第2話きっかけなんて些細なもの①

朝の6時半、いつも通りアラームが無機質に鳴っている。

まだ眠たい目を擦りながらベッドの側に置いてある水を強引に喉に流し込む。

そして机の上の単語帳を手にとり、

昨日暗記した英単語の復習を行っていく。

Abandon…捨てる

Grab…握る

一つ一つの英単語を気だるい声で発音しながら復習していく。

そして今日もいつも通り退屈な一日が始まった。


「克己。そろそろ先週やったテストが返ってくる頃なんじゃない?」

と朝ごはんを食べている最中に母さんに訊かれた。

「まあ。そろそろ返ってくるんじゃない。」

そっけなく答える。

「今回のテストはどれくらいできているのか、楽しみだね。」


俺は大して楽しみではないけどね……


俺の気持ちなんて露ほども考えずに、母さんは続ける。

「もう克己も高校2年の夏だし、そろそろ志望校を決めていく時期ね。

克己は成績優秀だし、やっぱり京葉大学の医学部かしら。

いや、でも近場に名中大学もあるし、どっちがいいかな〜?」

俺の家ではこんな風な会話が日常茶飯事で行われている。


会話というより、母親の独り言だが……


こんな会話にうんざりしているのは俺だけじゃない。

一緒に食事をしている父親と妹も同じようにうんざりしている。

特に妹なんて露骨に嫌そうな顔をしながら、食事をとっている。


受験を控えている妹からしたら心底うざい内容か……


「ご馳走さん。」

母親の会話に付き合うのは面倒でしかため、途中で食事を切り上げる。

「もういいの?まだ半分ほどしか食べてないじゃない。

しっかり食べなきゃ力つかないわよ。」

「あんまりお腹空いてないんだよ。あと早めに学校に行って予習したいし。」

母さんを納得させるためにそう嘘をつく。

「そう。気をつけていってらっしゃい。」

母さんを納得させたところで、俺は歯を磨くために脱衣所に向かった。

洗面台の鏡に写る自分の姿をぼっと見つめながら歯を磨いていく。


何度見ても、冴えない顔だな……


鏡を見ると、いつもそう思ってしまう。

癖毛によってうねってしまっている無造作な黒髪。

吹き出物やニキビによって小汚く見える顔。

そして自分の自信のなさを表しているような色のない細めな瞳。

黒縁のメガネと皺の少ない学ランを着ることで多少マシに見えるが、

別に誰かに身だしなみを褒められたいわけじゃないので、

気にせずに歯を磨いていく。

準備ができたところで家の鍵と自転車の鍵を持って玄関に俺は向かった。

「いってきます。」

そう答えて、いつも通り学校に向かった。


「今日も暑いな。汗かくの嫌いなのにな。」

自転車で学校に向かいながら、ぼやく。

まだ朝の8時前だが、7月の中旬のため気温は三十度近くまでのぼっている。

なんとか日に当たらないような通学路で通学しているが、

それでも自転車を漕いでいるととめどなく汗が噴き出てくる。

体力のない俺なんて尚更人より汗をかく。

「やっと着いた。ハアっ。ハアっ。」

息を切らしながら、見慣れた校門をくぐり指定された駐輪場に向かう。

自転車を駐輪し、持ってきたハンドタオルで汗を吹きながら

下駄箱へと向かった。

下駄箱で上履きを履き替えながら、壁に備え付けられている時計を見る。

「もう朝の8時か。結構早く出たのに時間かかったな。」


「おっす、克己。今日も無愛想な顔だな。」

教室のドア付近で話している男女数人の合間を縫って教室に入り、

自分の席に座ると、

前の席に座っている友人の羽石悠人ハイシユウトが顔を向けて挨拶をしてきた。

「うるせえって。悠人ユウトは朝からテンション高いな。

何かいいことでもあったのか?」

「今日は多分先週の期末テストが返ってくるからな。

今回は少し自信があるんだよ。克己はどうなんだ?」

「その類の話はもう朝から散々聞いているんだ。やめてくれ。」

呆れながら答える。

「あっ、わりー。克己のお袋は教育ママだったな。

そりゃうんざりするわけだ。」

「話が早くて助かる。」

心の底からそう思う。

悠人ユウトはクラスで唯一の友達だ。

短髪で背が高いことからバスケ部員を彷彿させるが、

実は勉強系で帰宅部なため運動はほどほどにしかできない。

そして見た目通りガサツな人間だ。

顔はそこそこイケてるにもかかわらず、

俺みたいな冴えない奴と仲良くしてくれる優しいやつだ。

初めは声をかけてくる悠人ユウトにうんざりしていた。

施しを受けているようで、惨めな気持ちになったからだ。

けど話しているうちに実は結構オタクなこともわかり、

同じコアな漫画を読んでいたことから少しずつ話せるようになっていった。

いまでは気を許せる唯一の友達だ。


まあ、悠人以外の友達はいないんだけどね……


ただそんな悠人に対して嫌な点がないわけではない。

朝のHR(ホームルーム)が始まるまでの暇な時間を使って、

無駄話に花を咲かせる。

「なあ、克己。最近出てきた新人声優ユニットって知ってるか?」

「声優ユニット?俺、声優なんてそんなに知らないけど、人気なのか?」

「それがさあ、人気ってわけじゃないんだけど、

デビュー曲がめっちゃいいんだよ。

しかもファーストシングルからアニメとタイアップしてるし、

まあタイアップしてるアニメがそんなに人気ないから

あんまし有名にはなってねーけど。」

「そうなのか。それはもったいないグループだな。」

そう俺が答えた途端チャイムがなり、担任の先生が教室に入ってくる。

「お〜い、席につけ〜。HR始めるぞ〜。」

「まあ、この話は昼休みにでもしようぜ」

そう悠人ユウトは答えて椅子に正しく腰をかけた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る