなよ。」

少し井崎さんが寂しそうな顔をした後笑顔で答えた。

「うん。じゃあそうさせてもらおうかな。

次もし勉強会があったら日比谷君もきてね。」

「そうさせてもらうよ」

そう井崎さんは答えて席に戻っていった。

「ファインプレー、克己。ジュース奢ってやるよ。」

「お構いなく」そう答えた途端、

悠人ユウトはダッシュで購買にジュースを買いにいった。



本日最後の授業が終わり、放課後を迎えた。

俺は悠人ユウトが井崎さんを誘ったのを見送った後

昼に買ってもらった缶ジュースをのみながら、

一人でゆっくり駐輪場に向かっていた。


井崎さん、さすがに悠人ユウトと二人きりは嫌だったのかな……


井崎さんと悠人ユウトに加えて女子二人が一緒に教室を出ていったことから

そう推察する。

それでも悠人ユウトは嬉しそうな顔をしていたが。

ふと考える。


恋か…


自慢じゃないが、俺は今まで好きな人というものができたことがない。

それ以前に自分が異性と話して笑っている姿が想像できない。

誰かを好きになると人生が楽しくなると聞いたことがあるが、

実際にはどうなのだろう。


俺にもいずれできるのだろうか……


いや、やっぱりできなさそう……


そんなことを真剣に考え込んでいるといつの間にか家に着いていた。

自転車を止め、ため息をつきながら入り口に向かっていく。


家よりも学校の方が居心地いいと思っている俺っておかしいのかな。


そう思いながら家の中に入っていった。



「ただいま」そう答えたが、特に返事はなかった。


いつもなら母親の返事が返ってくるはずなんだが。


少し訝しく思いながら足を進めると、

「あ、うん、そうだね。お母さん。」

母親が廊下にある固定電話を使って誰かと会話をしていた。

しかもご丁寧に丸椅子まで持ってきていた。

そんな母親は俺が帰ってきたことに気がつくと少しだけ視線を向けてきたが、すぐに電話の方に集中し直した。

集中している母親を邪魔せずに自分の部屋に向かう。

制服を脱ぎ、部屋着に着替えてから勉強机に向かう。そして鞄から問題集を取り出して勉強を始める。

家に帰ってからの過ごし方は決まっている。

家に帰り、着替え、勉強し、夕食を済ませ、風呂に入って、少し自由な時間を楽しんで、日付が変わる前に寝る。

それが俺にとっての普通で。それが日常だ。

よって俺の1日のうちの楽しみな時間は、

学校で悠人ユウトと話す時間と就寝前の自由時間くらいだ。

これからもずっとこんな毎日が続くんだろうなと


この時までの俺はずっとそう思っていた。

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